あなたと共に見た、あの最後の月は。 ※Fate/Samurai Remnant感想 ネタバレ有
終わった。終わってしまった……とSwitchのコントローラーを握りしめながら呆然とする午前3時。ちなみに翌日は普通に仕事なので二重の意味で終わってますが、まったく悔いはない。それくらいに素晴らしいゲーム体験をさせてもらえた。
Fate/Samurai Remnant、通称サムレム(で、あってるだろうか)。以下は、公式サイトのトップにも掲載されている惹句。
――きみの願いを、斬り捨てる。
これは江戸を駆ける、聖杯戦争。
ああ~~~面白かったけど、この気持ちを一人では抱えきれねえ!! という思考整理と吐き出し感想記事です。
Fateシリーズ内での位置付けと概要
スマホゲームの『Fate/Grand Order』、通称FGOのタイトルを耳にしたことがある方も多いと思います。ゲームブランドTYPE-MOONによる『Fate/stay night』をはじめとした一連のシリーズ、派生作品。その『Fate』シリーズに連なる最新作がサムレムです。
7人の魔術師(マスター)が、7騎の使い魔(サーヴァント)と契約し、「なんでも願いを叶えてくれる」聖杯を巡る争い、『聖杯戦争』に臨む。ただし、聖杯を手に入れられるのは一組だけ、というバトルロイヤル形式。
召喚されるサーヴァントたちは、全員が歴史・伝説上に名を残す英雄(※一部例外有り)。この設定聞くだけで派手なドンパチと巨大感情の殴り合いが予想できる。ありがてえ。
サムレムは、慶安四年の江戸が舞台。
日本史とってた癖にすっかり頭から抜けてて最初ピンとこなかったんですが、徳川家綱の時代ですね。時代劇なんかでも馴染みのある、平和で活気に満ち溢れたあの雰囲気。戦乱の世は遠く過去へと遠ざかりつつあり、巷には職にあぶれた浪人たちが溢れる、そんな時代です。
浅草の質素な長屋街に住む青年、『宮本伊織』もそんな浪人のうちの一人。
とある月が美しい夜、彼が自分のサーヴァントである『セイバー』と出会ったところから、物語が動き始めます。
聖杯戦争が『盈月の儀』って名前になっていたり、細々と通常の聖杯戦争と違う箇所はありますが、説明が丁寧なので置いていかれる心配はなし。むしろFateシリーズにはじめて触れる、っていう人にもお勧めができるくらいに、世界観導入が丁寧で親切な印象でした。
ゲームシステムについて
戦闘と探索を繰り返しつつ進めるアクションRPG。
無双シリーズなんかと同じ戦闘形式、ということだけうっすら知ってたんですが、実は購入前に一番悩んだ点がここでした。壊滅的にアクションゲーム下手芸人なので。ただこの辺りは難易度設定が選べるおかげで、ほぼ問題なく進行できました。おにぎり様ありがとう。※回復アイテム
敵によってはひたすら斬り合っても埒が明かないのでちょっと頭を使ったり、タイミングをはかったりする必要があり、そこがまた世界観に合っていて面白かったです。このゲーム、人間である伊織とサーヴァントであるセイバーの操作を切り替えて遊べるんですが、その「強さの設定」が絶妙。
基本的にサーヴァントは、めちゃめちゃに強大な力を持っていて、生身の人間には太刀打ちできません。伊織もそこそこ序盤から強いため、たとえば街のごろつきなんかとは問題なく戦えます。でも、それはあくまで対人間の話。なので、うっかり敵サーヴァントと戦う羽目になると、最初はもうとにかく生き残るだけで精一杯になります。
それでも、ゲーム内で経験を重ねていくと、少しずつですが着実に伊織も強くなる。基本的に周回前提のゲームなので、2周目以降になるとサーヴァントともほぼ対等に渡り合えるようになってきます。この「強くなった実感」がプレイヤーにとっても爽快で、だからこそつい思ってしまうんですよね。『もっと強い相手と戦いてえ』。ナチュラルに思考が蛮族。
