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【道行き1-3】


【第一章『みどり』-3】


「誰かに相談したい、力を貸して欲しい」と思い始めていたみどりは、この打ち明け話の相手として、いつの間にかコンビニの店員である茉由まゆを選んでいた。


 話し始めてからこのことに翠も気づいたが、もう話しを止めることは出来なかった。翠の話の一つひとつに共感するように話す茉由の話術に、嫁との間ではけっして得られない心地よさを翠は感じていたからだ。

 そんな二人の会話は、核心かくしんに近づくように続く。

「あらまぁ、警察から連絡が! それは驚きましたでしょうね。それで、お孫さんとは話されましたか?」

「はい、孫が刑事さんの後に電話に出まして、もうただ『おばぁちゃん、助けて』と、泣きじゃくっていまして……」

「そうだったのですか…… お孫さん、かわいそうですよね。一人でどんなに心細いか」

「そうなんです。だから私、何とか孫を助けてあげたくて」

「かわいいお孫さんのためですものね、当たり前のことですよ。それでお金を?」

「はい、弁護士さんから言われたのです。『今なら相手方とお金で示談できる。そうすれば告訴は取り下げられるから、お孫さんは警察から解放されて自由になれる』と」

「それは何よりでしたね、告訴なんかされたら大変なことになりますよ。それで今、そのためのお金を持って家に帰る途中だったのですね」

「そうなんです。でも私、おトイレが近くて…… あ、ちょっとおトイレお借りしていいですか?」

「どうぞ、お使いください」


 翠をトイレに案内すると、茉由は八雲やぐもの様子を見るため駐車場に向う。店の外に出ると、八雲は駐車場で小雨に濡れながらドアのロックと格闘していた。運転席のドアとガラスの隙間すきまに伸ばしたハンガーを挿し込み、何かを確かめるようにゆっくりと上下に動かしている。

「開きそう?」

 茉由が八雲の後から傘を差し掛けて聞いた。その時「カチャ」と音がして、八雲の口元がにやりとした。

「開いたの?」

「あぁ、ちょっと手こずったけど、やっとね」

 そう言って、八雲は軽自動車のドアを開ける。

「凄いね」

「旧式の車で良かった、今時の車なら無理だったよ」

 車のキーを抜き取りながら、八雲は言った。

「寒いでしょう、早く店に入って。風邪ひくわ」

 ずぶ濡れに近い八雲を心配するように茉由が言うと、

「ありがとうそうするよ。で、そっちはどう、何か聞けた?」

 ブルゾンの袖で顔に流れる雨の滴を拭きながら、八雲が聞く。

「うん、色々とね。やっぱりそうだと思うわ」

 タオルを八雲に差しだしながら、茉由は答えた。

「あ、ありがとう」

 茉由が話すことの顚末てんまつを聞きながら、八雲は店内に戻った。


 翠はバックヤードの扉の前に立って、茉由の帰りを待っていた。その翠に八雲が話しかける。

「車のドアは開きました、これキーです」

「本当ですか、ありがとうございます」

 礼を言いながら頭を下げる翠に、車のキーを渡しながら八雲は言った。

「話は彼女から聞きました」

「中で話しましょう」

 八雲の話しを止めて、茉由はバックヤードの扉を開ける。その時、赤色灯を回転させたパトカーがコンビニの駐車場に停まった。

「あ、やっと来たか」

 そう言いながら八雲が店の入り口に目をやると、制服の警察官が二人、コンビニの店内に入って来た。

下月しもつきさん、いったいなんの騒ぎですか?」

 レジ打ちをしていたアルバイトの青年が、茉由に声をかけてきた。

「ちょっと込み入ったことになったの。後で詳しく話すから今は私に任せて、お願い」

「いいですけど、ちゃんとお願いしますよ」

 そう言って青年はレジに戻った。

 八雲が二人の警察官と話していると、今度は乗用車がパトカーの隣に駐車した。車から降りた男性は大柄で太った体を紺色の縞のスーツに収め、ネクタイは絞めていない。ワイシャツは上からふたつ目の釦まで外れていた。

 その風貌ふうぼうは、誰が見ても頭に「や」がつく三文字の職業の人にしか見えなかったが、この男の本職は刑事である。その男はどしどしとビール腹を邪魔くさそうに動かしながら、八雲の方に近づいてきた。

「お疲れ様」

「ご苦労様です」

 刑事が二人の警察官に声をかけると、警察官は姿勢を正し敬礼して答えた。

「しばらくだったな、しょうちゃん。で、電話の話は本当なんだろうね」

 その容姿とは似つかぬ笑顔で、刑事は八雲に話しかけた。

田澤たざわさん、ご無沙汰でした。えぇ、ほぼ間違いないですね。確認はこれからですが」

 そう刑事に答える八雲の背中を茉由が指でつつく。

「ねぇ、どういうこと?」

 そう聞く茉由に八雲は答えた。

「驚かせてごめん、こちらは東警察署の刑事の田澤さん。助っ人に呼んだんだ」

「おいおい、オレたちはお前のパシリじゃないぞ」

「誰もそんなこと、思ってませんよ」

 冗談で怒るふりをしてきた田澤に、右手を目の前で大きく振りながら八雲が言った。

「で、こちらの方がそうなのか?」

「はい、こちらの…… えぇ…… と」

吉田よしださんです」

 茉由が八雲に助け船を出し、翠を田澤に紹介した。

「ここからのお話は中で」

 そう言うと、茉由は全員をバックヤードに入れる。

 まず、警察官の二人と田澤が名乗って身分証を翠に見せた。そうしてから田澤が翠に言う。

「では吉田さん、まずはお孫さんと連絡を取りましょう。携帯の番号を教えてください」

 しかし、そう言われた翠はポカンとしている。何がどうなっているのか思考が追い付かないのだろう。

「えぇ…… と、孫は警察に……」

 翠がそう言うと、田澤は少し声を大きくして言った。

「とにかく、お孫さんの連絡先を教えてください。携帯の番号を」

「はい……」

 返事はしたもののまだ納得していない翠は、しかたないという様子で孫の連絡先を田澤に教えた。


   ーー続くーー



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