【 あめの物語 花火編 2】
何本目かの花火が、小刻みに揺れているように感じて、私はあめの顔を覗きこんだ。泣いているように感じたからだった。
「どうした?」
「なんでもない……」
「花火なんて買わなきゃよかった。ねぇ、どうして花火って、こんなに一瞬だけキレイで、すぐ終わってしまうの?」
「・・・・」
私は黙って、火の消えた線香花火をじっと見ていた。その答えは、私が知りたいくらいだった。
どれだけ時間が過ぎたのだろう、やっとあめが立ち上がり、
「困らせてごめんなさい……」
と、少ししゃくりあげたように言った。
「いや 、そんなことはないよ。泣いているのか?」
「ちょっとだけ、ごめんなさい」
「謝らなくていいよ、泣きたい時は泣いた方がいい。そうなにかの本で読んだような気がするよ」
「でも、それってせいぜい二十二・三歳くらいまでよ。私みたいな歳になったら、そうはいかないわ。 簡単に泣けなくなったし、涙がかわいく見えないわよ」
「そんなもんなのか?」
「そんなもんなのよ。それに化粧が崩れるわ。好きな男の人に、涙で化粧が崩れた顔なんて見せられないわよ」
「だったらオレの前では自由に泣けばいい、オレはかまわないよ」
「うん、ありがとう」
あめが私の胸に頭を預けるようにもたれかかってきた。
優しい髪の香りが心地よく、逃がさないように、でもこわさないようにそっと抱きしめた。
公園の外灯は暗い。花火をするため、その暗い外灯からも逃げるように私たちは暗がりの中にいた。
「優しい抱き方。その力加減、いったい誰に教わったの?」
「お前を愛しているからだよ」
「今なんて言ったの? 聞こえなかった」
「愛している」
「え! 聞こえない。もう一度」
「おい、聞こえてるだろう。なんども言わせるな、照れくさいじゃないか」
「ダメ、もう一度だけ言って」
「まるでだだっ子だなぁ」
「言ってくれないと帰るわよ。早く言って」
「どうしたんだ今日は、変だぞ」
「いいから言って、はっきり聞きたいの。女は言葉にしてはっきり言ってほしいのよ」
あめはじっと見上げるように私の目を見ていた。私は観念して言った。
「愛している。世界中で一番、お前を愛している」
あめの唇は涙の味がした。
「行こうか」
「はい」
通りにでたところでタクシーを拾おうとすると、あめが言った。
「歩きましょう、ホテルまで。私、あなたと歩きたい。それにゴミがあるからコンビニで捨てていきたいし、化粧も直さないと……」
いつ拾ったのか、あめはコンビニの袋にさっきの花火の残骸を入れて持っていた。
「育ちのいい子なんだな」
すっかりゴミのことを忘れていた自分が情けなくなった。
私たちは公園の東側、西公園通りを歩きはじめた。
空車のタクシーが客と勘違いするのだろう、スピードをゆるめて私たちの様子を伺うように脇を走り抜ける。
「そういえば、地下鉄の駅ができたのね」
西公園の南側には開通したばかりの地下鉄東西線『大町西公園駅』がある。
「ここから隣の『国際センター駅』までは地下鉄が表に出て橋を渡る。一気に視界が広がり、眼下に広瀬川が見えるんだ」
「乗ったの?」
「いいや、受け売りだよ」
「なぁんだ、まるで乗ったみたいに言うから」
「その方が話としては面白いだろう」
「まぁそうだけど」
「今度一緒に乗ってみるか? 八木山の谷も橋で渡るはずだし、 天気が良ければ終点の『八木山動物公園駅』から、始発の『荒井駅』が見えるそうだ。もっとも、どちらが始発駅かはわからんがね」
「うん、行きたい。動物園にも連れてって」
「わかった、行こう」
オフィス街のため、青葉通りは夜になると人通りはまばらになる。特に西公園側の大町界隈は、ほとんど人が歩いていない。
私たちがいつも使うホテルはそんな場所にある。
やはりこういう関係は、あまり知人に会いたくない。駅前や繁華街の近くは、どうしても敬遠してしまう。
「帰らないといけないのか?」
私の問いにあめは黙っていた。
「今夜は泊まろう」
小さくあめが頷いた。
「深みに入ってしまうな……」
そんなことを考えてみたが、それでもいいと思った。
誰にわかってもらわなくてもいい、世間の誰に認めてもらわなくてもかまわない、オレはこの女を離したくない。
「そうか、今日は雨が降っていないんだ……」
ビルの谷間から僅かに見える星を見ながら、そんなことを呟いた。
「後悔しない?」
あめが小さな声で聞いてきた。
「するかもしれない」
私は答えた。
「いや、きっと後悔する。今、この女を手放せば、オレはこの先一生涯、後悔しながら生きていくことになるだろう」
そんなことを考えていた。
「バカ! 正直すぎ。こんな時は嘘でいいのよ、嘘でいいから『絶対後悔しない』って言って。女は好きな男の言葉だけ信じたいものなんだから」
「やれやれ、今日はお前にやられっぱなしだな」
私は立ち止まり、あめの目を見つめて言った。
「後悔しない、オレは絶対お前を離さない」
じっと私の目を見ていたあめは小さく頷き、そのまま私の胸に自分の体を預けてきた。
さっきより少しだけ強い力で私が抱きしめると、
「そのくらいの力が、私は好き」
と、あめは囁くように言った。
… 完 …
Facebook公開日 7/29 2016