「Lovin On Me」が全米チャート4週1位を記録しているラッパーJack Harlowとは!?
現在までに約100億回のストリーミング数を誇るケンタッキー州ルイビル出身のラッパー/俳優/起業家/慈善家である Jack Harlow(ジャック・ハーロウ)!
他のヒップホップ・アーティストとは他とは一線を画す彼のキャラクターや魅力について音楽ライター/翻訳家の池城美菜子さんに執筆頂きました!
等身大
ジャック・ハーロウの一番の魅力は、それに尽きる。「Lovin on Me」が昨年末から断続的4週ビルボードHot100で1位を記録している最中、要注目のラッパーだ。とはいえ、身長191センチなので、等身そのものが大きいのだが。ダービーで有名なケンタッキー州ルイヴィル出身の26歳。「What’s Poppin’」で2020年にシーンに現れて以来、順調にキャリアを積み上げている。一方、彼を巡って「白人の特権(white privilege)」という言葉も囁かれる。ベテラン・ラッパー、デヴィッド・バナーは彼が売れている理由を訊かれた際、この一言で切り捨てた。一方、ジャックと同世代のリル・ウージー・ヴァートが「そんなことない。最初から黒人のレーベルでやっているしね」と擁護している。ジャック・ハーロウの人気の理由と音楽性を検証してみる。
メジャー・デビューから4年でアルバム3枚
ハイペースでリリースしている彼のラップを聴くとすぐわかるのは、ベタに韻を踏みまくるラッパーであること。ローリン・ヒルからウータン・クランまでフローを拝借するヒップホップ・オタクなのだ。高校時代から自力でミックステープをリリースし、地元では小さなライヴハウスやバーでのライヴはソールド・アウトになるくらい、人気があった。卒業後、本格的にラッパーになるためにアトランタに移住。生活費を稼ぐために働いていた大学のカフェテリアでDJドラマに出会ってキャリアを切り開いた。ラッキー・ボーイに映るが、「ラッパーになりたいなぁ」とぼんやり思っていたのではなく、目標に向かって邁進した結果、運をつかんだ。DJドラマとプロデューサーのドン・キャノンの<ジェネレーション・ナウ>レコードを通してアトランティック・レコードと契約してから快進撃が始まる。
音楽性と地元愛
2010年代はドレイクを始めとして、歌とラップの中間のスタイルが流行った。コーラスを自分で歌うラッパーも増えた。ジャックの音楽性はその一歩先で、R&Bをサンプリングしたトラックが多く、全体にメロディ重視で当然、聴きやすい。たとえば、2020年の頭にドロップした「What’s Poppin’」。その前年にヒットしたダ・ベイビーの「Suge」と同じプー・ビーツとジェットソンメイドが手がけ、似たフォーミュラでヒット。加えて、ジャック・ハーロウの曲は、YouTubeやTikTokで強い。「What’s Poppin’」のMVは大人気のクリエイター、コール・ベネットが手がけ、彼のリリカル・レモネード人気もあって、再生回数を稼いだ。ダ・ベイビーとトリー・レーンズ、リル・ウェインが参加したリミックスは3億回に届く勢いだ。
2020年のデビュー作『That’s What They All Say(それってみんな言うよね)』から、彼は一貫して日常生活で感じたことをテーマにしている。このアルバムでは、アダム・レヴィーンやクリス・ブラウンなど大物のほか、同じケンタッキー出身のESTジーやブライソン・ティラーをフィーチャー。さらに、同州出身でNBAのマイアミ・ヒートで活躍している友人、タイラー・ヒーローをそのまま曲にして、地元愛を示した。DJドラマの手腕や、がっちりアーティストを育てるアトランティック・レコーズの方針とハマったのもあるが、ジャック本人に「クラスに一人はいそうな奴が、びっくりするようなスキルで人気者になった」というストーリー性があるのだ。
白人ラッパーとしてのハードルとユニーク性
大枠でブラック・カルチャーであるヒップホップのなかで、白人のラッパーはハードルが高くなりがちだ。天才・エミネムがハードルを上げすぎたのもある。キッド・ロックやマシン・ガン・ケリーのように売れてからロックに転向した先輩もいたため(悪いことではないけど)、「どうせラップは腰かけでしょ?」みたいな空気もある。それを、ジャックは好感度の高いキャラクターで独自路線を開拓し、トップを突き進んでいる。2020年にはそのエミネムの「Killer」のリミックスにコーデーと参加した。大坂なおみ選手のパートナーでもあるコーデーも、そう言えば良いやつキャラだ。
幅広いコラボレーション
