【あめの物語 二人の秘密編 4】
佐井と慈雨、二人の乗った車は仙台空港を目指して東部道路を走っている。
空港出口で高速を降りた佐井は、そのまま仙台空港ターミナルビルにむかい駐車場入口で車を止めた。
「中に入ってみるか、夕食でも食べよう」
「いいけど、バッテリーって大丈夫なの?」
「これだけ走ればもう大丈夫さ」
駐車場に車を入れ、送迎車用道路の上を渡る連絡通路を歩いて、二人は二階の到着ロビーにむかった。
「外に出てみよう」そう言って佐井はロビーを横切り、屋上に昇るエレベーターのボタンを押した。
屋上は展望デッキになっていて空港が一望できる。誘導灯の赤いライトがとてもキレイにみえた。
少し湿った海風が、短くなった慈雨の髪を優しく撫でる。フェンスに身を預け、そんな気まぐれな風に髪を任せて慈雨は呟いた。
「キレイね……」
「あぁ、キレイなもんだな。夜の空港も」
二人は黙って滑走路をみていた。
「ところで、お母さんは今どうしているんだ?」
待つと決めたのに待ちきれず、沈黙の時を止めて佐井は聞いてしまった。
この佐井の一言が「なにをどこから話せばいいのか……」と迷っていた慈雨を助けた。
「一昨日、初七日を済ませました……」
「そうだったのか……」
前をむいたままで答える慈雨の横顔をみながら、佐井は呟くようにいった。
滑走路をゆっくり旅客機が動いていた。慈雨はゆっくり佐井に視線を移して話だした。
「癌でした…… 肺がん。もう末期だったからホスピスで最後を迎えたの。放射線も抗がん剤も一切使わなかった人なの。だから痛み止めにモルヒネだけ、でも最後は意識が朦朧としていて、見ている私はとっても辛かったわ……」
「そうだったのか……」
「そんな母と一緒だったから動きやすい洋服にしたの、ホスピスでは上下スウェットだったのよ。シャワーの後早く乾くようにと、髪も思いきって短くしたの」
「そういうことだったのか」
「二か月もそんな感じだったから、そのままイメチェンして驚かせようとしたのに…… 失敗した」
「スゴく驚いたよ。だけど新鮮な感じがしてとってもいい」
「ありがとう、うれしい」
一旦滑走路に停まった旅客機が爆音を上げて離陸態勢に移ると、すべての音がこの爆音に飲み込まれた。
「なるほど…… 「恋は盲目」ともいうが、すべての音を飲み込んで一気に急上昇する。途中はなく気づいたらもう空の上にいる。この感覚は確かに恋だな」
「でしょう」
やがて闇に溶け、小さな光に姿を変えた旅客機を目で追いながら、慈雨が話しはじめた。
「ねぇ…… 母の話、少し聞いてくれる」
「あぁいいよ、供養にもなるだろう、聞かせてくれ」
「母は占い師だったの。あ、でも勘違いしないでね、露地でお客さんを待っているのとは違って、特定の人を相手にホテルとかで占うって感じだったわ。生涯独身で身内と呼べるのは養子の私だけ。そんな私を母はとても愛してくれた…… 私は母に本当に感謝しているの。血のつながりなんてまったく関係ないのね、人のつながりには」
子どもができなかった普通の家庭だろうと、里親のことを勝手に思い込んでいた佐井は、慈雨の話にとても驚いた。
「そんな母でも実家はあったのよ、だけどよく思われてはいなかった…… 親戚にも…… 母の口から親兄弟や親戚の話は聞いたことがなかった。だから私、母も私と同じような境遇の人だと思っていたのよ」
一息ついて、慈雨の話は続いた。
「母の身内のことがわかったのは、私が高校の時だったわ。祖母が亡くなったの。その時にも母には誰からも連絡はなかったんだけど『お葬式に行くから準備をしなさい』って母に言われたの。私はビックリして、『誰が亡くなったの? どうして私も一緒に行くの?』と聞いたのよ。そしたら『亡くなったのは私の母、あなたのお婆さんよ。さぁわかったら準備をしなさい』そういわれて、急いで準備をしたことを覚えているわ。実家は県北の田舎町、山間の小さな集落の外れにあった。母は、まるで故人の知人のように身内とは離れた一般参列者用の席に座わり、お焼香を済ませると、誰とも話さずにすぐ帰ってきたのよ。私は訳もわからずただ母の後をついて歩いただけだったけど、母がよく思われてないことだけは、その時の身内や親戚の表情ですぐわかったの。でも、母はそんな人たちとは一切関わらず、お葬式の間中毅然としていた。あの時、母はどんな気持ちで自分の母親を送ったのか…… その時の話は生涯しなかったわ」
こんな風に慈雨が少しずつ自分のことを話すようになったのは、松島でのカミングアウトからだった。
「人生いろいろとあるもんだな……」
「本当にいろんな人生があるものよね。私は自分と血のつながった人を知らないからわからないけど…… 血のつながりを自分で断った母は、どんな気持ちで毎日を暮らしていたのか…… それを考えると切なくて涙が出てしまうわ……」
滑走路に目を移した慈雨はまた黙り込み、二人の中を沈黙の時が流れていた。
「そろそろ下に降りないか? 寒くなってきた」
「うん、私お腹もすいてきちゃった」
「わかった、何か温まるものを食べにいこう」
佐井は沈黙の時に幕をおろし、エレベーターにむかって歩きだした。並んで歩く佐井の左腕に慈雨が腕を絡めてくる。こんななにげない慈雨の仕草が、佐井はとても愛おしかった。
…続く…
Facebook公開日 1/15 2019
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