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『貴方の色はなんですか?』第5話(最終話)

 ――剣崎と会ってから、一晩が経った。
 その日の朝。その日の朝だ。
 早朝でありながら、掲示板には小さな人だかりが出来ていた。
 俺はそこへ立ち寄り、まるで埋め尽くすように貼られた隠し撮り写真の数々と、一覧として並べられている〝色の保持者の名前〟を見る。

 ―――――。
 白色:神島涼介。
 灰色:樋笠練。
 黒色:山代賢一。
 青色:霜村由紀恵。
 赤色:深月詩織。
 黄色:瀬戸恭弥。
 緑色:樋笠練。
 橙色:確証なし(樋笠?)。
 紫色:確証なし(樋笠?)。

「……ッ」
 なんだ、これは。ふざけるな。
 裏切られた。裏切られた。裏切られた!
 裏切られたッ!
 俺は奥歯を噛み締める。
 幸い、俺のもう一つの色……奪取した紫の行方はまだバレていないようだ。
 あのリストは〝俺が連合に提出したまま〟の偽証を含めた一覧になっている。
 だが、だが……。
 俺が黒、すなわち【理解】の能力を持つことを打ち明け、連合のために情報が集まる度提出し続けた保持者リストが何者かによって持ち出され、こうして掲示板に流出してしまっていることに、俺は激しい憤りを感じている。
 ――赤色の保持者の名前があるということは、昨日の今日じゃないか。
 先日は全色の能力の開示もあった。
 おそらく、このタイミングを狙われていたのだろう。
 ああ、ダメだ。壊してやりたい。
 この掲示板を破壊したい。
 まだ早朝だし、これ以上の人に見られてしまわないためにも、いまのうちに撤去してしまいたいと心の底から願ってしまうが……そんなことをしたら悪目立ちに過ぎる。
「……クソ」
 俺のこれまでの努力が。
 初日、シーカーを初めて付けた時に自身が黒色であることを理解し、剣崎をはじめ五十四名全員に接触して回った色鑑定によるそのリストを、いとも容易くこうやって簡単に盗み出されてしまっては、俺もバカだったが許しがたい。
 頭のなかに思い浮かぶ、信頼出来なかった連合関係者のやつらの顔が、憎くて憎くて仕方がない。
「急がないと……」
 時間はなくなってしまった。
 躊躇は出来ない。余裕がない。
 手遅れになる前に行動に移すしかない。

 いますぐに。

 ◇

 ――私こと、深月詩織は、なぜこの世界に呼ばれてしまったのか。
 ずっと理解出来ないでいた。疑問だった。
 まったく意味が分からなかった。
「主催者さん」
『……何かな』
「私を棄権させてください」
『それは無理だ』
 逃げることは許されないのだと知った。
 ――生き返りたいわけがない。
 未練があれば自殺していない。
 第一、逃げたくて逃げたくて選んだ私の最後の最期の決意だったのに、それを後悔させるような、考えさせるような時間を、死後の私にまで与えないでほしい。
 死ねば、無になると信じていた。
 現実はまるで優しくない。

 ゲームが始まり、シーカーを付けた。
 私は赤色を持っているそうだ。
 争いごとに関わりたくなくて、家の位置は郊外を選んだ。
 殺し合いなんかまっぴらごめんだった。
 参加なんてしたくなかった。
 しばらくの間塞ぎ込んだ。主催者さんに棄権を求めたのもこの頃で、それが叶わなくて、私はもっと落ち込んだ。
 二回も死にたくなんかないよ。殺されるのなんて嫌だけど、殺すのだってしたくないよ。
 人生は一度きり? 私もそう思っていた。
 まさかこんな世界があるなんて思わないじゃんか。
 どうすればいいのか分からない。
 胸が苦しい。
 ご飯は味がしない。天国のように綺麗な世界なのに、どうしても殺伐としてて、優しくない。
 地獄みたいな場所だと思った。ある意味、親不孝者の私が行くにはピッタリかもしれないと自嘲する。

