死闘!令和4年春場所優勝決定戦 若隆景×髙安

・両者の立合い

唸り声をあげながら、左足で踏み込み右から猛烈にかち上げた髙安の立合いは、多くの識者・ファンが指摘する通り、強豪大関としてあったかつての姿を思い起こさせるに十分の雄々しさであった。

一方で若隆景が採った立ち合い、報道等ではあまり取り上げられていないようだが、こちらも実は珍しいことをしていた。
頭でかましながら右へ動いた選択を言うのではない。それ自体は(今場所こそ現れていなかったが)先場所以前にもしばしば見られた形である。
違っていたのは足の動き。従来、左四つ相手に右おっつけやいなしを効かせるため右へずれ気味に出ていく場合でも、一歩目は左足から。素早く二歩目の右を出して、相手の斜めにつくのが常套手段だったが、この日はまず右足を先に踏み込ませて髙安の右胸にかましつつ、左足を滑らせながら正面側に回り、髙安の圧力をいなしているのだ。

これが咄嗟の動きと言えるのか、それとも予め準備してきたものか、材料に乏しく真相は分からないが、おそらく間違いないのは、髙安が左足踏み込みでかち上げに来るとは予想していなかったということ。
(予想していたのなら、むしろ髙安がかち上げる右、つまり自分の左側に動くのが常道だし、かつて髙安に対してそのような立合いを選択する力士もいた)

本割(11日目)は、お互い低くまっすぐ当たり合う立合い。これは評論家各氏が指摘した通り、髙安にとって成功とは言い難いものであったため、今度は違う立合いで来る、それ自体は織り込み済みだったはず。とすれば、一番に想定するのは右足から踏み込んで左を差しにくること。実際に採った若隆景の立ち合いを見ても、最低限「右から相手の左を攻めていきたい」という意図があったことは十分に見て取ることができる。

・・・とすると、髙安が想定外のかち上げに来たのに対し、左差しを予想して右へ動いた若隆景の立ち合いはある意味幸運を生んだと言えるのかもしれない。
もし、今場所通してきたまっすぐかます立ち合いで髙安のかち上げと正面衝突していたら、大きく腰を崩し、まともに後退していた可能性は低くないからだ。

もちろん、上記した通り、右への変わり身が咄嗟のものであった余地も否定できず、この場合はひとえにその反射神経の鋭さを褒めるよりほかはないのだろう。
(多くの評論は変わり身と見るのだろうが、多少立ち遅れ加減な点・普段とは違う右足から出た点がどうしても引っかかるので、筆者は断言しきれずにいる。今後のメディア出演等で本人が真相を語ることに一縷の望みを託したい)

ともあれ、髙安としては、今場所の若隆景を見て、左右へ動く立ち合いは想定していなかったはずで、意を決してのかち上げから激しく突くなりして先手を取るつもりであったことは濃厚。しかし、結果として若隆景は右に動き、勝負は二次的な段階、攻防の局面へと移ることになる。

・攻防Ⅰ(前捌きの応酬)

立ち合い、かましながら右に動いて髙安の圧力を逃した若隆景は、すぐに右おっつけ、左は相手の右胸に当てて押し上げにかかるが、髙安も二歩目の右足で踏ん張りながらスムーズに対応。「おっつけられたら力を抜いて反対の手で攻めよ」の鉄則通り、右おっつけからハズに変えて西に押し込みつつ、相手の顎に押し付けていた左を抜いたので、右からの攻めがハマらないと見た若隆景は左で髙安の右をおっつけ、すると髙安今度は右の力を抜き、肘をグイグイと押し当てて空間を作りながら、左は相手の右を挟み込むようにおっつけ、若隆景がその手を抜くところ、さっと滑り込ませた左で横ミツあたりを引き、素早く向正面側へ攻め立てる。
ここまで両者の拮抗しあった前捌きの応酬は、短時間ながら見応え充分。どちらかと言えば若隆景得意の展開ながら、髙安は基本に忠実な攻めでむしろ攻め勝ち、状況の打開に成功した。

・攻防Ⅱ(続く鍔迫り合い)

しかし、若隆景もさるもの。髙安が勝機とばかり左下手右おっつけで左に出るところ、抜いた右を外ハズ気味に当て、左も髙安のおっつけをハマらせずにパッと抜いて頭を押さえながら、赤房~東、さらに右を髙安の肘下あたりに引っ掛けながら出し投げに近い要領で回り回って仕切り線周辺を一周。ついに髙安の左下手を切り、向正面を背に一腰入れて右おっつけ、得意の型にハマりかけた。

