【あめの物語 出逢い編 4】
「あめとのアポイントが取れた」という連絡が詩織から美香にきた。しかしそれは「今日なら」という条件付きだったため、美香は本社に出張中の佐井に連絡して指示を仰ぐことにした。
そんな美香からの連絡を、「いい知らせだな」と佐井は感じた。
「で、なんと言ってた? オーケー取れたのか」
「はい、オーケーは頂けたんですけど……」
「けど…… なんだ。はっきりしろ」
「今日なら時間を頂けるそうなんですが、部長は本社だしどうしようかと思って連絡しました」
「問題ないだろう、担当はお前だすぐ会ってこい。一人がちょっと…… というなら吉田じゃ嫌か、河合と行ってこい」
「わかりました。じゃ河合さんと行ってきます」
「河合はそこにいるのか?」
「います。電話変わりますね」
河合に佐井は、古林と一緒にその女性と会うよう指示し、「すべてお前たち二人に任せる。失礼の無いように頼む」と念を押すように言った。
「詩織さん、さっきはごめんなさい。美香です」
「美香ちゃん、待ってたわよ。で、どうだったの?」
「部長に連絡したら『担当はお前だから任せる、会ってこい』ですって」
「さすが美香ちゃん、頼りにされてるね」
「まぁね! という訳でもう一人の社員と一緒に行きます。で、どうすればいいですか?」
「お店に来て、私も同席するから。夕方の五時でどう? あめさんは夕方なら大丈夫ですって。時間は店が開店するまでの二時間でお願いね」
「うわぁ~ 同席してもらえるんですか! ありがとうございます」
「ま、お店を使うしね。じゃ五時で」
「ハーイ、よろしくお願いします」
美香は外回りをしていた河合と待ち合わせ、約束の十分前にビルの前に着く。
「ここなのか?」
「そうよ、そろそろ行きますか」
五分前になったので、階段を上り店のドアを開けた。
「こんばんは、古林です」
「あ、美香ちゃんこんばんは。待ってたわよ、時間通りね」
「お待たせしました? ごめんなさい」
「大丈夫よ、私たちも今着いたばかりだから。こっち来て」
詩織に手招きされて、美香と河合は店の奥に進む。詩織の隣には、縦縞の和服を上品に着こなした女性が座っていた。
「こちらの方が、『あめさん』です」
「今日はお忙しいのにお時間を頂きありがとうございます。初めまして、古林と申します」
「私は、古林と同じ社の河合と申します。今日はお時間を頂き本当に助かりました」
「初めまして、あめです。私のような者で本当によろしいのですか? あまりお役に立てそうにありませんけど……」
「とんでもないです。私どもではまったく話にならず行き詰まっていましたので、お話お聞きするだけでも助かります」
「わかりました、よろしくお願いします」
「さぁ、お互いの挨拶はその辺にして座りましょう。今、お茶を入れますね」
「詩織さん、紅茶にしませんか? 美味しいケーキを買ってきました」
「あ、私…… ごめんなさい。何も用意してきませんでした」
美香は思わず立ち上がり、ペコリと頭を下げる。河合も立ち上がり、恐縮しきった顔で頭を下げた。
「申し訳ありませんでした。私も外回りの帰りに古林と合流したもので…… とんだ失礼をいたしました」
「いいのよ、そんなこと気にしないで。それじゃ遠慮なくあめさんの差し入れを頂きましょうね」
あめと名乗った女性は、とても柔らかい仕草で風呂敷包みをテーブルに置く。ケーキの箱を包んであるその風呂敷はいわゆる『真結び』で結ばれていたのだが、この真結びを知らなかった美香には少し違和感があった。
「この結び方では、ほどくのが大変じゃ……」
蝶結びしか知らない美香は、一見とてもキツく結ばれている結び目を見て、そんな心配をしていた。
ところが、ここで美香は驚きの光景を目にすることになる。