そして後述しますが、このプレイヤー側の心情変化が、主人公の宮本伊織というキャラの内面を紐解く上で重要な要素になってきます。
各陣営・キャラクターの感想
・ちまちました文章よりもまずは公式の動画を見た方がいろいろ伝わるかもしれない。
・真名までネタバレ有
○セイバー陣営
マスターである宮本伊織と、サーヴァント・セイバーの主人公ペア。この2人については語りたいことがありすぎて長くなるので、核心部分は後述します。とりあえず言いたいのは、かわいい。永遠に見ていられる。幸せになれ。
伊織の妹であるカヤちゃんも含めて、本当に愛おしさがすごい。おじいちゃん口調でしゃべる魔術書、紅玉の書もいい味を出してる。
○アーチャー陣営
亡国の将帥・鄭成功と、アーチャー=周瑜のペア。
大きいスパダリと小さいスパダリ。なぜかここの陣営、実家のような味がするんだよな...…。
わりと序盤で主人公たちと共闘の約束をしてくれることからわかるように、各陣営の中ではダントツに友好的。もちろん、単純な「善意の約束」かと言われるとそうでないことは個別ストーリーを掘り下げるとわかるんだけど、それでもやっぱり圧倒的に『光』を感じる2人で、見ていてとても清々しかった。
鄭は明の海商であった父と、日本の武家の娘の間に生まれた混血児であり、明の皇帝に重用され登り詰めた人。清に滅ぼされようとしている明を救う力を求めて盈月の儀に参加した、という経緯があり、ここへ至るまでにすでにかなりの血を流している。そんな鄭にたいして、アーチャーがかけた「いつの世も玉座は赤色に彩られている。勝ち取るには、誰かが手を汚さねばならない」って台詞が胸にきます。
鄭がいろいろと突っ走ってしまったことを謝った時、「今後も思う存分、私を振り回すといいさ」と笑顔で答えるアーチャーが大好き。
どのルートを歩んでも、鄭にはこの先つらく険しい未来が待っているんだけど、アーチャーという『友』を持った記憶が少しでも救いになっていたらいいなと願わずにいられない。
○ランサー陣営
島原の残党・志々雄真実地右衛門と、ランサー=ジャンヌ・ダルクのペア。2人ともかなりダウナーな雰囲気、かつ序盤からわかりやすく主人公たちと対立する立ち位置のせいで、最初はもっと『血も涙もない極悪人』的な感じかと思っていたんですが、ラストまでいくとかなり印象が変わった。いや、カヤちゃん拐ったりやってること自体は悪いんですけど。地右衛門の抱く願いだったり、ジャンヌの寄り添い方に、なんとも切ない哀しみや愛情があって、私はけっこう好きです。『怨讐の焔』エンドで回収される、地右衛門の人物紹介にそもそも彼の目的がなんだったかがサラリと書かれているんですが、読んだ瞬間に泣いてしまった。
アーチャー陣営もそうだけど、マスターとサーヴァントが引き合うべくして引き合った組み合わせ。
○ライダー陣営
清廉なる軍学者・由井正雪とライダー=源頼光のペア。
ゲームの序盤も序盤で伊織を襲撃してくるため、重要な立ち位置なんだろうなってことは察していたんですが、五章の展開でなるほどねー!? となりました。OP映像のお嬢さんは誰だろうとずっと思っていたんですが、丑御前……。
Fate作品にはいろいろ触れてきているはずなのに、なぜか最初からずっと正雪を線の細い男性だと思い込んでいて、吉原で武蔵ちゃんに言われるまで気づきませんでした。いやあ、なるほどかわいいわけだ。
西洋魔術に触れた森宗意軒により作られた人造生命『ホムンクルス』であり、誰よりも無垢であったが故に、人の世のあやまちやいびつさを正そうとした正雪。彼女に召喚されたのが、「人の世を正すためにすべてを破壊し尽くす」頼光であったことが、なんとも皮肉であり、しかし納得もできてしまう気がしました。光も闇も、純粋さを極めればひどく近い場所にある。