 ……それを、否定してくれる人がほしい人生でしたと、やっぱり後悔してしまうから、辛い。

「貴方の色はなんですか?」
 そのはじまりは自暴自棄から。
 十分も話した頃には、この人は優しい、良い人なんだなと思った。
 彼も大して未練はないみたいだった。
 色々話した。本当に楽しかった。私の家から街までのルート上で、デスゲームなのに釣りなんかをしてて、のほほんとして、なんだろうこの人?って思ったけど、ぜんぜんまともな人だった。
 会話が弾みすぎて、親密になれちゃって、むしろ命を狙われているのかな、とドキドキした日もあったけど、彼はぜんぜんそんなこともなくて。
 下の名前で呼んでくれた。
 下の名前で呼ばせてくれた。
 これでもしも命を狙っているのなら、本当にひどい人だ。サイコパスだ。彼はそんな人じゃない。
 だからきっと、本当に許してくれているんだと思う。
 自分が持つ色を明かしたことを、彼はものすごく叱ってくれた。優しく、私のために注意をしてくれた。
 いまとなってはその通りだと思う。
 日にちが経ち、殺し合いの実感が日々強まっていく。決闘を見て、絶対に私には出来ない行為だと、痛いのは嫌だと恐ろしくなる。
 自暴自棄な行為をした、最初で最後が彼でよかったと、いまでは本当に感謝している。

 声が好きだ。横顔が素敵だ。口調が敬語でぶっきらぼうで、第一印象のような先生っぽさはやっぱりどこかに感じる。ここにはクラスメイトはいないから、思う存分甘えられる。
 似合う眼鏡に変えてからは、ちょっと私の好きなキャラクターみたいでよりもどかしい気分になった。
 楽しい、楽しい。これでいいのかな。
 自分がいきいきとしているのを思う。
 変なことをお願いしてしまった日もあった。彼の反応は煮え切らなかったけれど、あの人は絶対優しい人だ。そして、一人一人をちゃんと真剣に見てくれる。だからピッタリだと思う。彼には、生きていてほしいと思う。
 心の温かい人なのだ。余計に、こんな世界に呼ばれてしまって、可哀想だとも思っちゃう。
 この前はちょっと嫌なことも話してしまった。
 私の死因と、イジメの話。
 彼は顔色一つ変えることなく……ううん、顔色は変えていた。優しかった。同情してくれた。慰めてもくれた。受け入れてもくれたのに、やっぱり私は自分が恥ずかしい。ちょっと凹んだ。バカだなって自嘲した。
 急に重い話をするなんて、もしかして嫌われる?とか思っちゃって、次に会うのが怖くて少し泣いた。
 でも私って、やっぱり不器用だから。人と話すのが好きなはずなのに、振り切りすぎて空回ることが多いから。不安で不安で仕方がなくて、でも冬馬さんと疎遠になっていくほうがずっと嫌で、勇気を出して、家へと行った。
 川辺で待つのは心細くて嫌だった。
 ――そこに、山代って人がいた。
 私には彼しかいないけど、彼には私以外にも友達がいるのかって、ちょっと悲しくなってしまった。
 そう考えた自分が、まるで彼を縛ろうとしてるみたいで、何様なんだと、そこもなんだか嫌だった。
 でも、彼は別れ際に「この日の埋め合わせは必ずします」って言ってくれたから、それをちょっと楽しみにする。
 結局その日はそれきりだったんだけど……。
 次の日。お昼。
 広場には騒がしい野次馬が一箇所に集まっていて、私はついついそのなかに混ざる。
 冬馬さんとの話題になるかもと思ってだ。
 集まってる場所は掲示板。
 どうやら内容に問題があるみたい?
 妙にジロジロとした視線がいくつも私に降りかかるのを、すごーく嫌な気分になりながらくぐり抜けて掲示板へ。

