【あめの物語 出逢い編 5】
河合と美香は、あめから驚きの連続となる変幻自在な風呂敷のレクチャーを受けた。
あめとこれからも連絡を取り合いたい美香は、あめに連絡先を交換したいと言ったが、なぜかあめはそれを渋る。
「連絡先は…… えぇと……」
ちょっと困ったような目で、あめは助けを求めるように詩織を見た。
「美香ちゃん、それはちょっとね。あめさんに用事がある時は私に連絡して」
「あ、わかりました。それじゃ詩織さんを通してまたご連絡します」
「今日のことは部長が戻り次第報告いたします。近いうちに今日のお礼をさせて頂きたいので、また改めて詩織さんを通してご連絡いたします」
「そんなお礼だなんて考えないでくださいね。むしろ私の方が楽しませて頂いたのですから、お礼は私の方がしなければいけません。美香さん、今度ここで一緒に飲みましょうね」
「あ、はい。ぜひご一緒させてください。本当にありがとうございました」
「では、そういうことにして、今日の風呂敷講座は終了で~す」
詩織が場を締めると、四人は揃って外に出た。
「本当に今日はありがとうございました」
河合が改めてあめに礼を言いながら、四人は歩き出す。
「私はタクシーで帰りますから」
広い通りにでると、あめはタクシーに手を上げた。
「今日は本当ありがとうございました」
美香はあめに深くお辞儀をした。
「こちらこそ、久しぶりに楽しい時間でした。ありがとうございました」
「裸で恐縮ですが、これをお使いください」
タクシーに乗ろうとしているあめに、河合がタクシーチケットを渡す。
「こんなこと困ります。私は大丈夫ですから」
「いえ、このままお帰ししては私が部長に叱られます。どうぞ遠慮なくお使いください」
中堅の営業マンらしく礼儀正しい河合に押しきられるように、あめはタクシーチケットを受け取った。
「そうですか…… それでは使わせて頂きます。ありがとうございます。佐井さんでしたっけ? 部長さんにはくれぐれもよろしくお伝えください。では、失礼いたします」
三人は並んであめの乗ったタクシーを見送ってから店に戻った。
「美香ちゃん、これからどうする? 少し飲んでいく?」
「ごめんなさい。私、これからこれをまとめます」
美香は殴り書きのレポート用紙を詩織に見せて、小さく舌を出した。
「気合い入ってるね、それじゃ頑張って。店にもまた来てね」
「ハーイ、これが片付いたら報告にきます」
「待ってるわ、それじゃまた」
「では、私も失礼します」
そう言って二人は店を出た。
「どうする、少し飲んで帰るか?」
「今日はいい、それより今の忘れないうちにまとめたいわ」
「そうか、じゃファミレスで飯食いながらってのは?」
「それ、賛成。お腹が空いてたのも忘れてたわ」
ということになり、美香は河合とファミレスに入った。大きなハンバーグステーキをペロリと平らげ、美香はボイスメモをイヤホンで聞きながら殴り書きのレポートをまとめはじめた。
河合はパソコンで風呂敷のことを調べている。
「ネットにいっぱいでてるぞ、知らなかったのはオレたちだけじゃないのか?」
「そんなことないわ。これ、絶対社内で大ヒットよ」
「いつも思うけどさ、お前のその根拠のない自信って、いったいどこから湧いてくるんだ?」
「根拠がないから自信なんじゃない。そんなことより話しかけないで、集中できないわ」
「はいはい、すみませんでしたね」
そういうと、河合はネットの情報をフォルダにまとめだした。自分の仕事という意識があると、誰の指示も受けずとも自分のするべきことが自分でわかるようになるものだ。
「そろそろ終わりにしよう、もうパソコンの電池が切れる」
河合にそう言われて美香が時計を見ると、もうすぐ日付が変わろうとしていた。
「あ~ 頑張った。今日はとってもいい一日だったね」
「部長が帰ったら、きっとびっくりするぞ」
「そうね」
部屋に帰りシャワーを浴びながら、美香はあめのことを考えていた。
「あの女性…… あの上品な仕草と柔らかい物腰、それに着物もとてもステキだった。あの大人の色気は…… 私にはまだだせない。佐井さんに会わせたくないな…… もしあの女性がライバルにでもなったら、私のような小娘じゃ勝負にならないわ……」
どうやら美香は、かなり本気で佐井を想っているようだ。
美香の実家は岩手県の県北にあり、かなりの実力をもった旧家だが、父親はすでに亡くなっており、今は兄夫婦が実権を握っている。
美香の母親は後妻で父親が五十歳を過ぎてからの子供だった。末娘の美香はとても可愛がられてはいたが、まるで祖父のような父親との間に小学生の頃からわだかまりがあった。それを残したまま父を他界させてしまった自分を、今でも許せない心の闇をもっていた美香は、佐井に男性というよりも理想の父親像を見ていたのかもしれない。そのため、あめと男性を取り合うというよりは、むしろ父親を奪われるような感情が芽生えていたのだった。
翌日の夕方、本社から戻った佐井は三人を集めミーティングをはじめる。昨夜の報告を熱く語る美香と河合に佐井は満足していたが、茅の外に出された吉田はふてくされていた。
「なるほど、私も初めて知ったことばかりだ。たぶんこれはいける。この線で進めよう」
「わかりました。よかったな古林」
「はい、とってもうれしい。詩織さんとあめさんのおかげです」
「ただな…… この企画書だが……」
美香の書いた企画書のコピーを見ながら佐井は言う。
「吉田、これどう思う?」
「正直に言っていいですか?」
「当たり前だ」
「まず、誤字があります。それから言い回しがちょっと……」
「え! そうですか?」
吉田に指摘され、美香は自分の書いた企画書を読み返す。
「例えばここ、それからこれもね」
自分で気づけない美香に、吉田は教えるようにいった。
「わかった、じゃ手直しを頼む。私は企画室に電話してくる。時間はどれくらいかかる?」
「三十分くらい、かなぁ……」
「二十分だ、それで頼む。お前なら大丈夫だろう。それが終わったら軽く行こう」
「はい、任せてください」
吉田はきっちり二十分で手直しを終えた。それを読んだ佐井は正直驚いた。女性の美香が書いた流れはそのまま生かし、内容はわかりやすく、そして誤字はすべて訂正されていたからだ。
「さすが吉田だ、いい仕事だ」
「ありがとうございます」
「私もびっくりしました。とてもステキな文章にして頂きました」
「さてと、じゃこれを送信して今日は終わりとしよう」
佐井が今回、吉田をメンバーに入れたのはこれが欲しかったからだった。時間勝負の企画だったため、校正に費やす時間も限られている。いつも吉田の企画書を読んでいた佐井は、この吉田の文章力を高く評価していたのだ。
しかし、吉田の持っていた文章力は佐井の予想をはるかに越えていた。これは佐井にとって、とてもうれしい誤算だった。
退社した四人はいつもの居酒屋にいた。乾杯の直後、本社から電話が入り外で電話をしていた佐井は、ニヤニヤしながら席に戻った。
「あの案が企画を通ったぞ、さあ本番はこれからだ」
「うわぁ、本当ですか」
「あぁ、本社の連中も『よくこれだけの短い時間で』と感心してたぞ」
「本当にラッキーでした。古林のアイデアと詩織さんとあめさんのおかげです」
河合が喜びを隠せないように言う。
「入校までの時間は今月いっぱい、あと十日くらいか、大丈夫だな」
「任せてください。必ず間に合わせます」
…続く…
Facebook公開日 3/31 2019
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