ジャックは特別枠にいるせいか、ほかの新しい枠づくりをしているアーティストに招かれることも多い。初のビルボードNo.1は、クィアーを全面に押し出したリル・ナズ・Xの「インダストリー・ベイビー」だった。ヘテロ・セクシュアルの黒人ラッパーには抵抗がありそうな激しいMVに、なんの気負いもなく出演して驚かせた。また、昨年はBTSのジョングクの「3D」でも、いいケミストリーを醸し出した。この「3D」は、ジャスティン・ティンバーレイクをほうふつさせる歌い回しと曲調が話題になったあと、ジョングクはジャスティン本人を招いてリミックスをリリース。ジャックもスタイルの類似性をよく指摘されるドレイクを、2022年のセカンド『Come Home the Kids Miss You(子どもたちが寂しがっているから家に帰りなよ)』の「Churchill Downs」で招いた。こうやって影響元をきちんとリスペクトする姿勢は、2020年代では大切だ。
楽曲のテーマについて
童顔のジャック・ハーロウは、ラヴ・ソングも得意。2作目からは「ファーストクラスに乗せてあげるよ」と歌う「First Class」がスマッシュヒットした。サウンドの面はポップの要素が増えた反面、少しずつシリアスな題材を扱うようになっている。2023年からは俳優活動もスタートした。1992年の名作『ハード・プレイ(原題 White Men Can’t Jump)』のリメイクに挑戦したのだ。それに合わせるかのように、本名と同じタイトルの『Jackman.』をドロップ。この辺りから、ヒップホップ・コミュニティ以外でも認知度がぐっと上がった印象だ。『Jackman.』にはさらに鋭いテーマの曲が収録されている。3曲から抜粋してみよう。
アルバム『Jackman.』から曲紹介
まず、「Common Ground」。自分が育ったような郊外の白人の子どもたちがブラック・カルチャーに精通していることを説明してから、こう言い放つ。
「白人の特権」を指摘されている分、彼は人種間の違いに敏感だ。彼自身がラップ・ゲームの中で揉まれたからこそ、ヒップホップ・カルチャーやブラック・ライヴズ・マターを通じて表面的にわかったふりをする浅はかさを指摘できる。ヒップホップは、黒人を筆頭に有色人種が人種的不平等を訴える手段として機能してきた。黒人の人が「世間」を攻撃するのはいいが、白人側が黒人社会の問題点を指摘するのはタブー。エミネムは、極端に貧しい生い立ちを背負っているため、共闘することで居場所を作った。平均的な生い立ちのジャックは、もう少し引いたところから状況を俯瞰して、自分なりの葛藤をラップする。そのため、「こういうラップなら、自分もできるかも」と世界中のファンから共感を得ているのだろう。
地元愛について前述したが、3作目には幼なじみの違う面に焦点を当てた「Gang Gang Gang」では、その負の面にフォーカスしている。休暇で戻ったときに、共通の友だちから「マーカスがレイプで逮捕された」と打ち明けられるところから、曲は始まる。
セカンド・ヴァースに出てくるケヴィンは、同性の少年へのレイプで捕まっている。子どもの頃から知り合いでもすべてを知っているわけではない、という辛い話だ。また、リード・シングルの「They Don’t Love It」ではヘイターにこう言い返している。
ヒット曲「Lovin on Me」
「ゲロのついた服についてラップしていた彼」とは、エミネムの代表曲「Loose Yourself」での「There’s vomit on his sweater already, mom’s spaghetti (緊張して少し吐いたんだ。セーターにママが
作ったスパゲティがついてる)」を指す。ジャックも「自分が一番」というラッパーに必須のメンタリティーはきっちり持っていて、清々しい。最新シングルの「Lovin on Me」のヒットは、自分の強みをさらに生かしてヒットさせた。1995年のR&Bヒット、キャデラック・デールの「 Whatever (Bass Soliloquy)」を大胆にサンプリングした、セクシーなポップ・ラップなのだ。「I‘m vanilla, baby」で始め、「バニラ」に「白人」と「性的嗜好が平凡」、という両方の意味をかけて笑わせる。じつは、セカンド・アルバムで6つグラミー賞にノミネートされたものの、3作目はスルーされた直後にリリースした曲である。偶然だろうが、2023年に無冠で終わった際、「やる気が出た」とも言っていたのでこの曲がヒットして溜飲を下げているかもしれない。
ジャック・ハーロウは2024年も引き続き、大暴れしそうだ。