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聖書タイム2020年12月:「光という招待状」

text by 山形優子フットマン

山形優子フットマンの執筆・翻訳
クリスチャン新聞福音版に「こころの食卓」連載中
いのちのことば社」翻訳本:
マイケル・チャン勝利の秘訣」マイク・ヨーキー著
コロナウィルス禍の世界で、神はどこにいるのか」ジョン・C・レノック著

12月はカレンダーの最後のページ、救い主イエス・キリストの誕生を祝うクリスマスの月です。パンデミック下の2020年は、あなたにとってどんな年でしたか? キリスト誕生の時代も、当時の伝染病、貧困、あらゆる問題が蔓延していました。そして電気さえありませんでしたから、夜の闇は塊のようだったでしょう。新約聖書ルカとマタイによる福音書には、キリスト誕生シーンが、闇を貫く光として描かれています。

当時の羊飼いたちは大切な群れを野獣や盗難から守るため、寝ずの番をしました。聖書によると突然、漆黒の夜の帳を破って強い光「神の栄光」が周りを照らしたとあります。天使が現れて「あなたがたは布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子(キリスト)を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである」(ルカ2章12節)と告げました。私には、このくだりが「救い主は動物の餌箱の中ですやすや眠る新生児ですよ。この世の偉そうな贅沢なところに目を向けても見つかりません」と読めてなりません。一方、マタイによる福音書には東方(イラク周辺)から、占星術の学者たちが星に導かれてキリストを拝みにきたとあります。ある天文学者によると「実際そのころ大きな彗星が現れたという記録が残る」そうです。

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羊飼いも3人の博士(学者)も、目撃した光があまりにも魅力的だったので従いました。到着したのは点のように小さなベツレヘム村の馬小屋。羊飼いにとっては馴染みやすい場だったと思いますが、外国の知識階級の博士たちは「王様が飼い葉桶の中とは」と内心驚いたかもしれません。けれども3人は馬鹿にするどころか深々と額突(ぬかず)き、自国から持参した高価なギフトを、うやうやしく赤ちゃんに捧げました。

羊飼いと博士、この一見不釣り合いな招待客達には「光を見たこと」以外にも共通点が。形骸化したユダヤ律法の篩(ふるい)にかけると、実は両者ともアウトサイダーなのです。異邦人である博士たちの食生活はユダヤでは禁じられている物も食べますから、「汚れている」わけです。他方、羊飼いは同じユダヤ人でも羊と寝食を共にするので、頻繁に神殿で礼拝ができないため「汚れている」と敬遠されました。しかし神は、虐げられる人々を敢えて一番に招待しました。神の子キリストが人として世に生まれたのは人種、国籍、職業の貴賎、教育の差、財力や地位等、この世の価値や枷(かせ)から万人を解放し、自由の光を与えるためです。

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さて、このクリスマス物語は作り話でしょうか? あなたは、夜空の星を見た時、神秘な輝きに魅了されませんか? それとも必要な情報がインターネットで取得できる今、「神秘」という言葉は死語? クリスマス・イヴにロマンチック・ディナーを楽しむカップル、家族でプレゼントを開けるクリスマスの朝、私たちは目に見える格好良さに翻弄され、弱々しいものを排除しがちです。そうです、私たちは自分の魂が発する、か弱い声に耳を傾けるのを止めて久しいのです。その声は「もっと光を」と囁きます。キリストは「私は世の光である」と言い、あなたを招待しています。暗黒を打ち破る大きな光、それがクリスマスです。

Photo by:
Burkay Canatar 
Chris Henry
wisconsinpictures