【あめの物語 二人の秘密編 5】
佐井は空港の屋上で、慈雨の話を聞いていた。
やがて寒くなってきたのと空腹とが重なり、二人はターミナルビルの中に移動して夕食を食べていた。
「初七日が過ぎたばかりなのだ、しかたないさ」食事中、俯いたままの慈雨を見て、佐井はそんなことを考えていた。
やがて、ゆっくり顔を上げた慈雨が申し訳なさそうに話しはじめた。
「迷惑じゃなかった?」
「ん、今日のことか?」
「うん、急に連絡したから……」
「うれしかったよ、ずっと連絡待ってた」
「ありがとう。そう言ってもらえるとスゴくうれしい」
少しはにかんだような笑顔で慈雨は佐井を見つめた。
「ところで、これからどうするつもりなんだ?」
「どうするって?」
「だって、一人になってしまった訳だろう」
「うん、でも私は大丈夫よ。自宅は私の名義だし、母は外出の多い人だったから一人は慣れているのよ」
「下世話な話だけど、お金は?」
「母が残した預金と保険金があるから大丈夫よ。それに着付けの教室と美容室での着付けのお手伝いで、それなりに収入は入るのよ。私そんなにお金使わないから、いっぱいはいらないわ」
「それを聞いて安心したよ。じゃこれはいらないな」
「なに、鍵?」
「あぁ、オレのマンションのね」
「欲しい、ちょうだい!」
「しょうがないな~」
慈雨はニコニコして、マンションの鍵を受け取った。
「いつ来てもかまわない、自由にしていい」
「ありがとう。でもこれは私の御守り」
「来るつもりはない…… か」
「だって、奥さんと鉢合わせになったら大変でしょ」
「アイツは来ないよ」
「それだけじゃないの。私の気持ちは変わらない、あなたが大好きよ。でもね、だからって『あなたのものになりたい』ってことじゃないの。上手く言えないんだけど『あなたを私のものにしたい』って思っている訳でもないのよ」
「そうか…… それが今のおまえの考えか……」
少し考えてから佐井は言った。
「自立した一人の人間として、お互いの人生を尊重し束縛しない。そして二人の人生が重なる今日のような日を、二人だけの掛け替えのない大切な時間として一緒に過ごす。こんな感じかな?」
「とっても詩的でステキな表現ね、私の今にすごく近い感じがするわ」
「詩的か…… ありがとう。オレの中にもその感じはあるからよくわかるよ。やはりオレたちの持っている感性はとても近いようだ」
「だからお願い。今はこのまま、このままでいさせて」
「わかっている。大丈夫、おまえはそのままでいい。そんなおまえをオレは一番愛している」
「うれしい……」
「オレはいつも思っている『人間関係は常にバランスで成り立っている』と。男と女の関係なら尚更のことだ。今のオレとおまえは絶妙なバランスで一緒の時を過ごしている。ここに理屈が入ると、その圧力でバランスが崩れる。男と女が別れるのは、たいていその時だ」
「ごめんなさい…… ちょっと難しくて……」
「つまりオレたちは、今のままが一番いいということだ」
「はい」
会話が途絶え、佐井は窓から見える空を見るでもなく眺めていた。雨雲が空を埋め尽くしている。
「これから降りだすのかな……」そんなことを考えていたが、ふと視線を感じて慈雨を見た。慈雨は小首を傾げ少し潤んだような瞳で、真っ直ぐ佐井を見つめていた。
「どうした?」
「ねぇ…… 抱いて……」
「喪中じゃないのか?」
「ダメ?」
「出よう」
佐井は伝票を手に取った。
「私、下道がいいな~」
「わかった」
決まった場所以外での出入りを一切禁じている有料道路は、校則の厳しい学校のようで慈雨は好きではなかった。「寄り道、回り道、なんでも自由の一般道路の方が、自分には合っている」そんなふうに思っていた。
高速道路の入口をパスし、慈雨のリクエスト通り国道に車をむけた佐井の肩に、慈雨が頭を預けるようにもたれかかる。こんな慈雨の仕草も、佐井は好きだった。
地方空港の近くには、なぜかラブホテルが多い。仙台空港も例外ではなく、国道四号線には派手なネオンの看板が目につく。一つ、二つとそんな看板を見送っていた慈雨が急に、「ラブホに行こうよ」と、まるで遊園地にでも行くような口調で言った。
今日の慈雨は、いつものシティホテルで佐井に抱かれたくなかった。無機質にベッドが並んだだけの、そんな感情のない空間に入りたくなかった。
「それなら、SEXするだけのために作られたラブホの方が、今の自分にピッタリくる」そう思った瞬間に声が出てしまったのだ。
「ラブホに行きたいのか?」
「うん、なんだか楽しそうだわ」
「いいけど、ラブホか……」
なぜか佐井はラブホテルを避けていた。慈雨に「ただSEXがしたいだけ」と思われることを嫌って選ばなかったのだ。
だが所詮は男と女、やることはシティホテルでもラブホでも一緒。避ける理由など本当はなにもなかった。「やはり素直じゃないなぁ、オレは……」と考えていた。
「もう行き飽きたって顔してる」
「そんな訳ないだろう、もう何十年も行ってない」
「ねぇあそこ、あそこにしよう」
「わかった」
慈雨が指差したホテルは道の反対側にあった。佐井は通り過ぎてから次の交差点でUターンして戻り、ホテルの駐車場に車を入れた。
…続く…
Facebook公開日 1/16 2019
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