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『貴方の色はなんですか?』第2話

 話は少し遡り、初日。
 小高い丘で目を覚ました僕をはじめとする五十四名の参加者は、どこからともなく響き渡る主催者の声に一連の説明を受けたのち、遠方に窺える街の中央図書館へ向かえという指示を受けていた。
 どうやらそこに行くまでは自分が色持ちかそうでないか知ることは出来ないみたいだ。
 ここにいる人は全員、死者。皆、思うところがあるのだろう。
 置かれた状況に戸惑う人も多いなか、我先にと丘を下る金髪の男性もいれば、なかなか行動に移せない・塞ぎ込んでしまうような方も多く……。
 例に漏れず僕も呆然としていたところ、近場の男性が崩れ落ちるように膝をついてしまったので、慌てて手を差し伸べることにしました。

「大丈夫ですか?」
「あ、ああ……すまない」
 息が荒い。胸元を抑えている。
 彼が何者かは分かりませんが、背中に手を添え、慎重に様子を見守ります。
「ちょっと……死んだ時の記憶がきつくてだな……」
 腹部を摩りながら呻く男性。余裕を見てお名前を尋ねてみると、彼は山代賢一と名乗りました。
 ……………。
 しかし、死んだ時の記憶、か。
 僕も苦い顔を浮かべる。
 あまり思い出したくはない。車にも二度と乗りたくない。あっけなく命を落としたけれど、それでもその恐怖感は凄まじいものだ。
 だから。それほどまでに恐れている彼はいったい、何でその人生に幕を下ろしたのか。
 まさかズケズケと踏み込んでいいわけがなく、僕は考えるだけに留めた。
 しばらくすると彼は自力で立ち直った。
「悪い。大丈夫だ」
「はい……それならよかったです」
 僕も合わせて立ち上がる。
「よければなんだが、街まで一緒に行かないか?」
「助かります。右も左も分からないので」
 偶然、としか言えない繋がりから、僕らは行動を共に開始する。ゲームが始まったらどうせ人と交流することも出来なくなる。
 右も左も分からないような世界で、人の優しい山代さんとこうして出会えたのは幸運としか言えなかった。
「まったくなんなんだろうなこの世界は……」
「なんなんでしょうね、本当に」
 嘆息が二つ。丘を下り、街まで向かう。

 ……――箱庭世界。もとい、一つの中世都市のような外観を模した市街を中心とするこの死後の世界は、こういうとなんですけれど、普通に。
 美しく、華やかな街並みで、ある側面では天国とでも呼べるのだろうかと世迷いごとを思ってしまうくらいには、壮観な街並みをしていました。

 あまりにも澄んだ空気だった。
 当然のように自動車の類もなければ丘から街までの均された道は一切踏み躙られてもおらず、敷地内の石畳にはゴミの一つも詰まっておらず。見上げれば絵に描いたような青空に、これは純粋に僕の知識不足かもしれませんが、名も知らぬ花がいくつも並ぶ。
 僕たちデスゲームの参加者以外、人がいない。
 まるで、モデルルームのような異質さ・小綺麗さが全体に広がる箱庭世界でした。
「俺は通り魔に刺されてな。たぶんここにいるってことは、死んだってことなんだろうが……」
「……それは、なんとも……」
 道すがら、情報共有や世間話の延長線上で、山代さんは僕にそんな話を聞かせてくれた。
 だから僕はつい、冷静に考えれば尋ねるべきではないものを、口をつくように言葉にする。
「山代さんは、戦えますか?」
 彼はちらりと一瞥し、少しの時間を掛けてから答えてくれた。
「最初で最後のチャンスかもしれないものを、棒に振るつもりは、ない」
「……その通りですね」
 蘇生を願うならば誰かを殺める覚悟が必要だ。手を汚さずに願いは叶わない。まるで悪魔の取引のようなこれが、この世界のルールの一つとして存在する。
 なんとも残酷な世界だ。簡単には割り切れないと思うけれど、まずもって五十四人のうちに選ばれた時点で僕は幸運と見るべきなのか、果たしてそこに答えはあるのか?
 山代さんのその言葉は、確かに一理あるものだった。
「出来る出来ないは別だがな」
「はい」
 僕は生き返りたいと思えるほどの、その他五十三名を踏み躙ってまでの〝人生の価値〟と呼べるほどのものが、僕の人生にはあるのだろうか。
 それは考えても仕方のないことなんだけれど、やはり、僕は倫理や道徳に反してまで、人を殺めるという決断を――残念ながら、取れる気がしない。

