【あめの物語 出逢い編 3】
美香の行きつけの店で、佐井はバーテンダーの詩織にあめと名乗る人物に会って話を聞きたいと言い、その理由を話していた。
ジントニックで喉を潤してから、佐井は話を続ける。
「そこで『誰に聞く?』ということになり『私の行き付けのお店に、常連と思われる和服の女性がいる』と、この古林が言いだしました。しかしいきなり本人に聞くという訳にもいかないだろうと思い、まずはお店の方に少しお話を聞いてからと、今日お邪魔したという次第です」
「なるほどね。でも、なぜあめさんに?」
「はい、例えば『お茶の先生』のような、さもそういうお人よりは『普通に和服を愛用されている方のお話の方が面白いのではないか』という結論からです。もちろんその方にもご都合がおありでしょうから、ここはワンクッション入れたほうがいいだろうと思い、まずは詩織さんあなたのお力をお借りできれば…… という訳なのです」
「そういうことでしたか。ただ、私はあの方とはそれほど親しい訳ではないのです。いつもお一人でお飲みになっていて、あまりお話しもされません。正直よくわからない人なのです」
詩織は当たり障りのない情報だけ佐井に話し、はっきりとした返事を渋っていた。そんな詩織の警戒心を解くように佐井は言った。
「大丈夫です。『どうしてもその方に』ということではなく『できれば……』という程度でお願いします。ダメ元でこちらも考えていますから、ちょっとお声がけ程度でけっこうです」
「そう言われると、気持ちは楽になりますけど…… ダメだったときを考えると、責任感じますよ」
「あはは、大丈夫ですって、そんな責任なんて考えないでください。真面目な方なんですね、詩織さんは」
「わかりました。では、おっしゃる通り『軽くお声がけ』って感じでやってみます。ご名刺お預かりさせて頂いてよろしいですか?」
「では、よろしくお願いします。ほら、古林お前もだよ」
「え、私も?」
「おいおい、担当はお前だぞ」
「ハーイ。それじゃ詩織さん、よろしくお願いします」
「はい、お預かりします。それじゃお話はここまででよろしいですね」
「えぇ、そういうことでお願いします。さてと、では少し飲むとしようか」
なんとか詩織の協力を取り付け、ホッとした佐井はおしぼりで手を拭きながら言った。
「何をお作りしますか?」
「えぇと、スコッチのお薦めがあればロックでお願いします」
「そうですね…… こちらはどうでしょう? タリスカーの10年です」
「いいですね、お願いします」
「タリスカーって?」
やっと話に入れた美香の問いに、詩織はやさしく答える。
「スコットランド、スカイ島のウイスキーなのよ。海潮の力強い芳香で、男性の方にお薦めのシングルモルトなのよ」
「さすがですね、よくお勉強なされている」
「ありがとうございます。佐井さんこそ、タリスカーに「いいですね」と即答された。スコッチにお詳しいとお察ししましたけど」
「あはは、私はただの受け売りですよ。知ったかぶりの中年おやじです」
「ご謙遜を」
「詩織さん本当ですって。佐井部長は社内では有名な雑学王なんですけど、広く浅くがモットーで、ぜんぜん薄っぺらなんですよ」
「おいこら、初対面の方にバラすんじゃない。これからに響くだろう」
「これからってなんですか?」
三杯目のカクテルグラスを空にした美香は、酔いが回ってきたように佐井に絡みだした。
「あらら、大丈夫? だいぶ飲まれてきたんですか?」
呂律が怪しくなってきた美香を心配して詩織が聞く。
「えぇ…… まぁ、社内でミーティングしていてもサッパリだったもんで、居酒屋に場所替えして…… という感じでしたからね」
「部長、飲んでますか?」
「こいつの本性は絡み酒か、この辺が潮時だな」そんな美香を見て佐井はそう思った。
「やれやれ、今夜はそろそろお開きとします」
「部長、まだまだ飲みますよ」
「わかった、わかった。さぁ帰るぞ、ほらちゃんとご挨拶して」
「詩織さん、ご馳走さまでした。よろしくお願いします」
席を立ち、詩織に敬礼して歩き出した美香だったが、足下はふらついていた。そんな美香を抱えるようにして佐井は言った。
「では、また寄らせて頂きます。ご馳走さまでした、よろしくお願いします」
「ありがとうございます、ぜひまたお越しください。次からは美香さんのご紹介ということにさせて頂きますので、お一人でも大丈夫です。お待ちしています」
「それはありがたい。また寄らせて頂きます」
詩織の、少し意味深な眼差しから視線を外して佐井は答えた。
美香をマンションに送り佐井が自分の部屋に戻ると、すでに日付は変わっていた。ソファーに横になり、佐井はタクシーの中での会話を思い出す。
「部屋まで送って……」
「こら、中年の男性を惑わすんじゃない。本当はそんなに酔ってないだろう」
「エヘヘ、ばれてたんだ。今日は部長さんその気なしですか?」
「今日はじゃない、いつもその気なしだ」
「ちぇ、私はその気十分なのにな~」
「何をバカなこと言ってる。明日も仕事なんだぞ、ちゃんと帰って寝なさい」
「あ、ここで停めてください。それじゃ部長ご馳走さまでした」
そう言うと、軽く唇を合わせて美香は車を降りた。
「やれやれ、行動力がありすぎるのも困ったもんだ。アイツを嫁にした男は苦労するぞ」
小悪魔の美香を思い出し、佐井は一人で苦笑した。
詩織から美香に連絡が入ったのは、店に行った二日後だった。
「あ、美香ちゃん、こんにちは。詩織です」
「詩織さん、こんにちは。この前はご馳走さまでした」
「この前、あれからどうだったの? 酔ったふりして、部長さん困らせたんでしょ」
「それがね…… ぜんぜんダメだったの。あっさりサヨナラ~ って感じでさ~ 酔ってないのもバレバレ、彼の方が上手だったわ」
「あはは、そうだったんだ。残念でしたね。それじゃ今度は私が挑戦してみるかな~」
「ダメよ、私の獲物なんだから。横取りしないでよ」
「はいはい、そういうことにしておきますね。ところで、この前のあめさんのことだったんだけどね」
「え、もうお話できたんですか?」
「そうなの、昨夜飲みに来たのよ。それで実は…… ってお話したら『私でよければお話お聞きしますよ』ですって」
「うわぁ~ ありがとうございます。とってもうれしい、これで吉田のバカを見返せるわ」
「吉田って?」
「あ、こっちのこと気にしないで。それで私はどうすればいいですか?」
「そうそうそこなんだけどね、なんだかちょっと忙しいみたいなの。それで急で悪いんだけど、『今日の夕方だったら』ってことなんだけど、美香ちゃんは大丈夫?」
「え、今日ですか? えぇっと……」
「デートなの?」
「違いますよ。私は大丈夫なんだけど、部長がね……」
「都合悪そう?」
「っていうか、いないんですよ、会議で本社に行ってます」
「あら残念。じゃどうしよう? 次にする」
「もうすぐお昼なんで、部長に連絡してみます。その後で詩織さんに連絡しますから、ちょっとだけお時間ください」
「了解。じゃあ連絡待ってますね」
「よろしくお願いします」
「ハイ、ハーイ。じゃ詳しくはその時にね」
そう言って、詩織との電話は終わった。美香は時計を見て十二時を五分程過ぎてから佐井に電話する。
「部長、お疲れ様です。古林です」
「あぁ、お疲れ様。どうした?」
「はい、さっき詩織さんから、この前のことで連絡入ったんです」
…続く…
Facebook公開日 3/29 2019
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