 見て、そして、息が止まった。

「え……」
 私の名前がある。数は少ないが、私の写真も貼られている。理解が出来ない。追いつかない。
 とたん、取り戻した呼吸がどんどんと荒くなっていって、私は一歩二歩と後退する。
 どん、と誰かにぶつかった。
 顔を見れない。フードを目深に被り、外套でその姿を隠した男性だ。
「……?」
 ぶつかって、遅れて急にピリッとした激しい痛みと熱が横腹に伝わってくる。ぶつかってしまったことの謝罪よりも先にその違和感に腹部を見下ろして、視覚で捉えてしまった光景に、私はさぁーっと血の気が引く。
 あつい。いたい。どうしてなの。
 サクッと何かが引き抜かれて、目眩がする。気持ちが悪い。急激に貧血症状みたいになって、頭が回らなくなるのを感じる。
「へ、な……っ?」
 うそでしょと思って、無理に引き攣った笑みをしようとした。傷口を抑える手が粘性の何かで濡れている。痛い。ずっとジンジンする。
 どうしてこんなことを、と問おうとするけど、言葉が続かない。ダメだ、何も、出来ていない。断続的に強まっていく痛みと、急な状況の変化に追い付けず、よたよたとしながらもその男性……通り魔から、距離を取る。
「や、ぃや……」
 首を振る。
 逃げなきゃ。逃げなきゃ。怖い。こわい。
 拓けた広場に、あれだけ周囲にいたはずの人たちが、関わりたくないと距離を取ってどこかへ行く。
 待って。あ……た、戦えないよ。無理だよ。怖いよ。立ち向かえないよ。死にたくない。私、死にたくないのに。
 くらくらとする。吐いてしまいそう。
 いますぐにでも、逃げなきゃ。逃げなきゃ。
 身を翻して、足を動かした。
「――建築スキル・形成」
 通り魔は片手に暗殺用の短剣を。それを持たない左手をこちらへ差し向け、何やらスキルを発動した。
 地面から、ズゴゴゴゴとゆっくり競り上がる壁が四方に、私を取り囲もうとしていて、逃げ場を立ち塞がれそうになっていて、それはマズいと私は全力を振り絞って身を乗り出して、ごろんと転がって逃れる。
 擦り傷が出来る。受け身もまともに取れないで、顔をぶつける。痛いよ。
 痛い。いたい。でも、通り魔は、依然私に近付いてきており、焦りながらもちゃんと立ち上がって、しっかり、踏ん張って走り出す。
 ――うそ、無理だ。走れないよ。
「つうっ……ッ」
 左腹部を庇うように、文字通り必死になって逃げ歩く。止まったらただ殺されるだけだからと、滲む視界で、全力を振り絞る。
 ああ、嫌だ、いやだ、なんでこんな目に遭わなきゃいけないんだ。怖い、こわいよ。嫌だよ。なんで私なんだよ。ふざけないでよ。
 もう、やだよ。
「――詩織さん!」
 私の好きなあの人の声がした。追いかけてくる通り魔に、誰も彼もが隠れて広い大通りに、あの人の影がいますぐにでも転びそうな私を抱えようと駆けつける。
「冬馬、さんっ」
 力強く受け止められて、全体重を預けるみたいにとたん私は崩れ込む。彼は気を動転とさせながらも、必死に受け止めて呼びかけてくれる。
 その声すらだんだん遠くなる。
 私は一度、深呼吸する。
 口からついて出た一言は、理由は一つだよね。
 ただの謝罪だった。
「なにを言って……」
 きっと。分かっていた。心のどこか奥底で、いつかはこうなるって、絶対。
 だって私は、生き返りたいわけじゃないし。
 でもここには、いますぐにでも生き返りたい! そのためだったらなんだってする!っていう人がすごく多いんだろうし。
 生き残りたいわけでもない私が、生きて帰れるはずがない。いつか殺されてしまうのは、誰が考えても分かる、自然な流れ。
 今日か、明日か、明後日か、もっとあとか、それでもいつかは。
 それがこの世界のルール。残酷な神様が主催した、タチの悪いような世界の話。
 目を背けてた。でも一度自覚してしまえば、辛くもなるけど楽にもなる。
 ねえ、これは逃げなのかな。
 やっぱり私は逃げちゃうのかな。
 でもさ、生き返りたくないやつよりも、生き返りたい人のほうがいいでしょ?
 親不孝者なんかよりも、親孝行しようとしてる大人のほうが偉いんでしょ?
 ……私みたいな人間よりも、冬馬さんみたいな、優しい人が、絶対、生きるべきでしょう?
 彼の目を見る。
「私を、殺してくれませんか」
「……は。な、なにを」
 手を伸ばす。震える指先で彼の眼鏡を外す。手にべったりと付いた血痕が、少し彼の頬にも移ってしまって、心から申し訳なく思いながら。
「なにを、考えているんですか……?」
 折り畳んだ眼鏡を。彼に似合ってるフレームの眼鏡を。彼の右手に、握らせる。
「ダメです。ふざけないでください」
 ――彼はそのシーカーを投げ捨てた。

