ハガキ投稿の話(前編)

 私は小学生の頃からハガキ投稿を趣味にしている。今では第一線からは退いたが、それでも時々思い立ったようにネタを書いてはファミ通などに送りつけたりする33歳の投稿者だ。ハガキ職人という言い回しが割と一般的になってはいるが、個人的に好きな言葉ではないので、話の流れ上「ハガキ職人」と言ったほうがよい時以外はあまり使わない(理由はまた別の機会に)。普段は自分のことも他の人のことも「投稿者」と言っている。「ハガキ職人」という呼称を用いるのは、「投稿者」では伝わりにくい状況の時か、皮肉のニュアンスを入れたい時だけだ。

 ところで先日、こんなニュースがあった。

 郵便配達員が2年以上に渡り、約4000通の郵便物を配達せずに隠し持っていたという話。このようなニュースを目にすると震えが止まらなくなる。怒りから来る震えではない、恐怖由来の震えだ。「自分が魂を込めてネタを書いたハガキが、配達員の人為的ミスや恣意的な行動によって送り先に届かない可能性がある」という、その事実を想像しただけで変な汗が溢れ出し、無意識に体が戦慄してしまう。ネタがただボツになることよりも、ネタを選者に読んですらもらえないという事態のほうが遥かに恐ろしいのだ。自信があったのにボツになったあなたのネタは、配達員に捨てられたのかもしれない。

 この手のニュースは何も今に始まったことではない。郵政民営化前の時代から、正月シーズンになるとアルバイト配達員が配達しきれなかった年賀状を川に投げ捨てるなどの事件が日本各地で相次ぎ、もはや新年のあるあるネタとして語られているほどだ。正直に申し上げて、毎年ミスチルのファンクラブからしか年賀状が届かない私としては、他人の年賀状が無法に破棄されること自体はどうでもよいのだが、やはりこれを自分のネタハガキに置き換えると話が変わってくる。怖い。ネタは我が子のようなものだ。私は結婚や子育てとは無縁の人間なので子どもを持つ親の感覚はわからないが、きっと我が子というのは自分が書いたネタのようにかけがえのない存在なのだと想像している。だから私はネタハガキがちゃんと投稿先に届いたかどうか心配で仕方がないし、真夏の車内にネタハガキを放置するなんてことは絶対にしない。

 郵便物が自分の手元を離れてから投稿先に到着するまでのルートは、およそ上の図のようになっているはずだ。同県内で完結する場合はカットされる過程もある。最近の郵便局は仕分けや消印の自動化が進んでいるが、それでも郵便局間の輸送や相手先への配達には必ず人間が介入し、そこに郵便事故のリスクが潜んでいる。我が子のように大切なネタが他人の手に触れるポイントはできる限り削りたい。油断すると配達員にハガキを捨てられるからだ。だが、人間にばかり気を取られているわけにもいかないのが現状だ。機械だって100%信用するのはいかがなものか。テレビや動画サイトなどで見たことがある方もいるかもしれないが、仕分け時に郵便番号や宛名の文字を読み取る技術はすごい。場合によっては、あの仕分けマシーンが宛名ではなく投稿者のネタを読み取り、AIハガキ職人に進化してしまう可能性だってある。AIハガキ職人はただ単に読み取ったネタをパクるわけではない。我々が書いた渾身のネタを蓄積したデータによって洗練し、さらに面白いネタへと昇華させてしまうかもしれない。全投稿者のプライドをへし折りかねない危険な存在だ。そういった事情を勘案すると、人だろうが機械だろうが他者とハガキの接触は避けるべきで、可能ならば直接投稿先にハガキを届けるのが理想であると私は考えている。

 ちょっと脱線して思い出を語りたい。昔、競馬月刊誌サラブレの読者投稿ページ「ますざぶ」に投稿していた頃の話。当時のますざぶは基本的に官製はがきでのみ投稿を受け付けていた。すでにメール投稿も当たり前になっていた時代だったので、官製はがきのみ可というのは逆に珍しいレギュレーションだったかもしれない。同様の投稿ルールだった他媒体というと、週刊少年ジャンプの投稿ページくらいだっただろうか。多くの投稿ページのように、ますざぶのコーナーの中にも毎月お題が変わるモノもあり、シビアな締切が設定されていた。ある時、どうしても7~8枚のはがきが締切に間に合いそうもなかった私は、サラブレ編集部があった九段下の旧エンターブレイン本社に突撃することにした。その時は高円寺でひとり暮らしをしていたので、30分程度で着く距離だった。とはいえ、行ったこともない会社なのに「締切当日に直接ハガキを届ければ大丈夫」とナチュラルに考えていたあたりに過去の自分の若さとヤバさが垣間見える。2006年夏、19歳の大学2年生だった。

 ますざぶの締切=締切当日の午前中必着という情報を知っていた私は、とにかく正午までに編集部に届ければよいと思い、当日の午前11時頃までハガキを書いていた。「正午まで」というのは勝手な思い込みで、正しかったのかはわからない。たぶん正しくない。というか、突撃を思い立ってからの一連の行動すべてが正しくない。夜通しネタを考えていたので徹夜明けだし、大学の授業も全部すっぽかした。肝心のハガキのほうは、絞り出すのに苦労したお題だったが納得のいくネタが書けた、という手応えがあったことを覚えている。「この手応えを達成感に変えるためには掲載されないといけない。そのために俺は編集部に突撃するのだ」という決意のもと九段下へ向かい、やがて旧エンターブレイン本社前に到着した。まだ正午にはなっていない。しかし、なんとなくサイバーな雰囲気を醸し出す同社の入口を前にして、頭のおかしい私もさすがに足がすくんだ。2往復ほど会社の前を行ったり来たりしたのち、「今から突入しま~す」という中原名人的なチンポコ精神で突撃すると、そこにはきれいな受付のお姉さんがちょこんと座っており、チンポコ精神で突撃したことに間違いはなかったと思った。だが、急がないと正午になってしまうので慌てて用件を伝える。

