水の音

昔書いたエッセイ的なもの。供養。


  私は水の音が好きな子どもだった。例えばお風呂。お湯の中に耳まで浸かって、手をチャプチャプと浴槽から出し入れする。すると水の中でだけ聞こえる重たいような音がするのだ。その音が好きで小さな頃は親にそろそろ出なさいと言われるまで、何時間でもお風呂に入っていた。何時間もただただ水の中にしか存在しない音を聞いていた。
  私はもう大人になってしまったので、何時間もお風呂に入ることはない(時間的な余裕がないのは勿論だしひとつの事に熱中できるような集中力を私は成長過程で失っていた)。代わりに寝る前に「環境音」を聞くようになった。環境音とはASMRの一種で、「ASMRとは、人が聴覚や視覚への刺激によって感じる、心地良い、脳がゾワゾワするといった反応・感覚をもたらす」もののことである。私はそのASMRの中でも自然の音をメインにした環境音が好きだった。波の音、深海の音、川のせせらぎに雨の音。ここでも私が惹かれるのはやっぱり水の音で、気に入ったものは飽きることなく何度も何度も聞いている。
  私がどうしてこんなにも水の音に惹かれるのか自分でもわからない。羊水に包まれていた胎児だった頃の潜在的な記憶があり、そのせいでこんなにも水の音に安心感を覚えるのだろうか。それとも人間としての本能で水に対する親しみのようなものが備わっているのか。はたまたあくまで私個人の好みだろうか。理由はわからないが今日も水の音は変わらずに響いているし、地球が滅亡するその時までどこかで鳴っているのだろう。
私は水の音が好きな大人になった。

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