後述する書文先生が、正雪のことを「幼子」と形容していたのが印象的。幸せになってほしい。
○キャスター陣営
儀の見届け人・土御門泰広とキャスター=稗田阿礼のペア。
本来は盈月の儀の主催者であり、滞りなく儀が行われるように取り計らう見届け人の立場でありながら、実はマスターの一人として参戦もしていた、というパターン。伊織とセイバーの初対面シーンもそうなんですが、初代『Fate』を彷彿とさせる演出があちこちに入っているのも個人的には嬉しいポイント。
土御門家はかの安倍晴明の裔で、陰陽頭として政治の場でも力を持っていたが、泰広の父の代で失脚してしまう。一族の再興を願い、盈月そのものを作り上げたのが泰広です。何がすごいって、いろいろと欠陥はあるものの、この時代にはないはずの盈月=聖杯を作ってしまったのが規格外。術者として優秀すぎる。
物語の展開上、あっけなく退場してしまうことが多いのですが、彼がいったいどんな人物だったかが、弟である隆俊の口から語られる個別エピソードがとても好きです。
サーヴァントである稗田阿礼については、正体が明かされるのがだいぶラストなこともあり、あまり人となりがわかっていない。とりあえずもうちょっと君と仲良くなりたいから、いつかFGOに実装されてください。
○アサシン陣営
異国の魔術師・ドロテア・コイエットとアサシン=甲賀三郎のペア。個人的に、サムレムの女性陣の中だとダントツでドロテア嬢が好きです。結婚してほしい。
スウェーデン貴族の娘であり、魔術師たちの集まる最高峰の学舎・時計塔に所属するドロテア。Fate世界における魔術師は、神秘の探究のためであれば他の何をも犠牲にして構わない価値観が基本なので、盈月の儀のような「殺し合い」にもためらいがありません。けれどその一方で、ドロテアは貴族としての矜持も持っていて、とあるルートでは「人々の上に立つ貴族として、無辜の民の命を奪ってはならない」と一人サーヴァントに挑んで、己の命を犠牲に勝利するんです。かっこよすぎない?? 惚れる以外の選択肢がない。
ちなみに上記で戦った相手は、己のサーヴァントであるアサシンです。しかしこれ、ドロテアが憎くて戦ったわけではなく、神様に連なる英霊による『お前の器を試してやろう』という動機が大きそうな辺りがまた頭を抱えます。人間には理解できない愛情表現。街歩きの際、高い崖を上るときは、アサシンがドロテアをお姫様だっこするモーションが見られるので、要はそういうことです(たぶん)。
○バーサーカー陣営
吉原の花・高尾太夫とバーサーカー=宮本武蔵のペア。
伊織の今は亡き師匠にして、二天一流の創始者である宮本武蔵...…ただし伊織たちの世界では、史実通り男性でした。この武蔵ちゃんは、「宮本武蔵が女だった」世界からきているため、性別も年齢も違っています。それでも一目で『師匠』だと見抜いた宮本伊織、あまりに頭が柔らかすぎる。
苦界で生きる者たちを救おうと儀に参加する高尾太夫と、その願いを叶えるために戦う武蔵ちゃんの組み合わせは、これもまた応援したくなります。別れ際、別の並行世界に漂流していかなければいけない武蔵ちゃんのために太夫が三画の令呪を使いきるところ、嫌いなオタクはいないと思う。
最後の武蔵ちゃんとの一騎討ちがなかなか勝てなくて苦戦したんですが、伊織が持っていた隠し球に全部持っていかれてその前の苦労を全部忘れました。佐々木小次郎と言えば確かに燕返しだけど、二刀流でそれをやるのはもはや人間技ではない。
武蔵ちゃんの「それって師匠の二股じゃーん」と、「善き戦いでした」という台詞が好きです。この別れのシーンの美しさは、本当に心に残った。
その他の人々と、江戸の町並みについて
○逸れのサーヴァント
基本的に聖杯戦争は7人7騎の戦いですが、今回の盈月の儀はイレギュラーが多く、それ以外にも「マスターを持たない、8騎のサーヴァント」が存在します。この逸れのサーヴァントたちとも特定条件下では一緒に戦うことができ、それがまた胸熱でした。
