【 あめの物語 花火編 1】
「線香花火だ! ねぇ、買ってもいい」
「ん? あぁ、いいよ」
コーヒーを買いに入ったコンビニで、あめは線香花火を見つけて大はしゃぎだ。
「あなたってこんなに暑いのに、よくホットコーヒー飲むわね」
「あぁコーヒーはね、冷たいのは苦手なんだよ」
「変な人、ますます暑くなるでしょ」
クルクルと氷を回すようにストローを動かしながら、あめが言った。
「そんなことはないさ、反対にお腹を冷やすのは良くないんだぞ」
「へぇ~ なんだかおばあちゃんの知恵袋みたい」
「そうか?」
「そうよ。でも男の人だから、おじいちゃんの知恵袋かなぁ」
「そうだね。ところでその線香花火、どうするんだ?」
夏は健康的な肌を露出している女性が多い。
そんな女性たちとは一線を画して、黒地にピンクのマーガレットが大きく描かれた浴衣姿のあめはひときわ目立つ。
男どもの注目の的になるのは当然なのだが、道行く若い女性たちの注目まで一身に集めている。
「今日のこの格好、もう少し考えた方がよかったのかな……」
こんな風にあめと街の中心部で待ち合わせたのは、この時が初めてのことだったのだ。
いつも待ち合わせにはホテルのラウンジを使う。軽い食事を済ませた後はそのまま部屋に入る。
帰りに駅まで一緒に歩いたり、日付が変わった夜の街をドライブすることは幾度かあったのだが、だからといって私は自分の服装をあまり気にした事はなかった。
仕事帰りの白いワイシャツにノーネクタイの自分の姿を少し後悔していた私に、あめの声が飛び込んできた。
「あなたと一緒にこれからするの、当たり前のこと聞かないで」
少し拗ねたような素振りをして、ストローでアイスコーヒーを飲む唇がたまらなく愛しい。
私たちは定禅寺通りの真ん中、中央分離帯に作られたベンチに腰掛け、二人でコーヒーを飲んでいた。
この通りは「杜の都・仙台」を象徴するようにケアキの巨木が生い茂り、まるで森に迷いこんだように感じる。
私は近くのコーヒーショップに入ろうと言ったのだが、
「そんなのもったいない。コーヒーも高いし、それに外の風の方が絶対気持ちいいわ。コーヒーはほら、そこのコンビニで買いましょう」
と言って、あめはとっととコンビニに入っていったのだった。
「そういえば、今日は雨が降っていない」そんなことを考えていると「早く行こう」とあめが言った。
「行く? どこに」
「んもう、これ。あなた今日は変よ、私の話も上の空で聞いているみたいだし、会社でなにかあったの?」
「そうか? いつもと同じだよ。どれ、じゃ行くか」
「うん、どこでしようか」
「西公園がいいだろう、すぐそこだし」
私はそう言って立ち上がり歩き始めた。
「よかった」
「本当だね。雨が降っていたら花火ができなかった」
「そのことじゃないわ」
昔の「細横丁」今は「晩翠通り」という通りを横切ると、一気に人通りが減ってしまう。
「ここから西公園までは数百メートル、五・六分で着くだろう」
こんなことを考えていた私の左腕に、あめが自分の腕を絡ませてくる。人通りが減って少し安心したような仕草だった。
「私ね、愛されているんだな~」
あめがうれしそうに言った。言葉の意味がわからず、私はなにも答えずにいた。
定禅寺通は西にむかうと西公園の北の端にぶつかり、そこで終わる。
そこには子供たちの遊び場なのだろう、古い蒸気機関車が展示されていて私たちを出迎えてくれた。
「私ね、どう言えばいいのかな…… ふと感じる時があるの『愛されてる』って。何気ない仕草だったり、言葉だったりに」
西公園を横切ると、その先は広瀬川になる。広い公園を歩きながらあめが話しはじめた。
「たとえばさっき、あなた『が』って言ったわ」
「『が』? ってオレが言ったのか」
「ほら気づいていない、確かに言ったのよ『西公園がいい』って。『〇〇がいい』『〇〇にしよう』って言うのって、相手のこと考えているから自然に出てくる言葉なのよ。一緒になにかをすることで、自分も楽しいって感じる時に出る言葉なのよ。
多くの男の人は付き合いが長くなってくると、私たち女性を自分の所有物のように扱ってくるのよ。そうなってくると、決まって『で』って言うわ。ここが境目だと私は決めているの」
「なるほど」と感心してしまった。確かに、だんだん面倒になってくると「〇〇『で』」と言ってしまう。
妥協が先になる、意識がそこにむいてない証拠だ。本質的なところを突かれて、少し怯んでしまった。
「ねぇ、ライター貸して」
買ってきたばかりの線香花火を一本手にとって、しゃがんだあめが私を見上げる。
「オレにも一本くれよ」
そう言いながら、私はライターを手にあめの横に並んでしゃがんだ。ライターの火が消えないように、手で風をよけて火をつける。
筒状になっていた火薬が燃え始め、玉状に丸まりはじめると、パッ・パパッと勢いよく火花が散りはじめた。
それはやがて、柳のような線状の火花に変わり、だんだん火玉が小さくなっていき、地面に落ちて終わる。
今度は二本同時に火をつけると「はい」とあめは一本を私に渡した。
なにも言わずにただじっと、私たちは線香花火を見ていた。
…つづく…
Facebook公開日 7/28 2016