【あめの物語 二人の秘密編 7】
佐井に母のことを問われた慈雨は、本当のことを話していいのか迷っていた。それは、母が生前には最大級の秘密とされた部分だったからだ。
しかし慈雨は、佐井にだけは本当のことを話そうと決めた。
「絶対秘密にしてね」口外してほしくなかったので、慈雨はこう釘を刺すように言ってから話し始めた。
「母は本当にわかる人だったのよ。心が読めるっていうのかなぁ…… そして未来も。だからいろんな人が母に会いたがっていたの。特に政治家とか、有名な会社の社長さんとか、かなぁ…… よくテレビに映っていた人が多かったわ。マネージャーみたいな世話役のおじさまがいて、母と相手をマネージメントしてたの。人に会う回数はとっても少なくて、一か月に数人だけ。母と私は本当に人目を避けるように、ひっそりと二人で暮らしていたのよ。だけどわかっちゃうのよね…… だから二年くらいで引っ越ししてたの。小学校で二回、中学校で一回転校したのよ、私」
「そんな人が本当にいたんだ」
「信じられないでしょう、でも本当なの。私は今でも母は超能力者だったと思っているわ。私が高校を卒業してからかなぁ…… 母がそんな占いをする時一緒に行くようになったのは。そういう時の母はまったく違う人になってしまうのよ、普段一緒に暮らしている私でさえ驚くほど変わってしまう。そして占いが終わると、ぐったりと疲れ果てていた。一人では立ってさえいられないほどだったから、身体には相当無理がかかっていたはずなのよ。だから誰かの支えがいつも必要だったの」
佐井は言葉を失い、慈雨の話しを黙って聞いていた。
「権力が欲しい人にとっては『宝を纏った勝利の女神』のような母だったろうけど、普通の人の目には『恐ろしい魔女』に見えたのでしょうね。だから母は、家族や親戚から離れなければ生きて行けなかったんだと思うのよ。ホスピスで母が言ったの『私は自分の子どもに、同じ運命を歩ませたくなかった…… だから結婚することもせず、子どもは作らなかった。私のこの力は私で終わり、自分の生涯と一緒に葬ることにしたのよ。あなたを養女として迎えたのは…… そうね、こんな私だけど、やっぱり寂しくなる時がくるってわかっていたからなのよ』って……」
そう話しながら、慈雨はホスピスで自分の秘密を明かした母の横顔を思い出していた。涙が頬を流れた。
ただ、慈雨には母を失ったことに対する失望感や無気力感というものがあまりなかった。これは血のつながりの問題ではなく、最後の二か月間を一緒に過ごしたことで、慈雨に覚悟ができたからなのだろう。母は慈雨がそうなるように仕向け、そうなるのを待ってから旅立ったのだ。
だからといって、身内の死が悲しくないということではない。覚悟を決めて前をむくのが、その死の前か後かというだけのことである。
俄かには信じがたい話だったので、佐井は疑問符を投げかけてみた。
「スゴい話だな。しかしお母さんは誰からその能力を引き継いだんだろう?」
「私も同じことを考えたの、だから母に聞いたわ」
「それで?」
「母の叔母さん、祖母の妹さんがそういう力を持っていたそうよ」
「その人は?」
「聞かないで…… そういう時代だったってことらしいわ」
「そうだったのか。それで自分の子には、と……」
「そういうことだったのよ」
「悲しい時代の話が、今も続いているということか……」
「続いていた、ということよ。母は自分でそれに終止符を打ったわ」
「なるほどな……」
「そんな母なのよ、私たちのことなんて全部お見通しだったわ。どこで、なにをしてきたか、あなたの名前までもね」
「なるほどな…… しかし、人にはいろんな宿命があるものなんだな……」
「そうよね……」
ドキュメンタリー映画でも見ているかのような慈雨の話は終わった。思考を止め、その余韻に身を委ねる佐井の視界の隅で、バラエティー番組はお笑い芸人の古い写真を公開して笑いを取っていた。
「こういう番組は好きじゃないんだ……」
「バラエティーのこと?」
「あぁ…… 他人の過去を晒しものにしてみんなで笑う、ガキのイジメと一緒だ。『晒しものにされ、しかたなく自分でも嫌々笑っている』ということだってあると思う。それにすべての過去が笑いに変わるわけじゃない。人によっては笑えない過去も存在するんだ」
「私のこと?」
「それもあるが……」
佐井の独り言に慈雨が反応して聞いてきたが、佐井の言葉には違う意味があった。
「この人の目には、テレビじゃない違う場所が映っている」そんな佐井に慈雨は気づいた。
「ねぇ…… なにがあったの?」
「なにって?」
「なにかあったでしょ、ご実家で? ねぇ話して」
「なにもないさ、オヤジの十三回忌の法要に帰っただけだ」
慈雨はゆっくり佐井に近づき、両手で佐井の頬を挟むようにして唇を近づける。佐井は不思議な感覚で慈雨の口づけを受けた。
とても長い時間に感じて「時間が止まるとは、こんな感じかもしれない……」とさえ思った。
「話して、私に…… なにがあったの?」
唇を離した慈雨が、佐井の耳元で優しく囁く。
佐井の脳裏に実家で過ごした数日が鮮やかに甦ってきた。
実家に帰ると、姉がお茶を入れながら話しだした。
「あんたの部屋からカラーBOXひとつ貰ったよ。母さんのテレビ台に丁度いい高さだったんだ」
「いいけど、中にあった物は?」
「適当に部屋に置いたから片づけて」
「なんだよ、それ」
佐井が自分の部屋に入ると、カラーBOXに入っていた本やチラシが、一ヶ所に積み上げられていた。
…続く…
Facebook公開日 1/18 2019
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