【 あめの物語 松島編 1】
仙台市営地下鉄南北線の最南端「富沢駅」を降りた私は、待ち合わせのコンビニにむかって歩いていた。
時間を見ると、まだ待ち合わせまで十五分以上もある。
「一服できるかな」と考えながら歩いていると、もう慈雨はコンビニで待っていた。
「早かったわね、まだ約束の時間まで十五分もあるわよ」
「思ったより早く着いたよ。この時間の地下鉄も快適なもんだな、車より確実に早く着く」
「あまり乗った事ないんでしょ、地下鉄に」
「そうだな、端から端まで乗ったのは初めてだよ」
「私もさっき着いたばっかりなのよ、今コーヒー買ってくるわね」
今日は松島までドライブする。
なに気なく、「ゆっくりドライブでもしてこないか? 一泊するつもりなら少し遠出もできるし」という私の提案に、「本当!」と慈雨は聞き直し、「ねぇ、それなら私の車で行こうよ」と言い出したのだった。
自分の車を持っていない私にとって、これはありがたい提案だった。
仕事柄、普段の足には会社の車を使う。帰りが遅くなれば、そのまま直帰もする。
休日に出掛ける時は、「ディーラーから試乗車を貸りる」という裏技も使えるので、車がないことにあまり不自由は感じていなかった。
だが、泊まりとなるとディーラーに迷惑をかけそうで、この裏技を使うことは躊躇してしまう。
「でも、あんまり遠くには行きたくないな…… そうだ! 松島なんかどう? あなた、ちゃんと観たことないでしょう」
言われて気づくのも間抜けな話だが、確かにちゃんと観たことはなかった。
そんなこんながあって、初めての一泊旅行の行先は「日本三景、松島」に決まったのだった。
タバコを一本取り出しながらそんなことを考えていると、コーヒーとお菓子が入った袋を持って慈雨が帰ってきた。
「はい」とホットコーヒーを私に渡した慈雨は、アイスコーヒを持っていた。
「ありがとう、これを飲んでから行くか」
「うん、そうしよう」
私はタバコに火を着けながら聞いた。
「これがおまえの車なのか?」
「そうよ、いいでしょ」
慈雨の車は、ホワイトカラーのキューブだった。女の子に人気のコンパクトカーで、なかなか乗り心地もいい。
特に室内の広さと乗り降りのしやすさは、慈雨のような和服姿の女性にはありがたいだろう。
ベンチシートも和服にむいている、いい選択だと思ったのでそのまま伝えた。
「ありがとう」と、慈雨はうれしそうに笑った。
「そろそろ行こうか、そのカップ捨ててくるよ」
私はコンビニのゴミ箱にカップを捨て、タバコの火を消して、シートベルトを締めようとする慈雨を見ていた。
雨雲が西の空を覆っている。予報は「これから雨になる」と言っている。「本降りにならなければいいのだが……」と考えていた。
私が車に乗ると、ラッピングされた小箱を慈雨がくれた。
「はい、プレゼント」
「え! なに?」
「昨日がお誕生日だったでしょ」
驚いた私が聞き直すと、慈雨は笑顔で言った。
そうだ、昨日は私の誕生日だった。忘れていた訳ではないが、こんな歳になると正直誕生日など意識していない。
「そうだったのか…… 絶対今日がいいと慈雨が言っていたのは、このためだったのか」
いつも私の都合に合わせていた慈雨が、今回の小旅行だけは今日を譲らなかった意味がわかった。
「ありがとう」
「開けて見て」
そのままプレゼントの小箱をカバンに入れようとする私に、慈雨が言った。中身はブランドの小銭入れだった。
「とてもうれしいよ、ありがとう」
私が答えると、慈雨はうれしそうに鼻歌交じりで車をスタートさせた。
意外なほど慈雨の運転はスムーズだった。初めて慈雨の運転する車に乗ったのに、まったく違和感を感じなかった。
無理をせず、流れに逆らわず、たんたんと慈雨は車を走らせている。女性特有のギクシャク感も感じなかった。
「こんな運転をする女性もいるんだな……」と感心していると、
「運転うまいでしょ」と慈雨が聞いてきた。
「あぁ、たいしたもんだよ。言葉は悪いが、上手すぎてビックリしているよ」
「エヘヘ、誉められた。うれしい」と慈雨は本当にうれしそうに笑った。
「きっとオレは、 慈雨のこんなところに惚れているんだな」と思った。
慈雨はうれしい時に本当にうれしそうな表情をし、「うれしい」と素直に言葉で表す。
天邪鬼のようにひねくれた性格の私には、こんな素直な表現力はない。そのことを慈雨に話すと「あなたは恥ずかしがり屋だもの」と言った。
「有料道路を行くの?」
「そうだな、ここからなら長町ICから有料にあがろう」
「だったら運転変わって。私、有料道路って怖いの」
「いいよ、オレが運転する。そこのコンビニで交代しよう」
運転を変わりシートの位置を合わせ、コラムシフトをDレンジに入れる。
「なんでも平気で運転するのね、そのギア使いづらくない?」
「いや、そんなことはない。コラムって慣れればとっても楽なのさ。昔のタクシーなんか、みんなコラムシフトだったくらいだからね」
「さすが業界人、いろんなこと知っているわね。そうだそれ! 私この前真似したら、ギュって急に止まって大変だったのよ」
「え! なんだ、ギュって止まったって」
「だからあなたのそのブレーキよ、左足で踏んでいるでしょ」
…つづく…
Facebook公開日 6/3 2017