喜びの神殿 ①
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総督ネヘミヤと、祭司であり書記官であるエズラは、律法の説明に当たったレビ人と共に、民全員に言った。「今日は、あなたたちの神、主にささげられた聖なる日だ。嘆いたり、泣いたりしてはならない。」
民は皆、律法の言葉を聞いて泣いていた。 彼らは更に言った。「行って良い肉を食べ、甘い飲み物を飲みなさい。その備えのない者には、それを分け与えてやりなさい。今日は、我らの主にささげられた聖なる日だ。悲しんではならない。主を喜び祝うことこそ、あなたたちの力の源である。」
レビ人も民全員を静かにさせた。「静かにしなさい。今日は聖なる日だ。悲しんではならない。」
民は皆、帰って、食べたり飲んだりし、備えのない者と分かち合い、大いに喜び祝った。教えられたことを理解したからである。
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「織田がつき、羽柴がこねし…」の歌になぞらえるわけでもないが、サウルやダビデが戦(いくさ)から戦へと明け暮れたその末に、ソロモンの時代になってようやくイスラエル王国には平安が訪れて、かつ繁栄も極った。
「ソロモンの在世中、ユダとイスラエルの人々は、ダンからベエル・シェバに至るまで、どこでもそれぞれ自分のぶどうの木の下、いちじくの木の下で安らかに暮らした」
という記述も残っているように、その頃の民は皆、一様に豊かであり、毎日のように「食べて飽き、太り、大きな恵みを受け、満足して暮らした」のであった。
ところが、
例によって例のごとく、反逆と背信をやめられない、母の胎にいるころからどこまでも不誠実なユダとイスラエルの人々とは、豊かになればなるほどに、「主なる神に背き、反逆し、モーセの律法を捨てて顧みず、回心を説く神の預言者たちを殺し、背信の大罪を犯し」つづけた。
それがために、
ソロモンの死後、ほどなくして王国は分裂し、民も分裂し、結束を失い、忠誠を失い、力を失い、あげくのはてに街々は周辺の国々から侵略され、
焼かれ、壊され、殺され、奪われて、わずかに生き残った人々もまたひとり残らず捕囚とされ、手や足や首にかけられた軛に引きずられるようにして、敵の国々の中へと散っていったのだった。
…そんな悲劇惨劇の日から、約七十年の時を経た後、主なる神は、「かつてエレミヤの口によって約束されたことを成就するため」、敵国の王の心を動かして、ユダとイスラエルの残りの民に向かって、神殿再建の命を下した。
ひとくちに七十年と言えば、およそ、人ひとりの一生とほぼ同じ長さである。
それゆえに、ここで先にはっきりと言っておくが、そのような長日月に及んだ捕囚の身分に甘んじ続けたことによって、ユダとイスラエルの人々の心とはよりいっそう歪み、ひねくれ、かたくなになっていた――どこかですでに書いたことがあるが、そう、「ルサンチマン」に冒されていたのであった。
であるからして、
敵国の王の鶴の一声によって、
主なる神の”霊”に感化された総督ネヘミヤや、書記官エズラといった者たちのリーダーシップによって、
また、ダニエルやハガイやゼカリヤやといった時の預言者たちの励ましによって、
雲散していたユダとイスラエルの人々は、「神殿再建」という一世一代の大事業がために、方々から集まってきたはいいものの――その会衆の総数は、エズラの記した言葉によれば、四万人以上だったということである――、
それから何年もかかってようやく再建した神殿と、取り戻したかに見えた自分たちのアイデンティティの象徴を前にしてなお、彼らは性懲りもなくその歪みきった心がために、愚かな失敗を犯したのであった。
すなわち、
新たに基礎を据え、破れた門を補強し、城壁を建て直し、ついに新しい神殿を完成させるという一大プロジェクトを成し遂げえても、
その心の様相までは、再建させることができなかったのである。…
私は、自分が口も意地も性格もはなはだ悪い異邦人であるがために、こんなことを言っているのではけっしてない。
その証拠に、上に述べた事柄とは、単なる個人の持論の類などではなく、すべてまぎれもない事実であり、史実であり、真実であるからだ。
