散歩
今日は朝から難解な課題に取り組んでいた。4,5時間の格闘の末、ようやく完成。お昼ご飯を作る気力もなくなり、ストックしてあったラーメンをテキトーに作って食べる。課題に気力のすべてを持っていかれて抜け殻みたいにぼーっとしていた。ふと外を見ると青い空が見えた。ずっと家にこもりっきりだったので全く気が付かなかった。
「あー、夕ご飯の買い出しに行ってないや」と思い、買い物に行くことにした。ただ、何かを作って食べる気にはさらさらなれないので、簡単なものにしようと思いながら、外に出て近くのスーパーに向かって歩く。スーパーに向かう道とは真逆の道に、私が通う大学の敷地内に続く細い道がある。木々がうっそうと茂っており、さながら林道のような道である。もう5月も半ばということで、新緑の葉が日の光を受けて美しく見えた。家の中にずっといたせいなのかはわからないが、その緑の光が美しく見えて、私は引き込まれるようにその道へと足を踏み込んだ。その道に入り、ゆっくりと歩いていると、すぐ後ろの道路を走り去っていく車の音が遠く感じた。まるで人の文明が入り込んでいない森を歩いているような気持ちになり、非日常的な感情を抱いた。大学内も閑散としていて、人通りがないのもそのような雰囲気を演出していた。木々の下には生命力あふれる雑草の群れがまるで絨毯のように広がっていて、夏の訪れの近さを感じさせた。もし私が昆虫くらい小さかったら、あの雑草群はまるで密林のように映ることだろう。心地いい風が吹き、木の葉をざわつかせ、私の頬を軽やかに撫でる。自然の音は人間の生み出す音楽とは違い、意図されたメッセージがないが、私の心に何かを置いていき、またさらっていってくれる。私には言語化できないので何かとしか表現できないのがもどかしい。私の知識不足なのか、人間の世界の言語の限界なのか。
そんなことを考えながら歩いていると大学の中央を走る道路に出た。一気に人間の世界に引き戻される。人通りはまばらだが、人の声と人工物の音にあふれていた。私の意識も現実に帰ってきて、記憶の片隅に押しやられていた買い物のことを思い出させる。今度はスーパーに向かって、アスファルトの道の上を歩いていく。
ふっと、目の端に色をとらえてみてみると、紫色の小さな花が2,3輪咲いているのを見つけた。私は花の種類には詳しくないのだが、とにかく鮮やかに、それでいてつつましやかに存在を主張していた。私はさっきまで明確に分かたれた世界のように感じていた自然の世界と人間の世界が重なったような、奇妙な感覚に陥った。小さな花が私の中で分断された世界に橋を架けたのだ。少しの寄り道で世界が拡大したように感じたのだ。私はこの小さな出会いに感謝したい気持ちになった。
新しい発見に満足しながら、私はスーパーへ向かった。疲れは感じていなかった。今日は料理に少し手間をかけてもいいと思った。