【道行き5-2】
【第五章『事件』-2】
立ち入り禁止の夜の埠頭で、隆夫と茉由は数人の男たちに狙われた。袋叩きにされながらも隆夫は鉄パイプを見つけ、それで反撃に出た。
茉由は目を開けることができなかった。「隆夫が私のために人を殺した!」そのことを直視する勇気が茉由にはない。茉由の意識はそこで途切れその後の記憶はなかった。
「なんだこいつ! びっくりさせやがって!」
隆夫が振り落とした鉄パイプは、相手に反撃をくらわすことなく宙を切り、コンクリートの地面に突き刺さった。すぐに隆夫は二人の男の反撃に遭う。それを見ていたリーダーらしき男が、隆夫を痛めつける二人を制止した。
「もういい、やめろ! 死ぬぞ」
たぶん「No,2」だろう男が、そのリーダーらしい男の側に近寄ると小さな声で言った。
「おい、義孝。さっき女が『隆夫』って叫ばなかったか?」
「気づいたか、おれも気になっていた」
「あの白い『R』、こいつの車じゃないのか?」
「たぶんそうだろう、あの隆夫も白い『32R』に乗っているはずだ」
「だったら、ちょっとまずいことにならないか?」
「・・・・」
「おい、いい女じゃないか。具合よさそうだぞ」
気を失った茉由を、数人の男たちが取り囲んでいた。
「裸にしろ、ひん剥いて確かめてやろうぜ」
「この前の女子高生はお子ちゃまだったが、今日は熟れごろだ。楽しめそうじゃないか」
「そうら、オレたちを楽しませてくれるよな~」
「ははは、やっちゃえ、やっちゃえ」
男たちは、茉由の服を剥ぎ取るように脱がせ始める。Tシャツにジーンズ、その上に薄手のスタジャンを羽織っただけの茉由は、すぐに下着だけにされた。
「やめろ! その女に手を出すな!」
瀕死の隆夫が叫ぶ。
「なんだと! この死にぞこないが、本当に死んでみるか!」
一人の男が隆夫の腹部に蹴りを入れる。
「グッ!」
腹部を押さえうめく隆夫。だが、その目は獲物に飛びかかる寸前の野獣のそれと見間違えるほど、鋭いものだった。
「な、なんなんだよ、こいつ! ボロボロのくせに……」
蹴りを入れた男が、怯んで後ずさりする。その姿を見ながらさっきの二人が話し出した。
「こいつ、そうとう場数を踏んでるな」
「もう間違いなさそうだ、あの隆夫だろう」
「やばいな、今日は止めた方がいいんじゃないか」
「あぁ…… そうしよう。この街で奴を敵にまわすのはマズイ」
「おい、お前ら、今日はヤメだ! 引き上げるぞ」
リーダーらしき男が全員に声をかけた。
「なんでだよ、義孝。こんないい女、捨てて帰るってのはねぇだろう」
一番いきがっていた男が、その男に食って掛かる。
「言うことを聞け! わかったな、今日は止めだ!」
「チェ! 面白くねぇ!」
「指令室から、全移動へ。仙台港高松二号埠頭付近で女性の悲鳴あり、付近を走行中の移動は直ちに急行せよ。繰り返す。仙台港高松二号埠頭付近で女性の悲鳴あり、付近を走行中の移動は直ちに急行せよ」
「そらきた、やっぱり今日だったじゃねぇか」
「ぴったしでしたね、さすがです」
「よし、いくぞ!」
屋根の上に赤色灯を付けたセダンが、猛烈な勢いで埠頭に続く直線を加速する。
「義孝、この音!」
「ヤバい! サツだ、逃げるぞ!」
サイレンの音に気付き、男たちは乗ってきた車に向かって走り出した。車に乗り込みイグニッションを回すがエンジンは始動しない。なぜか、焦っている時に限って車のエンジンは始動しないようだ。
やっとの思いでエンジンを始動させ、逃げようとする男たちの車の前を、赤色灯を回転させたセダンが塞ぐ。尚も逃げようとする車に、そのセダンは容赦なく体当たりした。ガツン、ガツンと車同士がぶつかる。少しだけできた隙間を縫うように一台がすり抜けたが、その前方を駆けつけたパトカーが塞いだ。二台、三台とパトカーの数は増えている。男たちはパトカーに包囲され、まったく身動きが取れなくなった。
セダンから意外な人物が降りてきた。ヤクザの幹部のような風貌の男は、首を左右に曲げながら男たちの車に近づく。
「あぁ、いてぇ~ オレの車にぶつけてそのまま逃げる気か! いい度胸じゃねぇか、たっぷり礼をしてやるから覚悟しておけ!」
そう言うと、「全員確保しろ」と、制服警官に指示した。そう、一見ヤクザにしか見えないこの男は田澤刑事だった。
「こっち、だいぶやられてます。女の方は裸ですが、気絶してるだけのようです」
若い刑事が隆夫と茉由を見つけ、田澤に大声で状況を報告する。
「直ぐに救急車を呼べ」
そう言うと、田澤はメタボの腹を邪魔くさそうに揺らしながら隆夫に近づいた。ペンライトで顔を照らし「ん、お前は……」と、尚も確かめるように隆夫を見つめたが、何も言わずに茉由の方に歩き出す。折れ曲がった鉄パイプに足をとられ転びそうになった田澤は、「邪魔だ」と怒鳴り、その鉄パイプを蹴り飛ばした。
「あれ、このお嬢さんは……」
田澤はそう言いながら、茉由の顔もペンライトで確かめるように照らした。そしてなにも言わずに上着を脱いで、下着姿の茉由にかけた。
茉由はうなされていた。夢の中で、隆夫が鉄パイプを持って笑っている。その足元には頭から血を流した男が横たわっていた。隆夫の持っている鉄パイプからは水滴が垂れている。それが倒れている男の血とわかり、茉由は悲鳴を上げて目が覚めた。
「目が覚めた」
そう声をかけてきたのは婦人警官だった。
「ここは……」
「安心して、病院よ」
茉由はやっと視野が戻り始めた目で周りを見渡した。白い壁、白い天井、白い仕切り、点滴の管が左手につながっている。間違いなく病室のベッドに自分は横たわっている。その事実に思考が少しずつ追いついてきた。
「隆夫は? 隆夫はどこ!」
茉由は思わず飛び起きようとする。
「落ちついて、彼は大丈夫よ。だいぶ痛めつけられていたけど、命に別状はないわ。今、別の病室で休んでいるわよ」
ゆっくりと諭すように、婦人警官は茉由に言った
「目が覚めたようだね」
そう言って病室に入ってきたのは田澤だった。巨体をもて余すようにベッドに近づき、ドシンと丸椅子に腰かける。
「話ができるかな?」
「あなたは……」
「田澤です。この頃ご縁がありますね」
そう言いながら、その風貌とは無縁と思われる笑顔で茉由を見下ろしていた。
「私は?」
「間一髪でした。もう少し私たちの到着が遅れていたら、お二人とも危ないところでしたよ」
ーー続くーー