それに、
私はこの世の誰よりもイエス・キリストに愛される、心優しい異邦人でもあるがゆえに、可視の神殿の再建に成功しても、不可視の神殿の再建に失敗したかつてのユダとイスラエルの人々を、ここで手ひどくあげつらってやろうというよりも、
むしろ、この世の誰よりも父なる神に可愛がられている子として、不可視の人の心こそが、唯一まことの神の宿る神殿なのだという主張をば、展開しようというばかりなのである。
だから、
かつて完膚なきまでに毀壊され、あますところなく略奪し尽くされた可視の神殿を、曲がりなりにも再建させたユダとイスラエルの人々の血と汗と涙の日々を記憶にとどめるためにも、彼らの世紀の大プロジェクトについて今一度、ここに語ってみたいと思い立ったのである、
例によって例のごとく、わたしの神イエス・キリストから、「やれ」という命を下されたがそのために。…
がしかし、
私はすでに、「神殿再建」の要点について、明かしてしまった。
すなわち、「可視のものよりも、不可視のものこそ」という、当たり前すぎるほど当たり前なひと言をもって、この文章の目的についても、すでに述べてしまった。
だから、この私や、かつてのネヘミヤやエズラやのように、不可視の”霊”たる信仰を与えられた者であれば、これから私が語ろうとする話についても、すでにピンと来たはずである。
すなわち、
私はこれから書かんとする文章をば、ともすれば、私とわたしの神が憎んでやまない、いかなる「聖書解説」的な駄文冗文の類にするつもりはいっさいない。
そんな神と人に対する犯罪に日々手を染めて、日ごとの糧を稼いでいるような手合いどもの論調とは、まったく異なる論調をもって、最後までこの文章を書き終えなければならないと思っている。
そのようにして、
私自身いかにして自分の人生における不可視の基礎を据え直し、不可視の城門を補強し、自分の身をもって永遠に生きる”霊”のための不可視の神殿の再建に成功したのかを――
そのような神殿をば、わたしの神イエス・キリストと父なる神に向かって、どのように「奉献」しようというのかを――
ここにたしかに書き表そうというのである。
それゆえに、
あらかじめはっきりと言っておく、
私がすでに書いて来た、他の文章についても言えることであるが、このように明確な信仰をもって書かれた文章が、古今東西において、ほかにいくつあるのか、
また、
このように永遠に生きる”霊”にたしかに感じて、その”霊”がかつて存在し、今この瞬間にも存在し、ただ存在するばかりでなく、取るに足らないような人間に対しても生き生きと働きかけ、その者の「命の源たる心」の中に、永遠の神殿を再建させた事実を証しようとする文章など、いったい誰が書いたのか、
また
そのような事業を「やれ」と言われた人間が、過去にではなく、今現在のこの地上において、はたして何人いるのか――と。
いつもいつも、言っていることだが、語りかけているのは「人」ではなく、「神」である。
が、同時に、「人」にでもある――ごくごく少数の、特定の、限られた「人」にむかって。
たとえば、
私は『わたしは主である』という文章を、かつてのモーセではなく、今のモーセに向かってこそ、書いて来た。
『聖なる神、熱情の神』は、当世のヨシュアのために、
『ギブオンの夢枕』は、この時代の若きソロモンに向けて、
『わたしの神、わたしたちの神』は、いまを生きるヨシヤと出会いたいという願いを込めて、
そのように、ほかならなこの私が生きてきた「信仰生活」の一端として、書き綴ったのであった。
それゆえに、
この『神殿再建』という文章にしても、かつてのネヘミヤやエズラや、ハガイやマラキやといった者たちのためにではなく、
いま、己の心という不可視の神殿を、「再建せよ」という”声”を聞いている人間のために、書こうとするのである。
それによって、イエス・キリストの知恵と力と、父なる神の御心によって、ついに己の神殿を再建しえたごくごく少数の、特定の、限られた人々とともに、
「今日は、わたしたちの神にささげられた聖なる日だ」
と叫びあげて、共にわたしたちの神イエス・キリストを喜び祝うことができるように。
つづく・・・