 とはいえ。
 そんな僕の逃げ場を無くす外的要素が仮にあるとすれば、それはきっとここにあるのでしょう。

 主催者が待つ、中央図書館。
 そこで、色が明らかになるからです。
「ついたな」
「……扉が開けられていませんね?」
 一番乗りではなかったはずだけど、この街一番の大型建築物である図書館の門は未だ開かれていなかった。
 それどころか、手前には三名ほどの参加者が手持ち無沙汰そうにしている。うち一人は僕らを見つけると、すぐさま呼びかけて協力を嘆願した。
「すまない! 扉が重くて開かないんだ。協力してもらってもいいか?」
「ああ、いいですよ」
「手伝おう」
 山代さんと二つ返事で請け負う。
 中央図書館の門は妙な威圧感のある扉でした。
 大人が五人がかりで押してやっと動くぐらいのもの。
 ズズズ、と重厚な音を立てながら、やっと開け放たれた図書館の全貌は、慎重に一歩目を踏み込んだ金髪の男性に続いていくことで明らかになっていく。
 どこか記憶に懐かしいような仄かに香る図書館の匂いが、生前のものと変わらない印象を受ける。
 僕は館内を見渡した。
 視界いっぱいに広がる本棚よりもまず先に、部屋のその中央。青色に発光しながら宙に浮いている謎の球体に、五人ともども目を奪われることとなった。

『やあどうも。私のことは主催者と呼んで』

 発光体はどこからともなく言葉を発し、直接、脳内に言葉を届けた。
『そこに眼鏡があるだろう? 好きなものを選んでくれ』
 丘では声しか聴こえていなかった主催者の真の姿、というものにも驚きを隠せないまま、球体はテーブルに広げられた五十四つの眼鏡ケースに僕らの視線を誘導させた。
 誰ともなく問い掛ける。
「これは?」
『このデスゲーム専用の端末、シーカーという。付けてみれば分かるはずだ。視力は最適化されるから、生前の眼鏡はゴミ箱にでも捨てるがいい』
 ざわざわと。戸惑いのほうが大きいけれど、やはりこのなかで金髪をした男性は、やけに思い切りがいいようだった。
 誰よりも早くテーブルからもぎ取るように眼鏡ケースを一つ取ると、装着する。
 一方で、
「思い入れのあるものなんだが……」
 もともと眼鏡を掛けていた山代さんはぶつぶつとそんなことを呟きながらシーカーを手に取っていました。生前の眼鏡はケースを入れ換えて大事そうに保管している。
 見習って、僕も適当に選んだシーカーを装着してみる。
「これは……」
 ただの眼鏡でないことは明らかだったけれど、これはもはや、――ゲームじゃないか。
 丘で受けた主催者の説明にもある、暗殺や決闘といったものが、スキルとして確かに視界に表示されている。
 ――眩い光が隣で弾けた。
「山代さん!?」
「あっ!? ッ、なんだこれ! ち、違う、勝手に出たんだ。お前らもたぶん、出せると思う……」
『シーカーは二種類の形に変形するよ。その名もムーダーエッジとデュエルエッジ。眼鏡を外し、手に握り込み、意識をすれば顕現するとも』
 ――そうして生まれる、短剣。あるいは長剣。
 この場にいる五人がそれぞれ手にしたその刃には、二種類の形が確かにあるが、それ以外に差は見受けられない。
 形としていま目の前に、命を刈り取れる凶器として顕現したこの剣に対して、とたんに僕らは距離を取り合ってしまいながら。
 ついに命のやり取りが、この場にあり得ることを自覚したのでした。
『それから、色の確認はシーカーで行われる。他言は禁物だ。すぐに命を狙われてしまうよ』
 妙に手に馴染むこの剣が、とても気味悪く思えてしまって。
「色……」
 視界。どこを探しても、色と判断出来るものは僕のシーカーにはどこにも表示されていなかった。
 ちらりと横目で盗み見るように、山代さんをはじめ皆さんの様子を観察してみたけど、まったく判別付かないでいる。
 要するに。
 このデスゲームの本質としてある疑り合いは、すでに始まったようなものなのだろう。
 そして僕は、色なしなんだ、と自覚する瞬間でもあった。
『あとは参加者が全員ここに集うまで、君らはこの場所で自由にしていてくれ。その後、マルクト内の金銭システムと衣食住の説明を行う』
「質問だ」
 そう声を上げたのは金髪の男性。
「ここにいるやつを殺していけば、本当に蘇生してくれるんだな?」
『……ああ、それは、もちろんだとも』
 その目は誰よりも蘇生に飢えていた。

