【あめの物語 二人の秘密編 6】
ラブホに行きたいと慈雨は佐井に言った。そして道の反対側にあるホテルがいいと指さす。
佐井は交差点でUターンしてホテルの駐車場に車を入れた。
平日なのに六階建てのラブホテルは思った以上に混んでいた。二部屋しかない空室から「こっちがいいわ」と慈雨が空室のパネルを押す。フロントからカギを受け取り、二人は部屋に向かうエレベーターに乗った。
「ねぇ、喪中にSEXって不謹慎なの?」
「あまり誉められた行為ではないだろう、一般的にはね。ま、オレたちはそもそも一般的に不謹慎と言われている関係だからいいんじゃないか。オレが気にしたのはおまえの気持ちだ、オレに気を使っているのかと思って聞いただけだ」
「してもしなくても、どっちでもよかったってこと?」
「抱きたいに決まっているだろう、二か月も離れていたんだぞ。おまえと出逢ってからこんなに離れていたのは初めてだ」
「エヘヘ、うれしい」
「お母さんがその辺で見てるんじゃないのか?」
「母は全部お見通しでした。これまでのことも、私を通してあなたのこともすべてね。母に言われたの『初七日が過ぎたら、もうあなたの好きなようにしなさい。早く大好きな男に逢いたいでしょ、思いっきり抱かれなさい』ってね」
「敵わないな、おまえのお母さんには」
「うふふ、私も敵わなかったわ」
広めの部屋に入ると、大きなベッドとテーブルに二人分のイス、そしてバカデカいテレビがセットされていた。上着を脱ぎ、その大きなベッドに佐井が腰掛けようとした瞬間、慈雨に飛びつかれた。
不意をつかれ佐井は、ベッドに後ろ向きに押し倒されてしまった。
薄い生地ごしに、慈雨のふくよかな胸が佐井の胸に押しつけられる。重ねた唇の間を、舌が絡むようにゆっくり動く。唇が離れ、耳たぶを甘噛みしながら慈雨が囁いた。
「このにおい…… あぁ…… あなたの…… 逢いたかった……」
「おい、汗臭いだろう。シャワーくらい使わせろ」
「ダメ、このまま…… このまま……」
佐井はくるりと反転して慈雨を自分の下にした。「シャワーくらい……」といった佐井だったが、慈雨の身体中から発散する女の色香に自分を抑えられなくなっていた。
胸元のボタンが外され、そこから入った佐井の手が慈雨の胸に触れる。それだけで慈雨は禁断の木の実を食べたかのような、心地よい浮遊感の中を彷徨ってしまう。そんな慈雨を覗き込み、佐井はまた唇を重ねた。
ゆっくりと移動する佐井の唇が心地よく、慈雨が甘い息を漏らす。佐井の指先は別の生き物のように腰を捉える。いつもの慣れ親しんだ動きなのに、なぜか初めてのようなドキドキが止まらない慈雨がいた。
そんな佐井の動きに、早くも慈雨は我慢の限界を超えそうになる。一気に上り詰めた体は痺れるように熱く、止まらない快感の渦に巻き込まれた。
佐井の胸に押し潰される乳房が心地よく、慈雨は佐井の背中にまわした両手に思わず力が入った。
そうして二人は、快感の波に飲まれ流され、快楽が支配する心地よい渦の底に沈んでいった。
ひとしきり愛し合い、なにかしらを確かめあった二人は、そのまま短い眠りに落ちていた。三十分程で佐井は目を覚まし、自分の左腕にしがみつくようにして小さな寝息をたてている慈雨を見た。
「きっと大変だったはずだ、よく一人で頑張ったな……」言葉には出さずその思いだけを伝えるように、そっと短くなった慈雨の髪を撫でた。「喉が渇いた……」そんなことを考えているうちに、佐井はまた眠りに落ちた。
シャワーの音で佐井は目をさました。冷蔵庫からスポーツドリンクを取り出し一気に飲み干す。喉から全身に水分がまわってくる感覚が心地よく「ふぅ……」と息をついた。「オレもシャワーを浴びるか」と考えていると、慈雨が浴室からバスタオルを体に巻いて出てきた。
「サッパリした!」
「オレもシャワーを浴びてくるよ」
「は~い」
慈雨は冷蔵庫の中を物色しながら返事だけをした。
少し熱めのシャワーを全身に浴びてからバスタオルを腰に巻いて佐井が浴室を出ると、慈雨はバラエティー番組を見ていた。
「そういえばさっき、おまえ変なことを言ったよな」
「え! なに?」
「ほら、おまえを通してオレたちのこと、お母さんが見ていた、とか?」
「あぁ…… そのことね」
「なんだか気になってしかたない」
「私の話、真面目に聞いてくれる?」
「もちろんだよ、聞かせてくれ」
慈雨はこの時、本当のことを話していいのか迷っていた。これまで誰にも話したことがない、というより絶対に話してはいけないシークレットであり、母が生前には最大級の秘密のベールで隠された部分だったからだ。
「この人ならきっと大丈夫。それに母が亡くなった今、秘密が明かされても相手の名前が知られなければ、誰にも迷惑はかからないはず」そう考え、佐井には本当のことを話そうと決めた。
…続く…
Facebook公開日 1/17 2019