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【 あめの物語 松島編 3 】


 慈雨あめの勧めでうなぎを食べることにした私たちは、大きく『鰻』の看板が出ている食事所の駐車場に車を停めた。

 ここで食事をすれば、その後に観光に行っても駐車料金は無料になるようだ。

「いろいろ知っているんだね」

「だって地元だもの」

「そりゃそうだね」

 鰻料理をご馳走になり、そのまま車を預け私たちは街を散策した。


「お店の人、オレたちをどう見ていたかな。夫婦と思っているかな」

「それは絶対ない、ただの不倫旅行だってバレてるわ」

「どうしてだ? 歳の離れた夫婦なんて、この頃はいっぱいいるじゃないか」

「だって仲が良すぎるんだもの私たち、すぐバレるわ」

「そんな見方があったのか」

 慈雨が私の左手にからまるような仕草をして聞いてきた。

「夫婦に見られたかったの?」

「イヤ、恋人同士の方がうれしい」

「私も」


 自分で焼いた笹かまぼこをその場で食べたり、和服の小物を扱っている店に寄ったりしながら、私たちはのんびり散策を楽しんでいた。

 土産物店の玄関の扉や柱にテープで印が付いている。注意書を見ると、この前の津波の最大到達点のようだ。

 松島は湾内の多くの島に助けられたようで、付近の三陸沿岸の町と比較して、信じられないほど津波の高さが低い。

 店舗を見ても1~1,5mくらいの高さに印が付いている。公表数字でも、最大波は2,9mとなっている。

「それでも 約3mの津波が押し寄せたのだ、さぞ被害は大きかっただろう」

 そんなことを考えながら歩いていると、いつの間にか私たちは瑞巌寺ずいがんじに入っていた。

 

「ほら、これがそうよ」

 慈雨が指差す先には、立派な鰻塚うなぎづかが建っていた。

 その瑞巌寺の隣には円通院えんつういんがある。

 私たちは、その見事な庭園にしばし見とれていた。


 「ねぇ……」

 「ん、なんだ」

 「私ね、変な癖があるの。いつも最後を考えちゃう……」

 「最後?」

「永遠なんて無理、やがて終わりはくるわ。だからそこから逃げない、ちゃんと正面から向き合う。いつもそう思っているの」

「そうだね、その通りだとオレも思うよ」

「私たちだって今はこんな関係だけど、いずれ変化が訪れることがあるかもしれないでしょう。それは一年後なのか三年後なのか…… もしかしたら明日かもしれないわ。周りの状況やお互いの気持ちが絶対変わらないなんて言い切れないし、終わりはいつ訪れてもおかしくないと思うの。だから今っていうこの時の、 二人でいられる時間がとっても大切に思えるの」

 一息ついて、慈雨の話は続いた。

「私ね、あなたの過去なんてどうでもいいの、大切なのは今。あなたの過去にどんなことがあったとしても、私は受け流すわ。今ここにあなたがいる、それだけで私は幸せ。今というこの瞬間のあなたは私だけのもの。本当は私とっても本気なのよ」

 いつになく慈雨は真剣な眼差しで、私の目をまっすぐ見つめている。

「わかっている、この子ははっきりとわかっている。そう、一番大切なことをはっきりと自覚している。私はここまでの覚悟ができているのだろうか」

 そんなことを考えていた。

「オレたち二人の関係も同じだな。必ず終わりがくると言っている訳ではないが、そんなことはないと否定するのではなくて『その時に自分はどうするのか?』ちゃんと終わりを考えておく、大切なことだと思う」

「うん」

 慈雨はうなずいて、ゆっくりと私に体を預けてきた。

「変な癖でもなんでもないと思うよ」

「ありがとう」

 二人の体が一つになり、支える手を失った傘が、それでも二人を雨から守っていた。


 雨粒は少しずつ大きくなってきた。和服の慈雨にとってこれは辛いだろうと思い私は言った。

「ちょっと早いが旅館に入ろう」

「ごめんなさい、気を使わせているよね」

「そんなことはない、散策には不向きな天気だと思っただけだ」

 と私は言いながら、駐車場にむかって歩きはじめた。


 旅館に着くと別館の奥の間に通された。気を使ってくれたようだ。品の良い仲居なかいがお茶を入れてくれる。

宿帳やどちょうをお願いします」と言われ少し戸惑ってしまったが、本名の『佐井さい 壮一そういち』と住所を私は書いた。

 この時、まだ慈雨の名前を私は知らなかった。知っていたのは、「あめ」という呼び名だけだった。

「自分で書くわ」

 その後「どうしたものか……」と戸惑っている私に、助け船を出すように慈雨が言ったのでペンを渡した。

『慈雨』

 慈雨が自分の名前だけを書いて仲居に渡すと、それを見た仲居は「『じう』さんとお読みするのですか?」と慈雨に尋ねた。

 「『慈雨』と書いて《あめ》と読みます。この人『慈』の字が下手だから、書かせたくないんです」

「それは、大変失礼いたしました。お気を悪くなさらないでくださいね」

 仲居の丁寧なお詫びの言葉に、

「大丈夫ですよ。なので《あめ》と読んでくれた人は、過去に一人もいませんから」

 と慈雨は答えた。

「そうなのですね。奥様、とても素敵なお名前ですね」

 と仲居は私にむかって言った。

 私は愛想笑あいそわらいをしながら「ありがとう」と答えた。この時の慈雨の機転きてんには頭が下がる思いがした。本当に頭のいい子だ。

「助かったよ」と小さな声で言った。


 私は話題を変えようと、仲居に尋ねた。

「今日は混んでいるのかね」

「水曜なのでお客様は少なめですね。こちらの別館にお泊まりなのは佐井様だけです。ですのでごゆっくりなさってくださいませ」

 

      …つづく…

 
Facebook公開日 6/5 2017


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