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小説「バスター・ユニオン」
第一話 獣人の扱い Ⅲ
俺の家は一人暮らしに丁度いい畳4畳分の広さで、床の上には布団と30インチのテレビに少し大きく脚が短い机しかないぼろ安アパートだ。
「へぇ、いいお部屋じゃない」
「お、さすが土の上で育ってる獣だな。見る目がある」
「気安く話しかけないで」
「……えぇ」
恐らく歳は離れているのに感謝をしないこの言いようは理不尽すぎる。
そんな彼女は何故か冷蔵庫を勝手に漁り、パックされている生肉を焼いて食べ始める。
(そういえば、お爺ちゃんはよく『獣人はプライドが高いぞー』って言ってけ……)
獣人とは常に人間の様に高い知能を持っているが、人間の強さは個ではなく集まった時に強くなる。だから集団で固まる人間は獣人から見ると弱いと思われる。
だからお爺ちゃんの教えから察するに、人間は獣人を捕まえて、住民が一人で外を出る時に殺される危険がないようにしたと俺は考えている。
(ただ、アイツはそんなことはなかったけど)
だが、そう。彼女は獣人だが襲う気もなく、むしろ蔑ろ(ないがしろ)にしている。
最初に関しては警戒をするほど怖かったが、今はただの一人の人間みたいな奴である。
「あら、この肉上手いわ」
……前言撤回。フライパンで焼いたのをそのまま手で食うなんてやはり獣だ。
まぁそんな一悶着がありながらも、俺は獣人の彼女に話がしたいと言われて、敵がいない事を確認するとようやく落ち着いて話すことになった。俺は溜息を漏らし彼女と面と向き合って対談する。
「で、お前の名前は?」
「いぬい。乾 紫苑」
「乾 紫音か。随分可愛い名前だな」
「でしょ?私は可愛いからね」
「あっ……そう」
彼女は自分の名前が相当気に入っているようで、恥ずかしげもなく自分の容姿と名前が似合っていると誇らしげになって胸を張る。
「で、君の名前は?」
そして、獣人である彼女は名前を言ったんだからそっちも言いなさいと俺が口を開く前に顔を近づける。しかし、俺は戸惑いながら自分の名前を口に出すとこう言った。
「……元信」
「元信?苗字は?」
「……ごめん。俺、苗字が思い出せないんだ」
俺は暗めのトーンで彼女に申し訳なさそうに告白する。
そう。若干暗い話なのだが俺は子供の頃に母が亡くなって父親に追い出されたので、様々な場所へ旅をしてきた。
そして、大人になるまで家事やアルバイトなどの経験を積み重ねた。おかげで、一人暮らしには苦労はしていない。
そもそも親離れして一人で過ごす時間の方が長期的で、幼い子供の頃の記憶はほとんど覚えていない。断片的にならお爺ちゃんの話は思い出せるが、親元の話は家に追い出された時の記憶しかないのだ。
「そうなの…ごめんなさい」
その暗い話を聞いた紫苑はしゅんとして肩を下げる。また同時に、そんな悲しそうな反応を見た俺は宥めようと必死になる。
「いや、いいんだ。俺もお前を少し勘違いしたし」
「え?そうなの?」
「ああ。ほら、お互い様だろ」
そう言い聞かせた彼女に対して俺は暗い話題は止めるという提案を持ち掛ける。
すると彼女もそうね。と言い、気持ちが晴れたようにクスッと笑う。
そして、何事もなかったと割り切り、二人で別の話題について考え、俺が思い出したかのようにある出来事について問いかける。
「そういえば、あの追手は何者なんだ?」
「あっそうだわ」
すると、彼女は思い出したかのように手を叩き、ある逃走劇について語ると言い始める。
しかし単に気になったように聞いていた話が、物語の序章となる重要な話であるとこの時の俺は知る由もなかった。
彼女の住宅は現代社会では珍しい隠れ家で、両親の給料は低賃金である。
けれども私たちは嘆くことをせずに貧しい生活であっても何とか笑顔を絶やさず楽しく暮らしていた。
「お母さん、買ってきたよ」
「ありがとうね」
今日は私が料理担当であり、すでに献立は頭の中に入っている。
「紫苑。晩御飯は何を作るのかしら?」
「豆腐ハンバーグだよ。今日は挽肉が安かったし、たまには贅沢な肉料理を雰囲気を感じてでも食べようと思ってさ」
「いいわね。楽しみだわ」
獣人たちは人間より贅沢ができない。だからこそ、常に知恵を絞って家事や生活で使う費用を減らす努力をしている。仮にもし贅沢なんてすればすぐに家族が破綻する上、人間から盗みやカツアゲで商品に手を出す生活になる。だから、生きるのに必死になる彼女らは仕事も普段の生活も全ての家計を計算して何とか保っていた。
「じゃあ私は紫音が料理している間に勉強をしようかしら」
また、これは私たち家族だけの隠し事だが、彼女の母親は獣人達が通う学校を作るために勉強している。獣人の言語はこの地球で生きているため、別の惑星にいた住民は母国の言語しか話せない。
私たちは何とかお金を稼いで、中古本を買ったりするので外国語を取得している。ただ、お金をドブに捨てて家庭が荒れている獣人もいるので、子供に言語能力が身に付いていない。
そのため、このような恵まれない家族もいる真実が私たち獣人社会で大きな問題になるのは間違いない。
「お母さんなら学校の先生になれるよ」
「フフ。ありがとう」
そのため彼女の母親はその問題を解決するべく必死に慣れない日本語の参考本を買って学校設立や資金運営、備品の発注などを学ぶと同時に、小学校レベルの全科目を勉強しているのだ。
「ほら気分転換に豆腐ハンバーグ食べて」
「あら、もうできたの?」
そんなこんなで彼女が晩御飯を振舞って二人でいただきますと言うと、噛み締めるように料理の味を楽しむ。本当はハンバーグを食べたいが豆腐ハンバーグでも美味しいと感じるのもこの生活に適応できた結果なのだろう。
「やっぱり紫音といる生活は楽しいわ」
「そうだね。私もそう思うよ」
獣人の人生は人間より長い。だから乾家の教訓は人間と仲良くできる生活にするという目標を掲げていた。他の獣人はそんな生活を想像できないと嫌悪する。
過去の獣人が起こした地球侵略は人間にとって忘れてはならない歴史として刻まれている。それを両者に徳を与える理想像を実現させるのは不可能だと周りは思っている。
ただこれは、過去の獣人がしたことで現代に生きる獣人はその地球人の恨みをよく理解している。そのため、彼女らはいつか手を取り合う社会を完成させられると僅かでも信じているのだ。
「いつかそんな社会を二人で作りたいね」
そんな無理難題でも頑張ってみようと彼女とその母親は笑顔で努力し続けた私たちは、そんな理想の暮らしを苦しくも心が折れずに頑張った。だがそれはほんの一時。家族の生活を揺るがすぶち壊すある事件が起きてしまったのだ。