メンバーは木曽義仲、アルジュナ、クー・フーリン、タマモアリア、キルケー、李書文、サムソン、そして若旦那。
最後の若旦那ってなんだよと思いましたでしょ? 奇遇ですねわたしもです。
「クハハハハ」と高笑いするこの縮緬問屋の若旦那、実は個別エンドまであるんです。見ると元気になれるので、私は今後の人生で何かつらいことがあったら、このエンディングを思い出して心の中で印籠を出そうと決めました。
○小笠原カヤ
宮本伊織の義妹。養父であった宮本武蔵の死後、武家である小笠原家へ養女として引き取られた過去を持ちます。
放っておくと剣の稽古ばかりで食事もとらない兄・伊織を案じ、足しげく長屋に通っては世話を焼いてくれる優しい娘。カヤの帯飾りと、伊織が刀につけてるものの意匠がお揃いで、これが画面に映るだけで2人の関係性と仲の良さが感じられるのですが、この飾りがとあるルートでユーザーの心を深く抉ることになるので本当に...…演出力が素晴らしすぎるんだよな。
宮本伊織の「日常」の象徴であり、彼を「人」の側に繋ぎ止めていた存在。すべてのエンディングを見終えたあと、オープニング映像のラストで2本の刀を抱えて歩くカヤの背中に切なくなります。
○江戸の町並みについて
魅力的なキャラクターたちはもちろん、サムレムの世界観を印象的に彩っているのが江戸の町のいきいきとした描写。序盤の頃、セイバーが江戸観光にテンションが上がってすぐどこに行っちゃうんですが、その気持ちがわかります。江戸東京博物館が大好きでたまにフラッといくんですが、現在休館中(~2025年予定)なので、江戸成分(?)を補給したい時にもお勧め。ひたすら犬猫を撫でながらブラブラするだけで癒される。
○宮本伊織という『侍』と、その友について
伊織の「生まれる時代を間違えた」ってそういうことか!!! と綺麗に騙された。礼儀正しく、理解が早く、妹を大切にしていて、殺し合いの中でも『正しい人の道』を常に選べる。優しすぎて剣士には向いてない、ってことなのかと思い込んでいたので、二週目で少しずつその片鱗が出てきた時に、本気でゾクッとした。ああ、そこまで綺麗に全部覆い隠して今まで生きてきたんだなと思って。
逆にセイバー=ヤマトタケル、というのは割と序盤で予想がついたんですが、これは日本神話に対する造詣が浅すぎて出せる候補が少なかったせいかもしれない。
宮本伊織の『本質』――友情や愛情も人並みに感じるけれど、そういった感情よりも「剣の道を極める」という至上命令がまずあって、そこを変えることができない、というのは、一度理解してしまうと納得がいった。
ゲーム冒頭、お爺さんが旅の男へ「かつて菩薩峠で起きた、山賊・彌五郎一味による虐殺と、そこから唯一生き残った子供」の話をするんですが、この話のラストの表現がずっと引っ掛かってたんですよね。彌五郎一味は、何者かの手によって殺され、皆この世からいなくなってしまった。しかし、生き残ったはずの子供=伊織の死体だけが見つからなかった。
「死んではいないが、生きてもいない」
「彌五郎たちと一緒に、その子供も、この世からいなくなっちまったのさ」
単なる消息不明ではなく、「この世からいなくなった」という表現。この時、山賊たち八十四人をことごとく斬り捨てた、何者かの剣。それを美しいと思い、それを超えたいと願ったその日に、伊織は人のくくりから外れてしまった。剣の鬼になってしまった、ということなのかなと。
ただ、伊織は快楽殺人者ではないし、カヤの存在もある。だからもし盈月の儀に巻き込まれなければ、自分の一番の望みは心の奥に仕舞ったまま、「死んではいないが生きてもいない」状態で生涯を過ごした可能性もあるという暗示かなとここまで考えて泣きそうになってきました。人生が八方塞がりすぎる。