 ◆

「――ふざけないでください」
 目の前の弱々しい彼女の〝お願い〟に、僕は初めて彼女を否定する。
 詩織さんはどこか驚いた様子で目を大きく丸めていた。
 短剣・ムーダーエッジを片手にした男性は足を止めている。僕は彼女を安静に横にさせながら、片手では手を握ってあげ、もう片手で傷口を抑えて止血を試みる。
 騒ぎを聞きつけて、駆けつけたばかりだ。
 何が起きていたのかを僕は知らない。
 理解の出来ない状況だったけど、いつかは訪れるかもしれないと薄々思っていたことだ。
 やはり僕は、覚悟が出来ていない。
 昨日の今日。信じたくないが、相手が誰だかは察しがついていた。仕方ないだろう。もしかしたら僕のせいだ。だから余計に、僕はとても歯痒い。
「――山代さん」
「剣崎」
 フードの男に声を掛けた。
 彼は間髪なく僕の名を呼び返す。
「なんでお前がここにいるんだ……!」
 ひどくイラついた様子で。悪態をつく山代さんが、そのフードを下ろすと険しい表情を覗かせる。彼はその黒く濁った眼光を、容赦なく僕に向けてくる。
「邪魔をしないでくれ」
「僕らを巻き込まないでください」
 彼が奥歯を噛み締めたのを見る。僕も心臓をがならせて、必死に言葉で抵抗する。
 と、手元の彼女が大きく呻いた。咄嗟に呼びかけると、彼女はなぜかにへらっと笑った。でも、すぐに唇の端をきゅっと噛んで、静かに僕のことを見据える。
「……私はね、もう、ダメなんだよ、冬馬さん。掲示板、見たでしょ……?」
「掲示板……?」
 僕はまだそれを見ていなかった。彼女の言葉に、山代さんは苦々しそうに顔を背ける。
 どういうことだ?
「私が赤色持っているって、全員にバレちゃった……! ……だから、もう、無理なんだよ」
 ――待ってください。
 なんで、そんなことが。
「きっと今日を乗り越えたって、どうせ私は狙われるの。もう逃げられないの、ごめんね冬馬さん、私もう、ここにいたくない」
 ダメだ。それは、僕が嫌だ。
 でもそのわがままは言葉にならず、飲み込めもしない。気持ちが悪い。
「だからね、冬馬さん、一つだけ、わがままを言いたいのは、」
 その震えた声で、弱々しい声で、何度も僕の名を呼ぶ彼女を、いつものようには見てあげられない。悲壮的で、あまりにも辛そうで、目の前の光景を信じたくない自分がずっと、現状を否定しようと視界を涙でぼやかせている。
「なん、ですか……」
 彼女は大きく身じろいだ。僕の手元からごろんと転がって離れると、這うように地べたを移動し、……僕が捨てたシーカーをわざわざ取りに行って。
 息も絶え絶えになりながら、それでも振り絞った気力に、彼女は僕の目を見据える。
 強かな目だ。僕にはない覚悟をしている。
 僕はそれが、少し怖い。
「どうせ、奪われちゃうならさ、私は貴方に、生きてほしいと、思うんだよ」
「……剣崎」
「黙ってください」
 言葉を差し込む山代さんを止める。目の前の彼女の真意を探るように、僕は彼女のことを見つめる。
 でも、ああ、ダメだ、僕は、弱い。彼女の目を見て、もうその意思を変えることが出来ないと。僕に変えられる術はないと。むしろ、僕が彼女にしてあげられる行為とは、それしか残っていないのだと。
 その目を見て、悟ってしまう。
「約束、したでしょ。叶えてよ、先生」
 彼女はふんわりと微笑んだ。
「貴方にしか出来ないこと。優しい貴方だから出来ること。貴方に、してもらいたいこと」
 僕の声は震えていた。大の大人であるはずなのに、僕には彼女を救えない。
「……本気なんですか」
「最低な人でごめんなさい」
「卑下なんてしないでくださいよ……」
 子供なのはどっちだろう。
 現実が見えていないのは誰だろう。
 僕だ。それは、間違いなく。
 駄々を捏ねている時間なんて、ここにはないというのに。
「剣崎。大人しくそれを俺に託してくれ」
「……すみません山代さん、僕は生き残らなきゃいけない」
 シーカーを、受け取ってしまう。それは、瞬く間に短剣へとなってしまう。命を奪える凶器として、僕の手元に生まれてしまう。
「バカが! それじゃあっ、二度手間になるだろう……ッ!?」
 ハッとして口を噤む山代さんの、本音をやっと垣間見る。
 ――覚悟をしろ。剣崎冬馬。
「剣崎! お前から奪うのはっ、俺だって望んじゃいない……! 俺はただ生き返りたいんだよ!」
「――っ」
 覚悟を、するんだよ。剣崎冬馬。
 僕はこれから生き残るために戦わなきゃいけない。彼女の願いを背負うために。山代さんたちのような方々を、そうと知りながら踏み躙ってまで、進む覚悟を。
 持たなきゃいけないんだ、この、僕は。
「お前は優しすぎるんだよ! ここにいるやつの大半は、自分のことしか見えていないのに!」
 呼吸が荒くなってくる。視界が遠くなってくる。
 それでも僕は、踏み止まってる。
「お前は無理をしないでいいんだ。必要ないものまで背負うな!」
 前を見ろ。怪我をした、致命傷を受けてまで強かな目で僕を見つめる、彼女の存在を。
「……でも、僕は、いまだけは、彼女の意思を尊重します。すみません」
「―――――ッ、お前は本当に、ッバカだ……!」
 心臓がうるさい。いままで以上に騒がしい。いまから行う行為に対しての緊張が、生の実感のように手を震わすのが、皮肉にも過ぎて笑えない。
「……少しだけ、痛みます」
 深呼吸をした。目を逸らさない。
 手の震えなんて、止めてしまえ。
「うん、うん……私がお願いしたんだ。冬馬さんは、何も悪くないから」
「言わないでください」
 涙を拭え。僕はこれから、大切な人の命を自らの手で奪うのだ。
「私、貴方が好きでした」
「……笑えないですよ」
 残酷だ。なんでそんなことを、いまになって、笑顔で言ってくれるのだ。
 ―――――。
「あなたのことを忘れません。ずっと」
 目を合わせる。頷き合う。音が止む。――差し向ける。この世界での死というものを、僕は初めて目の当たりにする。

