【あめの物語 二人の秘密編 2】
二か月ぶりに慈雨からLINEがきて、佐井はとても嬉しかった。すぐにLINE返し、二人は仙台駅で落ち合うことにした。
佐井は慈雨のことが気になってしかたなかったが、事情が事情なだけに連絡は控えていた。
「私から連絡すれば、慈雨は無理をしてでも私と逢う時間を作ろうとするだろう。しかしそれは、慈雨に要らぬ負担をかけるだけだ」そんなふうに考えていたからだ。
「人間とは、こんなにも現金なものか」と佐井は思った。そんな慈雨とのLINEのやり取りだけで、さっきまであれほど苛立っていた女の子達の会話も笑い声も、今は少しも気にならなくなっていたのだ。
「慈雨に逢える」このことだけで、重くのしかかっていた暗い気持ちが少し楽になった。
「そうか、実家に行ってたのね。お父さんの命日だったしね」
慈雨はLINEを見てそんな佐井のことを考えながら、着る服が決まらず鏡の前を離れられないでいた。
「あぁ、めんどくさいわ。着物だとすぐ決まるのに……」
そんなに数は多くない洋服をとっかえひっかえ四苦八苦していたが、とうとう洋服を散らかしたまま、姿見の前に座り込んでしまった。
「ふぅ、どうしようかなぁ~ あぁ…… 決まらないわ」散々迷った挙句、「うん、これにしよう」と、馴染みになったブティックの店員がコーディネートしてくれたワンピースに決めた。
「うふふ、佐井さんきっと驚くわ」あっけにとられた佐井の顔を思い浮かべると、慈雨は自然に笑みがでてしまう。
「まだ早いけどもう行こうかな。コンビニにも寄りたいしね」そんなことを考えながら、小悪魔気取りの慈雨はキューブのエンジンをかけた。
「まだ早いから、立ち読みでも……」と、慈雨は時間調整に寄ったコンビニでファッション雑誌をめくっていた。
その時キューブのライトが点いたままだったことに、慈雨はまったく気づいていなかった。
「そろそろ行こう」
会計を済ませ外に出た慈雨は、ルンルン気分でキューブのドアを開け、いつものようにエンジンをかけようとして「え!」となる。
「なんで? どうしてエンジンがかからないの?」
パニックになりながらスターターのスイッチを押すが、エンジンは始動する気配も見せない。
ライトが点いたままだったキューブは、慈雨がのんびり立ち読み中にバッテリーの電池を使い果たし、エンジンを始動させる力を失っていたのだ。
「困ったわ……」
慈雨はあちこちいじって、やっとライトのスイッチが入ったままだったことに気づいた。
「あぁ…… やっちゃった。もうすぐ佐井さん着くわ、どうしよう…… とにかく連絡しないと」
そんな慈雨から佐井にLINEが入ったのは、新幹線が仙台に着く十五分ほど前だった。
「車のエンジンがかからないの、どうしよう」
「今、どこにいるんだ?」
「コンビニの駐車場」
「もうすぐ仙台に着く。駅から電話をするから、そこで少し待っててくれ」
「わかりました、ごめんなさい」
「車で来たのか……」なにがあったのか考えたがわからない。ただ、道路上でなかったことに佐井は少しホッとしていた。
新幹線は定時に仙台駅に着き、ホームに出た佐井はすぐ慈雨に電話をした。
「しばらくだったな、元気だったのか?」
「連絡しなくてごめんなさい、元気でした。でも車のエンジンがかからなくて……」
「どういう状況なんだ?」
「車を停めて買い物してたの。それで戻ってエンジンをかけようとしたら、カチカチって音がするだけで、ぜんぜんエンジンがかからないの」
「バッテリーか……」佐井はそう考えた。
「ライトとか、点けっぱなしにしてなかったか?」
「うん、買い物中ライトが点いたままだったようなの……」
「わかった、すぐそっちに行く。場所は?」
「川内の東北大のそばのセブンです」
「わかった、タクシーですぐ行く」
電話をしていてホームを出るのが遅くなった佐井だったが、タクシーにはすぐ乗れた。
「中の瀬橋を渡って、川内にむかってくれ」
「わかりました」
「不安になっているだろう……」と慈雨のことを思いながら、佐井はドライバーに話しかけた。
「ところでドライバーさんちょっと聞くが、この車にブースターケーブルは積んでないかなぁ」
「バッテリーをつなぐやつですか?」
「そうそれ、実は連れが車で迎えに来てるんだが、どうやらコンビニでバッテリーを上げたらしいんだ」
「あいにく積んでないんですよ」
「買うしかないか……」と独り言をいって、「悪いが立町のドン・キーに寄ってくれ、買っていく。それからもうひとつお願いがある、連れの車とバッテリーをつないでくれないか」
「いいですよ」
「忙しい時間に悪いな」
「困った時はお互い様ですって」
タクシーを運転しながら、そうドライバーは答えた。
ブースターケーブルを買って、タクシーから佐井は慈雨に電話をした。
「今、中ノ瀬橋を渡っている。バッテリーをつなぐケーブルを買っていたから少し遅くなったが、もうすぐ着く」
「は~い、車で待ってま~す」
「大丈夫か?」
「うん」
妙に明るい慈雨の声に「あれ?」と佐井は思った。
「今、二高の信号待ちで停まった。すぐ着く、切るぞ」
「は~い」
タクシーはセブンに着いた。ゆっくり駐車場に入ったが、キューブの前で待っていた慈雨に佐井は気づかない。
「どこにいるんだ、店の中か?」
駐車場を見渡しながら、そんな独り言を呟いた。
「メーターはそのままでいい、ちょっと待っててくれ。」
…続く…
Facebook公開日 1/13 2019
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