いっそのこと、これが戦乱の世であったなら、剣を振るい身を立てることができた。逆にもっと後の世であれば、そもそも剣に触れることもないわけだから、剣の鬼として目覚めることもなかった。時代、時代なあ...…(ため息)
逆にセイバーの方は、望んで剣をとったわけではない。そうできるのなら、ずっと平和のなかで、凪の日常を慈しんで生きていたい人だった。この辺りは、セイバーが江戸の日常風景に目を輝かせたり、終盤の方で伊織やカヤと過ごす何気ない時間に涙をこぼすところからもわかる。
望まない剣の才能と、それを振るう環境があったセイバー。
剣の道を極めたいのに、その未来を閉ざされた伊織。
この2人を主従にした盈月の器、だいぶ性格が悪くありません?????(別に盈月のせいではない) でもあまりに綺麗な対比なので、お互いがお互いのことを補い合える理由もよくわかってしまう。
伊織とセイバーの会話、すっごくかわいいんですよ。最初こそセイバーがツンとしてますが、江戸の街を目にしてからはもう本当に無邪気で。時に保護者と子供のようであり、兄弟のようであり、気のおけない友達同士のようであり、たぶん出会った人が十中八九「いい子たちだな」「ずっとこんなふうに仲良くしてほしいもんだ」って思ってしまうくらい。それは当然、プレイヤー側も例外ではなく。だからこそ、余計にどうしていいかわからなくなる。
サムレムはエンディングが大きく3種類あって、それぞれ『怨讐の焔』、『一条の光』、『可惜夜に希う』という名前がついています。私は最初、『一条の光』エンドに行き着きました。ネタバレを警戒して一切攻略サイトを見なかったので、この時点ではそもそもマルチエンディングだということすら知りません。いやあ、この順番もまた心を抉る原因だったな(遠い目)
『一条の光』では、アーチャーを失って一度は盈月の儀を脱落した鄭成功が、同じくマスターを失って脱落しかけていたキャスターと再契約し、最後の敵として立ちはだかります。ここでは正雪が味方となり、激戦の末に盈月の器を壊すことに。
説明の順番が前後しましたが、「万能の願望機」であるはずの盈月=聖杯は、不完全な儀式が原因で「穢れ」を溜め込んでしまい、願いを叶えるどころか江戸の町に破滅をもたらす災いと化しています。なので壊してしまうしかない。
一度は同盟を組んだ鄭と戦うのは、彼の願いが超常の力にすがらないと実現できそうもないことを知っているだけにつらい。つらいですが、このエンドはたぶん3つの中で一番爽やかです。その名の通り、敗者の側にも「光」が降り注ぎ、ままならない人の世に絶望していた正雪もまた、江戸を守って戦った伊織とセイバーに「光」を見いだします。まあ、その光は幻想だったと二週目で気づくんですけど。
二週目は、『可惜夜に希う』。はい、はっきり言って順番を間違えました。一周目との温度差で心臓が止まりそうだった。
ちなみにこの分岐は選択肢によるもので、よほどへそ曲がりなことをしない限りは普通に理想的な順番になる親切設計です。わたしが好奇心に負けたのが悪い。
他のすべての陣営を退け、あとは盈月の器を壊すのみ。けれどそこで、伊織は選択し、宣言します。
盈月の器は壊さず、災いとして永遠に残す。そうすれば、この先も盈月に惹かれた強者たちが集まり、剣を振るうことができるから。
「だからセイバー。俺はやはり、優しい人ではないんだよ」という台詞に始まる伊織の一連の吐露には、本当に胸が痛くなる。「そういうもの」として生まれつき、欲するところはただ剣の道を極めることだけ。なぜ穏やかに、人の道を守って生きるのかといえば、それが相手を理解することに繋がるから。理解すれば、斬れるから。すべては自分が勝つためのこと。