 それは、あまりにも。

 あまりにも――。
「そんな……」
 光の粒子となっていく。幻想的に、弾けた煌びやかな結晶は、彼女の存在を一ミリもこの世に残さず、青空へと向かって一条の虹を作って昇り、太陽に溶けて消えていく。
 儚くて。美しくて、掴めも出来ずに、どこかへ行ってしまって。
「……剣崎」
 赤色が、僕の所有物となってしまう。
「最後に一応聞いてやる。……俺の味方になってくれるか」
「……僕は、あなたが、許せません。だから協力することは、出来ない」
 ガリッと彼は、強く奥歯を噛み締めた。
「――っ、俺だって、望んでやっているわけじゃないんだぞ……」
 小さく聞こえたその一声。懺悔するような、無力感に打ち震えるような、そんな、救いがたい彼の本音。
 僕はそれに構うことなく、立ち上がる。
 覚悟は決めた。理想を捨てて、現実を見る。
 人として、きっと超えてはならない一線や、大切なものはあるのだろうが、綺麗事だけでは生きられないし、守ることも出来ないのだと知った。
 この世界にいる全員を。数々の想いがあると知りながら、きっとくだらない、典型的で、なんの変哲もない僕の人生のために、僕はこれから剣を取る。……いや。
 典型的、と自分で言って、つい先日、彼女にそれは違うと否定したことを思い出した。
「そう、ですね……」
 ……………。
 価値とかなんて、ないんですよ。
 生きるべき人も、いないんです。
 同様に、死ぬべき人もいるわけがない。
 僕はそれを彼女に教えてあげられれば。
 教えてあげられるほど、大人であれば。





『――先生。将来、ほんとに先生になってください。私女子校だったので、女子校の先生』

『女子校って……絶対疲れるでしょう』

『いいじゃないですか。先生身持ち固そうだし、イケメンだし、たぶんウケいいと思うんです』

『ぜんぜん嬉しくないですね』

『またまた』

『真面目に』

『……まあ、そしたら、先生は、私みたいな子を見捨てないで、絶対気に掛けてくださいね?』




 彼女といつか、そんな会話をした。
 彼女は「変なことお願いしてごめん」と言ったけど、生前の、彼女の本音なんだろうとは思った。
 彼女は、彼女の心を救ってくれる、大人が近くにほしかったのだ。
「……僕はここで、足掻いてみようと思います。詩織さん」
 ――願わくば。今度こそ彼女に、その愛らしい笑顔に似合った安寧を。
 僕は、僕の人生のために、託された願いを果たすために。
 ここで精いっぱい足掻いてみます。

 ……………。

 ああ……。
 空の明るさが未だ目に残る。


 デスゲームは、まだまだ終わりそうにない。


(了)

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