【道行き3-2】
【第三章 『写真』-2】
上半身裸の八雲をバックヤードに残して茉由は店内に入った。傷の保護に使った絆創膏を精算するためだ。
「さっきはすみませんでした、邪魔して……」
茉由がレジに行くと、後藤が謝ってきた。
「違うからね後藤くん。さっきのはそんなのじゃないからね」
顔を赤らめ、大袈裟に手を振って茉由は弁解する。
「そんなのって、どんなのですか? 服脱がせて抱きしめて、それからすることって、あれだけでしょ」
後藤は茉由の慌てようが面白く、さらに突っ込んできた。
「だから、違うって言ってるでしょう、もう」
「あはは、けっこうウブなんですね。下月さん赤くなってかわいいな~」
「からかわないでよ、もう」
普段なら軽く受け流す茉由だったが、なぜか今日はそれができなかった。
「でも、なんだか騒々しいですね、この頃の下月さんは」
「エヘヘ本当ね、ごめんなさい。これ、精算して」
と言って、絆創膏の箱と温かいコーヒーを二本レジに置く。
「はい、売り上げ貢献ありがとうございます」
後藤が笑いながら言うと、
「その代わり、もうちょっと借りるね」
茉由は小さく舌を出して、悪戯っぽく笑った。
茉由がバックヤードに戻ると、八雲は服を着て帰るところだった。
「コーヒー買ってきたわ、どうぞ」
「ありがとうございます。それで先ほどの絆創膏はおいくらですか、お支払いします」
八雲は手に財布を持っている。
「いいわ。よく考えたら、私が車のところにいたからあなたが走ってきたんだもの、私にも責任の一端はあるわ」
「でも、私の手に貼ったものですから」
「あぁ、もう! いいですって」
そう言うと、茉由は缶コーヒーのタブを開けて一気に飲み始める。八雲は何か別の生き物でも見るような目でそれを見つめた。
「飲まないの?」
「え?」
「コーヒー」
「あ、そうでした。いただきます」
八雲は思い出したようにコーヒーを飲み始めた。
絆創膏の残りと車のカギを八雲に渡しながら茉由が聞く。
「これからどこに行くの? それにあの大きいバックは何?」
「これから奥新川駅に行くんです。バッグの中はカメラと機材です。私、カメラマン」
「え、昌夫さんってカメラマンなの?」
「そうなんです、今度あなたを撮らせてください。下月さんはとってもキレイだしスタイルもいい! ヌード写真集が出せそうです」
八雲は両手の親指と人差し指で四角形を作り、その中に茉由を入れて見つめた。
「な! 何を言ってるの」みるみる茉由の顔が赤くなる。
「これは形勢逆転ですね」と八雲は言った。
「さてと」かけ声のように呟いて、八雲はゆっくり立ち上がる。
「お世話になりました、そろそろ行きます。コーヒーご馳走さまでした」と茉由に言ってから、頭を下げた。
「ちょっと待って、遠いの、そこ?」
扉のノブに手をかけた八雲を茉由が引き止める。
「そうですね…… 一時間くらいかなぁ」
少し考えてから八雲は答えた。
「私…… ねぇ、私も連れてって」
ちょっと迷った素振りを見せてから茉由が言う。
「いいですよ。でも、何もないところですよ」
「なぜついてきたんだろう?」
助手席で茉由はそんなことを考えていた。
「小回りがきいていいね。小さい車は楽だな」
駅前から中心部へと、八雲の運転する車は流れに逆らわずに走る。やがて西道路のトンネルを抜けた車は、そのまま西に進んだ。
「ねぇ…… 聞いていい?」
「なんですか?」
「隆夫とは、どんな関係なの?」
朝から気になっていたことを、茉由は八雲に聞いてみた。なぜか、茉由の口調は「タメ語」だったが、八雲にそのことを気にする様子はなかった。
「隆夫くんとはね……」
ちょっと言いにくそうに八雲は言葉を止めると、「隆夫くんはどう言ってたの?」と、茉由に質問を返す。
「昔世話になった人、歳の離れた兄貴って言ってたわ」
「なるほど、大した世話はしてないんだけどね。それから?」
「質問してるのは、こっちなんだけど」と思いながら茉由は答えた。
「あとは何も、だからもう少し詳しく知りたいなって思って……」
「そうか……」
それだけ言うと、八雲は何かを考えていた。
「私の口からは、それ以上はちょっとね。機会があったら隆夫くんに聞いてみて」
「隆夫が話しにくそうだから、聞いてるのに……」
すねたように答える茉由の横顔を見て、クスクスと笑いながら八雲は言った。
「隆夫くんが『言いにくい』ということは、キミに『今は話したくない』もしくは『知られたくない』ということじゃないかな。それを私がキミに話すと思う?」
「それは…… 思わないけど」
八雲の問いに、少し時間を置いて茉由は答る。
「大丈夫、そのうち話してくれるよ。プロポーズの夜とかにね」
「プロポーズ?」
と八雲に聞き返してから、茉由の頬が急に赤くなった。
「プロポーズって、隆夫が私に!」
照れを隠すポーズなのだろう、茉由はことさら大きな声でそれを否定してくる。
「ないない! だって同級生なんですよ、私たち。幼なじみで今でもなんでも話せる飲み友だち、異性の親友って感じなのに」
「男女間に友情は存在しない。というのが、私の持論でね」
八雲はキッパリと茉由の話しを否定した。
「そんなことないです。私と隆夫は親友、固い友情でつながってます」
そう言い切る茉由に八雲は言う。
「持論だからね、キミが否定するのは勝手さ。この話をすると、たいていの人は否定する。でも、その本心は……」
「本心はそうじゃないの?」
少しの沈黙があって、八雲は話し出した。
「例えば、男が女を照れ隠しじゃなく『ただの友だち』と言うときは、はっきり言って『性の対象にならない』ということだ。仲がよくてもそこまで、友情関係など築く必要はないってことだ」
「ずいぶんはっきり言うのね」
さっきまでとは全く違う八雲の話し方に、茉由は驚いて言った。
「女性の本心はよくわからない。でも、男が女に友情関係を求める時、それは『相手とより親しい関係を築きたい』ということであり、相手を『性の対象』として見ているということだ。つまり本心は『恋人になりたい』と思っている」
「そんな、だって隆夫はそんなこと一言も……」
「それはそうだろう、キミに今は嫌われたくないもの。それに言わなければ自分は傷つかずに済むし、親友としてこれからもキミの傍にいることができるしね。それから……」
「まだあるの?」
茉由はうんざりだ、という顔をしていた。
ーー続くーー