【あめの物語 二人の秘密編 3】
車で佐井を迎えに来た慈雨は、コンビニで買い物中にバッテリーを上げてしまい、佐井の救援を待つことになった。
その佐井が乗ったタクシーは、慈雨の待つコンビニに着いた。しかし、車内から慈雨の姿を見つけることができない。
「メーターはそのままでいい、ちょっと待っててくれ」
そうドライバーに言って佐井がタクシーを降りると、後ろから慈雨の声が聞こえた。
「佐井さん、こっち!」
声の方に振り返った佐井だったが、それらしい和服の女性はいない。声の先にはショートボブで、ネイビーのワンピースに黄色のニットを羽織った女性がいるだけだった。
「まさか! 慈雨か?」
「エヘヘ! イメチェン、どう、似合う?」
あっけにとられた佐井に、小悪魔気取りの慈雨が追い打ちをかけた。
「驚いたでしょ」
「話はあとだ、とにかく車を動かそう。カギは?」
「車の中にありますよ」
「あぁ…… はずしちゃった」慈雨は佐井の反応にがっかりしながら小さく呟いた。
ドアを開けたまま、佐井はスターターのスイッチを押してみたが反応はない。
「こりゃダメだ!
「ダメですか?」
タクシーのドライバーがボンネットを開けている佐井の隣に来て、一緒にエンジンルームを覗いた。
車は店舗に後を向ける形で駐車していた。このため、慈雨はライトがついたままだったのに気づかなかったのだが、これがタクシーとバッテリーをつなぐには好都合だった。
「あぁダメだ、完全に上がっている。お願いするよ」
「わかりました」
タクシーはキューブの前にゆっくり近づいた。
買ったばかりのケーブルでバッテリーどうしをつなぎ、スターターのスイッチを押すとキューブのエンジンはすぐ目を覚ました。
「ありがとう、本当に助かったよ」
「よかったですよね、すぐにかかったから」
二二七〇円のタクシー料金に、佐井は五千円札を渡した。
「釣りはいい、コーヒーでも飲んでくれ」
「本当に助かりました。ありがとうございました。これ、よかったら飲んでください」
慈雨もお礼を言いながら、缶コーヒーをコンビニの袋ごとドライバーに渡した。
「こっちこそすみませんね、ごちそうになります。ありがとうございます」
ドライバーはそういって、駐車場を後にした。
「ふぅ」と息をついて、佐井はタバコに火をつけた。
「車を降りるとき『ライトついたままです』の警告音がしなかったか?」
「うん、なんだかピーっとしてたけど、ドアを閉めたら止まったからそのまま買い物しちゃった。エヘヘ、ごめんなさい」
「ま、やっちゃったことはしかたない、これからは気をつけるんだよ」
「は~い」
そんな普通の会話をしていても、佐井はまだワンピース姿の慈雨に馴染めないでいた。
「しかしおまえが洋服って、どういうことだ? それにその髪はどうしたんだ、なぜ切った?」
「はいはい、ゆっくりお話しします。とりあえずどうぞ」
「あ、ありがとう」
いつの間に買ってきていたのか、カップコーヒーを慈雨は佐井に渡した。車のエンジンはそのままで、二人は横でコーヒーを飲んだ。
「やっぱりしっくりこないな……」
「何、このワンピのこと?」
「ワンピと言うより、和服姿じゃないお前を見るのが初めてだからなぁ…… どうしていいのかわからない」
「変な人、たいてい反対じゃないの? みんな洋服なんだから、和服だった時の私に『どうしていいのかわからない』ってことならわかるけど」
「確かに慈雨の言う通りだ」と佐井は思った。
運転席のドアを開け、確かめるように二・三度アクセルを開けてから佐井は言った。
「少し走ってこよう。このままだとまたバッテリーがダメになってしまう」
「私が捨ててくるわ」
慈雨が飲み終えたカップを捨てに行った。フローラル柄のワンピースを自然に着こなした慈雨の後ろ姿が、佐井の目にはとても新鮮で魅力的に映った。
「またエッチなこと、考えていたでしょ」
「あぁ、あまりに魅力的なヒップに見とれてしまったよ」
「バカ!」
「オレが運転する、どこか行きたい所はあるか?」
「う~ん…… 空港はダメ?」
「空港?」
「私、飛行機が見たいわ」
「わかった、行こう」
シートの位置を合わせ、車をスタートさせる。車内に香る薫衣香が、佐井はとても懐かしかった。
聞きたいことは山ほどあった佐井だが、慈雨が話し出すのを待つことにした。
「本当に久しぶりだったな」
「ごめんなさい、連絡もしないで」
「忘れられたかと思っていたよ」
「そんな訳ないじゃない、あなたこそ浮気に忙しかったんじゃないの?」
「そんなことはしていない、毎日寂しくて泣いてたよ」
「ウソばっかり」
「本当だって、信用ないな」
「信用しています」
車は夕暮れの高速道路を走っていた。仙台空港に続くこの東部道路は盛土構造になっている。これが幸いし、震災時には防潮堤となって、津波と流木やガレキが内陸部へ侵入するのをおさえてくれた。数メートルの法面をかけ上がり命が助かった人も多くいたのだ。
名取川を越えると、やがて助手席側に仙台空港が見え始めた。
旅客機が海側からゆっくり滑走路にアプローチしてくる。仙台空港は西からの風の日が多い、基本的には海側から山側への離着陸となる。
「あ、降りてきた。 私ね、飛行機がゆっくり降りてくるところが好きなの」
「そうなのか」
「あなたは?」
「あまり考えたことがなかったよ」
「『飛行機の 降りる角度は 愛に似る』か……」
「ん、なんだって?」
「時実新子っていう人の川柳よ、知らない?」
「ごめん、ぜんぜん知らないよ」
「『飛行機の 昇る角度は 恋に似る』『飛行機の 降りる角度は 愛に似る』っていうのがあるの」
「へぇ~ 初めて聞いたよ。川柳っていうのも、奥深いというか意味深なんだな」
「この人のは特別だと思うわ」
「そうなのか?」
…続く…
Facebook公開日 1/14 2019
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?