けれどセイバーは、驚く様子も見せずにその告白を受け入れます。伊織の本質に、もうとっくに気づいていたからです。ここ、本当にすさまじい展開で震え上がりました。当然、セイバーは善を成すために伊織の願いを止めようとします。文字通り、相手の願いを「斬り捨てる」ために互いに剣を交えるのです。
プレイヤー側は今までと変わらず伊織を操作するんですが、こんなに情緒がめちゃくちゃになりながらRPGやることがあるか? ってくらいにしんどかった。だって、セイバーのことが好きなんですもん。でも負けられない。退けない。しまいには、「ずっとこのまま剣を交えてられたらいいのに」という気持ちにすらなりました。
最後、伊織はセイバーから予想外な一撃を食らって敗北します。伊織が相手を「斬るために観察」し続けたように、セイバーもずっと伊織のことを考え続けていたから。「勝つために、相手の気持ちを考えた」というセイバーの台詞にこもった意味を考えるとまた泣けます。
血溜まりの上に仰向けに倒れ伏す伊織。
その隣に、淡く微笑んだセイバーが横たわり、一緒に空の月を見上げます。
もうずっと昔に、剣の道は潰えたことを伊織自身が知っていた。だからもうこの先は、死んだように生きるだけのはずだった。それでも、あの運命の夜にセイバーと出会い、この上ない最期を迎えられた。
「剣であっても、これ以上はない……友に、恵まれることがあるじゃないか」
この満足げな言葉と微笑みで、きっと宮本伊織にとってのトゥルーエンドは『これ』なんだろうなと感じました。剣への渇きに苦しむことなく、最高の友と戦って、そして看取ってもらえた。
最後にセイバーは、盈月の器を壊して姿を消します。マスターが死ねば、そもそもサーヴァントも現世にはいられない。江戸の町は守られ、そして翌朝にカヤはたった一人の兄の骸を見つけるのです。
しばらく余韻で放心したあと、もう一ルート残っていることに気づきました。選ばなかった方の選択肢があるので。
どうしよう、ここで終わらせた方がいいんじゃないか。このルートを上回る衝撃を受けたら、メンタルが無事でいられないのでは? そう思いながらも、やっぱりあの2人の行く末は全部見届けたくて、『怨讐の焔』ルートへ行きました。結果的に、ものすごく心が救われた。
このエンディングでは、ランサー陣営が最後の敵です。カヤと盈月の器を取り込んだ地右衛門が、巨大な怪異となって伊織とセイバーを襲います。
死力を尽くした戦いの末に、伊織はセイバーに向かって「盈月(ねがい)を壊して(くだいて)くれ……タケル」と頼む。それにたいしてセイバーは、「ありがとう」と微笑み宝具を振るいます。
ここ、一見するとちょっと不思議なやり取りじゃないですか? 「盈月の器を壊す」という目的が同じ以上、セイバーが言うのは「ああ」や「わかった」という相槌でもいいはず。それでもセイバーがお礼を言うのは、伊織の本当の願い(盈月の器を残して、剣の道を極めたい)を知っているから。
伊織がその自分の願いごと、盈月を壊してほしいと願ってくれた(=タケルの願いの方を優先してくれた)から、だと私は思いました。もちろん、地右衛門に取り込まれていたカヤの存在も伊織を後押ししたでしょう。最後、伊織は剣の渇きは癒えぬままに、泰平の世へと帰っていきます。
さきほど『一条の光』で、正雪が見た光は幻想だったと書きました。実際、正雪自身も二週目以降にこのルートを通ると、伊織に見た光は自分が思っていたようなものではなかった、と気づき落胆します。でも、伊織には自分の願いを手放して生きる選択もできた。それは紛れもなくひとつの優しさだという気がして、やっぱり捨てきれなかったじゃん、と思ってしまうのです。そういうところだよ、宮本伊織、と。
ああ、面白かったー! という爽快感もありつつ、じんわりとずっと心に残り続けるような痛みや苦しさもあって、個人的にはすごく大好きなゲームになりました。たぶんこの先、何度も何度もプレイし直しては、あのお月さまの美しさに思いを馳せると思います。