その女性は結び目の片方を動かし、結び目をもって抜き取るようにそれを一瞬にしてほどいてしまったのだ。
「えぇ!」
あめのマジックのような風呂敷のほどき方に驚いた美香は、思わず大きな声を出してしまう。
「どうした、古林?」
美香の声に驚いて河合が声をかける。
「だって、え! 見てなかったんですか、河合さん今の?」
「今のって、なに?」
「だから、今のあめさんの風呂敷のほどきかたですよ」
「うふふ、さすが女の子ね。ちゃんと見てたんだ」
あめは美香を誉めるように話しはじめた。
「これは『真結び』っていうのよ、初めて見た人はたいてい驚くわ。もう一度お見せしましょうか?」
「あ、ぜひお願いします」
河合はそう言うと、美香と一緒にあめの手元に注目する。
「これをこうして結ぶでしょ、そしてキツくぎゅっとして出来上がりね。これでめったなことでは緩まないし、ほどけないのよ。それでほどく時はここをこうして、ここを持ってすっと抜くのよ。ほら簡単にほどけるでしょ」
「古林!」
「河合さん、これ!」
「そうだよ、これにしよう」
「そうよ、まるでマジックみたい! これ最高でしょ」
「・・・・」
一気にテンションが上がり喜んでいる二人を見て、あめと詩織は訳がわからず顔を見合わせた。
「あめさん、お願いします。もっとたくさん風呂敷のこと教えて下さい」
「どうしたの、美香ちゃん?」
「詩織さんこれ。今度の企画、私、風呂敷にします」
「あ、なるほどね。風呂敷か。うん、とってもいい思い付きだと思うわ」
「でしょ、でしょ。よかった。あめさんと詩織さんのおかげです。本当にありがとうございます。もう嬉しくて」
「あらあら、なんだかよくわからないけど、お役にたてそうかしら?」
「もちろんです。あめさん、もっと教えて下さい。私、とってもうれしくて」
「美香ちゃん、そんなに興奮して大丈夫? 後で部長さんにダメ出しされない」
「佐井さんはたぶん大丈夫です。だって『担当はお前だ』が口癖の人ですから、後で文句は言わせません」
「私も部長は大丈夫だと思います。あの人はこういうことは全部、私どもの自由にさせてくれる人ですから。きっと『責任はオレが取るから自由にやれ』と言いますよ」
「へぇ~ 部下にそこまで信頼されているんだ、ステキな部長さんね」
「ダメですよ、詩織さん」
美香は詩織に目で意味深なサインを送り、あめに話しかけた。
「それじゃ早速、ご講義よろしくお願いします」
「はいはい。では、まずは紅茶とケーキを頂きましょう」
ケーキを食べながら雑談の後、河合と美香は風呂敷の基本的な箱の包み方から細長い箱や瓶などの包み方、さらには小物入れからトートバッグの作り方まで、驚きの連続となる変幻自在な風呂敷のレクチャーを受けたのだった。あめのレクチャーは二人を退屈させず、約束の時間は大きくオーバーしていた。
店はとっくに開店していたが、こういう店に早い時間から訪れる客は少ない。馴染みの数人の客も、店のスタッフもみんなあめの風呂敷レクチャーに夢中で、さながらカクテルバーはカルチャースクールのようだ。
誰一人時間を気にしていなかったが、あめだけは冷静に時間を見ていた。
「さぁ、約束の時間はとうに過ぎてますから、今日はここまでにしましょうね」
そう言われ、はっとした美香が時計を見ると、もう八時半になるところだった。
「え! もうこんな時間だったの。ごめんなさい私、夢中になって気づきませんでした」
「いいのよ、私もとっても楽しかったわ」
「あめさん、今日は遅くまで本当にありがとうございました。それから今後のこともありますので、ご迷惑でなければ連絡先を教えて頂けないでしょうか?」
美香はスマホを鞄から取り出して、あめに言った。
…続く…
Facebook公開日 3/30 2019