ここで攻め疲れ、じっと半身を維持するような格好になると、完全な若隆景ペースになるのだが、髙安はその思惑に乗らず、なおも攻めを休めない。おっつけられかけた左をすぐに抜いてまた右から攻め返し、再び押し合う格好に。
少し間隔が空いたハナを若隆景が小さく右で張り、右左とハズで押し上げながら白房方向に髙安を追い込んでいく。この一番の中で初めて若隆景が優勢に立ちかけた場面だ。
それでも、右喉輪左おっつけで踏ん張る髙安との間には距離があり、この場所進境を見せた「差して寄る」詰めへと持ち込むための密着感にはまだ遠い。
次の瞬間、髙安が上体を前に倒す。さほど極端な動作ではなく、足が揃っていたわけでもないのだが、若隆景はこの動きに反応してしまう。それは取組後に本人が「良い相撲ではない」と述懐したおそらく最大の理由。実際、お世辞にも好手とは呼べるものではなかったが、結果として膠着していた状況を大きく動かす導火線となった。激戦はいよいよ最終局面を迎える。

・攻防Ⅲ(局面を動かした「上から」の仕掛け)

足を入れ替えながら、上体を前傾、わずかに頭を下げた髙安に対して、若隆景は両手で頭を押さえつけるまともな叩きに出た。「下から下から」の攻めを標榜する若隆景にとっては珍しい「上から」の動作、もちろん成功とはいえず、敗着にもなりかねない仕掛けではあったが、思い切りよく頭を押さえつけ、なおかつ黒房側から正面~青房方向へと斜め後方に逃れる素早さがゆえに、髙安は不安定な体勢のまま、若隆景との距離を詰めるべく体当たり気味に左肩を出していくしかなかった。
この場面、たしかに伊勢ヶ濱審判部長が指摘する通り(※)、冷静に判断すれば「髙安は腰を落とすだけでよかったのに(前に)出ていった」ということなんだと思う。ただ、そこは状況が状況。まして、若隆景の引きがまともに呼び込む性質であったことが分かる分、前への圧を強めたくなるのは自然な反応だろう。
若隆景の叩きと半歩足の運びを欠いた髙安の体当たり。ふたつの焦りが交錯し合う展開を経て、ついに勝負は決着の局面、土俵際の攻防へと移っていく。

・攻防Ⅳ(決着)

髙安が見せた体当たり気味に左肩を当てる詰めは、土俵際で両足を揃えてこらえる若隆景の右顎から胸付近を直撃。その威力で若隆景の膝が崩れそうになったのだから、上記の通り不正確な部分があったにせよ、普通の力士であれば決定打になっていただろう。しかし、若隆景は体幹の強さをもとに、驚異的な下半身の粘りと上半身の操作で死線を越える。
髙安の当たりを顎に受けて膝が入りかけながらも、左手で高安の左手を手繰り(髙安の手首のテーピングに指が引っかかっているようにも見える)、髙安の後ろミツに届かせた右手を命綱に渾身の上手出し投げ。必死で俵の内側を潜らせながら回り込んだ左足の働きも含め、左右の手足を緊密に統一させた土俵際は、決定戦史上有数の名場面として、後代に語り継がれていくにちがいない。

・むすびに

全体としては、髙安の相撲だったと見るべきだろう。意を決した立ち合いのかち上げこそ完全にはハマらなかったが、従来苦しめられてきた相手の理に自らも理で大いに対抗、押し合いの中で優位を握らせることなく、若隆景の焦りを引き出すことに成功した。
しかし、その焦りが生んだ「上から」の叩き、そして土俵際で見せた「横から」の崩しという、若隆景らしからぬ即興かつワイルドな仕掛けは、少しずつ髙安の想定を上回り、ハナ差が勝敗を分ける土俵際の攻防へと結びついた。
概ね「下から」の攻めを貫き、「差して寄る」意識の徹底により、これまでになく寄り切りでの白星を稼いできた今場所の若隆景とすれば、不本意な相撲。それでも、極限の状態の中、無意識にあれだけの反応、身のこなしを出すことができたのは、ひとえに日頃の稽古の賜物としか言いようがなく、改めて全力士の心にたゆまぬ鍛錬の尊さを刻みつけたのではないか。
関取の中でも下から数えた方が断然早い、小さな若隆景の優勝が、センセーショナルな栄光として、多くの後進にとっての励みや目標となることを願いつつ、むすびとしたい。


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