 「今日ますざぶの締切ですよね!?編集部にハガキを届けたいのですが!」
 受付のお姉さんは戸惑っている。当たり前だ。伝わるわけがない。これで理解できる女性がいたなら、その場で結婚を申し込んでもいいレベルだ。ヨレヨレのTシャツにジーパン、便所サンダルという完全無職スタイルの男が意味のわからないことを口走っているのだから、世が世なら、あるいはお姉さんの妖怪センサーの感度が高かったなら、その時点でセコムされていてもおかしくなかっただろう。そもそも入って来る前に会社前を行ったり来たりしている時点で不審者だ(これはたぶん受付からは見えてなかったと思うけど)。非常識のジェットストリームアタックを受けて引きつったお姉さんの表情は、私を我に返らせた。
 「しまった!これじゃ不審者だ!落ち着け俺!ちゃんと事情を説明しなきゃ!」と思い直し、改めて用件を伝える。

 「サラブレに読者投稿ページがあるんですよ。ますざぶっていうんですけど。僕はそこに投稿している者です。このハガキを今日の締切に間に合わせたいので、すみませんがこれをサラブレ編集部のますざぶ担当の方に届けてもらえませんか?」
 言えた!ものすごい早口で言えた!ちゃんと説明できた!こちらの意図が伝わり、お姉さんはサラブレ編集部に内線を入れてくれる。
 「えっと、あの、ます、えーっと、なん、なんでしたっけ?ます……さぶ?読者の、ああ、ますざぶ?読者ページ?のハガキ?をやっているとおっしゃる方が入口に見えてるんですが……」
 思ったより伝わっていなかったし、ただ誰かに助けを求めているようにも聞こえたが、かろうじてサラブレ編集部の男性が1階に降りてきてくださった。今考えると奇跡だ。神対応だ。そして、編集部の人になら絶対に伝わるという盲信のもと、改めてお願いをする。
 「今日ってますざぶの締切じゃないですか!僕はますざぶ投稿者です!これお願いします!」
 キチガイの重ね塗り。ますざぶの担当者ではない方だったので、恐らくそれも伝わっていなかっただろうが、編集部の方は苦笑いとともにハガキを受け取ってくださった。その時は「編集部員なら俺のペンネーム知ったらびっくりするだろうな~!なんてったってあの俺だからな!」くらいのことは思っていた。愚か過ぎる。当日のことを思い出すたび、受付のお姉さんと編集部員のお二方には申し訳無さと感謝しかないし、あの時の自分に対しては、我ながらパーソナリティ系のハンデを抱えているのではという疑いを掛けたくなる。選者のライター近藤氏にも間接的に迷惑をかけたと思われる。でも当時はとにかく必死だった。半年間のポイントレースで優勝を争っていたのが、今でもますざぶやファミ通町内会の最前線で戦っておられる葛西彰宏さん(レジェンド)と夢幻桜花さん(レジェンド)だったわけだから、気を抜いたら殺られると思っていた。編集部に直接ハガキを届けるなどという暴挙は、レジェンドたちに勝ちたいという勝利への渇望が起こさせた行動だった。そして、その翌月のますざぶの誌面では選者からこんなメッセージをもらった。

 欄外に取ってつけたように書かれた「ダイレクトメール禁止!」という一文は、ネタを選んで誌面を構成した者と直接ハガキを届けた投稿者にしか通じないし、当該ハガキが採用されたかどうかも当事者にしかわからない。ちなみに、あの時“ダイレクトメール”したハガキはすべてボツだった。禁じ手だからボツになったのか、単純にネタがつまらなかったからボツになったのか、その真相までは私には判断できない。自信のあるネタも含まれていたので残念だったが、それ以上に「誌面で選者から私信を貰った」という事実のほうに優越感と高揚感を覚えた。

 さて、思い出話という名のキチガイエピソードから話を戻す。今回は郵便事故を防ぐことよりもギリギリで締め切りに間に合わせることに重きを置いた内容になってしまったが、ハガキを投稿先に直接届けた実体験として紹介させてもらった。それにしても長くなりすぎた。こんな経験をしてもなお、スピード面においても安全面においても究極の投稿手段はハガキを直接届けることだという考えに変わりはない。しかし、無闇に突撃すると郵便事故とは別のリスクが発生するということも学んだ。あと社会性を身につけることも大切だ。もしダイレクト投稿に挑戦したいと考えている投稿者がいたら、TPOをわきまえた大人のやり方で実践していただきたい。くれぐれも人に迷惑をかけたり、無職みたいな格好で突撃したりしないこと。このあとは、ダイレクト投稿には劣るものの、郵便事故やその他のリスクを可能な限り低減させる投稿手段について説明したい……のだが、あまりにも冗長になるので今日はここまでとする。後日、後編として別エントリを書きたいと思う。ひとまず、最後までお読みいただきありがとうございました。

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