 ◆

 そして。
 続々と図書館に辿り着く参加者に対して、主催者はシーカーに関しての説明などを先着した僕らに押しつけると、一言も喋ることがなかった。
 代理をさせられるなんて思いもしなかった。
「シーカーで色を確認することが出来まして……」
 僕らを不審に思いながらも説明を受け、実際の武器と色の有無を確認した方々は、さらに近寄りがたい空気をまとって一切口をきかなくなる。
 距離感の一つの例えとしてある溝が、こんなにも明確に五十四名を孤立させていくとは思わなかった。
『……よし、全員揃ったね』
 全員が館内エントランスに集合したところ。
 中央にある浮遊物質は、その輝きを少しだけ強め、僕らに最後の説明をする。
『改めて、私は主催者。俗に言うところのカミサマであり、君たちの願いを叶えるものだ』
 ざわつく館内。丘の時とはまた異なり、屋内でこの人数ともなると、五人の時には感じていた厳かな雰囲気は見事に打ち消されてもいて、安心感すら覚えられる。
 同じ境遇に立たされている僕らは、一様に主催者を懐疑的に見ていた。
『これから君たちはこの箱庭世界で生活してもらう。マルクト内の施設で使える通貨はシーカーを介して、一〇〇ポイント。のち、一日ごとに一ポイントずつ追加される。基本的な生活には困らないが、いずれ足りなくなるような金額だ』
 生唾を呑む。
『人を殺せば一〇ポイントが加算される。それで生計を立ててほしい』
 つまり、この世界に生きる限り、殺し合いからは逃れられないと。
『だが同時に、色なしの殺害ペナルティも存在することを忘れないようにしてくれたまえ』
 誰かがペナルティについて質問する。
『私、主催者の言葉を介し、マルクト内全参加者に加害者の名前と、保持する色とその能力を開示する。それは十二時間全員の目元のシーカーにログとして残り続けるため、君は一躍犯罪者扱いとなる』
 ……タチの悪い言い回しだなと思った。
 リスクはかなりある。例えば自身が色を持っていた場合、本来秘匿されていたはずのそれが全参加者に通達されるため、純粋に身を危険に晒すことになる。逆に、色なしであった場合、明確なリスクはないけども色を持っていないことが公然とするため、基本相手にされなくなる。決闘も了承してはもらえないだろう。
 ペナルティを考えると、安易な殺しはご法度ですが、いずれ日にちが経過していけばそれも見境なくなっていくのだろうな、と思った。
 地獄の沙汰は金次第、と言ったところなんでしょうか。
『また、図書館では初期スキル・色スキルとは別に、二種類のスキルをポイントを支払うことで学ぶことが出来るようになっている。生活基盤を整える生活スキル、戦闘の際有利に立ち回ることの出来る攻撃スキルなどだ。数は豊富だ、好きに学ぶがいい』
 暗殺や、決闘の他に、相手に攻撃するための手段もあるのか……。やや恐ろしいですね。
 僕はより一層身を引き締める。
 命のやり取りをする、しないにしても、警戒というものは切り離せない。
 山代さんは僕のことをどう思ってくれるだろうか。
『最後に。大切な衣食住に関してだが、衣服、食料に関しては商店街で。住まいに関しては、マルクト内五十四軒の物件をこちらで用意させてもらった。このマップをもとに好きな建物を選んでくれ』
 そう言って主催者は自身の青い球体から、地図のようなホログラムシートを目の前に映し出した。その青白いマップは現在地点の図書館を中央とし、マルクトを上空から映した五十四軒の住宅とその位置を示すものになっていた。
『内装もそれぞれ異なる。早いもの勝ちだよ』
 わあっと複数人が駆け出した。
「剣崎、お前はどうする?」
「山代さん。僕は最後でいいです」
 人混みに飛び込む勇気もなく、またこの殺伐とした世界で隣人が誰になるかも分からずに拠点を選ぶというのは少しだけ怖くて、残り物には福がある、という思いからひとまず様子見することを選ぶ。
 対して、山代さんは先に行くようだった。
「改めて感謝する剣崎。これから先は……ルール的に、馴れ合いは避けるべきだと思っているが、お前もお前で悔いのないようにしてくれ」
「……はい、そうですね。ありがとうございます」
 差し出してくれた手を受け取る。慣れない握手は固く握られ、少し薄目にした山代さんの見透かすような目に、僕は違和感を覚えたけれど。
「……一つ、俺も聞いていいか?」
「はい?」
「お前は、生き返りたいか?」
「……いえ。正直、それほど思わないです」
「そうか……ならば、俺と協力しないか?」
「それはどういう意味ですか?」
「……………。いや、悪い。なんでもない。やっぱり、気にしないでくれ」
 すっと手を解いてそう言って、主催者のもとへいそいそと向かう山代さんを僕は見送る。
 彼のその言葉の意味は、いつか僕にも分かる時がくるだろうか。

 ――そして。
 あれだけ大勢いたというのに、いまや残るのは数人。あとは心理的になかなか動き出せない方々のようでしたので、僕はやっとマップを確認しに行く。
 思っていたよりも皆堅実的に街の中央から物件を選んでいるようで、残るのは郊外ばかりだ。
 これではむしろ人目がなくて狙われやすくもあるんじゃないかな……と思ったけれど、本当に争いに加わる気がないのなら、それはそれでもいいかもしれない。
 結局、どうなるかは分からない。

 僕は郊外の家を選択した。
 デスゲームは――いや、第二の生は、すでに幕を開けていた。


↓第3話

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