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【あめの物語 出逢い編1】
偶然とは「何の因果関係もなく、予期しないことが起こること」なのだそうだ。だとすれば、佐井と慈雨はどうなのだろう。必然だったのか?
この物語を書き終えた時「読ませて」と言った彼女の答えは「運命ね」だった。
「そうか……」とだけ答えて、彼女の胸に手をのばした。
「あぁ……」と身悶えする裸の乳房は、まだ快楽の余韻を残したままだった。
【出逢い編 1】
「雨が降っているみたいね」と、肌襦袢のままで化粧しながら慈雨が言う。
「あぁ、そうみたいだね」
佐井はまだバスタオルを腰に巻いたまま、ベッドに座っている。
「この雨が『花起こし』になるといいんだけど」
「『花起こしの雨』か……」
おうむ返しに呟いて、「美しい日本語だ」と佐井は思った。
「そうだった『桜雲』も『花明り』も『桜流し・桜雨』そして『花筏』も、全部この女が教えてくれた美しい日本語だ」そんなことを考えていた。
アイラインを持ったまま、振り返って慈雨が言う。
「ここも、もうすぐ桜の季節ね。ねぇ覚えてる? あの時のこと」
「あぁ、もちろんさ。きっと生涯忘れることはできないよ」
「大げさね」
「そうか? オレにとっては大事件だったんだぞ」
「そうだったの?」
「あぁ、はっきり覚えてる。あの時も今日と同じこの着物だったろう」
「そうよ、あれからもう二年が過ぎるのね」
「忘れるはずがない、はっきり覚えている。淡いピンクの着物に身を包んだ慈雨は、驚くほど綺麗だった」佐井がそんなことを考えていると、ベッドの隣に座りながら慈雨は続けた。
「春は…… 別れの季節ね……」
「出会いの季節じゃないのか?」
「そうね…… 別れと出会い……」
珍しく、慈雨は伏し目がちだ。
「よかった、あなたが転勤にならなくて」
「まだわからん、内示なしでいきなりってこともある」
「そうなの?」
「転勤になったらついてくるかい?」
「・・・・」
慈雨の返事を待ちながら、佐井は二年前のことを思い出していた。
「偶然だったのか? それとも必然? 引き寄せあったということなのか?」そんなことを考えながら……
それは佐井が仙台に単身赴任して、もうすぐ一年が経とうとしていた頃だった。
本社での販売会議の隙を突くように、企画室が社内報の企画を持ち込み、その担当部署を東北支店に押しつけてきた。場の雰囲気も東北支店が適任と暗黙のうちに決めていた。
不意を突かれ、逆らう術を用意していなかった佐井は、しかたなくそれを受けた。
本社から戻ったその日のうちに佐井は、部下で営業三年目の河合直哉、業務二年目の吉田大輔、それに受付などまだ雑用がメインの新人古林美香を呼んでミーティングをはじめた。
「この企画のポイントは時間だ」と佐井は考えていた。そこで個性は強いが、光る特技を持った三人を集めたのだ。
河合はカメラが、吉田は文章が得意。美香は新人ながら、その明るさと物怖じしないところが気に入っていた。
そんな三人と社内でミーティングをしていたのだが、まったく話が前に進まない。
「これじゃ埒が明かない、場所を変えてやり直しだ」ということにして居酒屋にきたのだが、場所が変わったからといってすぐいいアイデアがでるというものでもなく、困った状況はなおも続いている。
そんな時、河合がビールを一気に飲み干して言いだした。
「部長、無理ですよ。そんな急に『日本の和について』なんていわれても」
「そうですよ、だいたいなんでうちなんですか? 城下町の支店なんていっぱいあるじゃないですか。尾張の名古屋とかにしてもらってくださいよ」
吉田も河合を援護するように言いだす。
「おいおい、そういうことじゃないだろう。だいたいまだミーティングをはじめて数時間だぞ、根を上げるのが早すぎるだろう」
「じゃ部長、なにかいいアイデアだしてくださいよ」
「そうだ、そうだ。古林、お前が担当なんだから、なにか思いつけよ」
少し酒が入った勢いもあって、河合も吉田も強気になっている。
「おいおい、古林を担当にしたのはオレなんだから、古林を責めるんじゃない。『三人寄れば文殊の知恵』というだろう、がんばってアイデアを出そう」
「無理ですって、オレらじゃ『和について』なんてわかんないですよ」
「そうそう、無理、無理。部長流にいえば『餅は餅屋』って感じですよ。餅つきしたことがない人間に、餅のことはわかんないですよ」
「そうか 『餅は餅屋』か……」
男三人が小難しい顔で考え込んでいると、紅一点の美香が口を開いた。
「だったら『和』に詳しい人に聞けばいいんじゃないですか?」
「誰に聞くんだよ、お茶の先生とかに聞くのか?」
「そんな人知らねぇぞ。お前の知り合いにいるのか?」
男二人にやり込められたようになり、美香は下をむいて黙ってしまった。
「いや、古林の考えは面白いかもしれない。このまま何時間やってもオレたちではいいアイデアは出ないんだ。ならその道に詳しい人に聞く方が手っ取り早い」
「でしょう、さすが佐井部長、話がわかるわ」
美香が生き返ったような笑顔になったが、そこでまた話は止まる。
「誰が知り合いにいないのか、面白い話の聞けるような人は?」
「私はいないです」
「私もちょっとそういう知り合いは……」
佐井が男二人に聞いたが、二人は考えることもせずすぐ根を上げた。
「部長はいないんですか? バーのママとかに詳しそうな人」
「う~ん、今考えているんだが……」
「あの……」
「なんだ古林、誰かいるのか知り合いに?」
佐井が聞くと、美香はおどおどしながら答えた。
「ぜんぜん知り合いって人じゃないんですけど……」
「じゃダメでしょ」
「おい吉田、まず古林の話を最後まで聞いてから話せよ」
「・・・・」
「さぁ話してみろ、古林」
佐井に促され、美香が話始める。
「はい。あのですね、私がたまに行くお店に、とっても和服が似合う女性の方が飲みに来ているんですよ。よく見かけるのできっと常連さんだと思うんです。その方にお話し聞けたらって、今思ったんですけど……」
「なにか? その話したこともない常連と思う和服の女性に、いきなり聞くのか?」
すぐ否定的な話をする吉田を睨みながら美香が言う。
「いきなりは無理くらい私にだってわかります。でも、なにか方法はあると思うんです。ねぇ部長」
「『ねぇ』と言われてもな……」
そこで河合が口を挟んだ。
「なぁ古林、その店にけっこう通っているのか?」
「まぁ、そこそこって感じかなぁ」
美香が口を濁すように答えたが、実際はよく通っていた。
「ならお店の人に相談してみろよ。店の人に中に入ってもらえれば、案外すんなり話が聞けるかもしれないぞ」
「なるほど、河合の言うとおりだ。近いうちにその店に行ってみよう」
「近いうち…… か、だったら今日行きましょうよ。ねぇ部長」
「これだ!」と佐井は思わず笑みがでた。佐井が美香を担当にしたのは、この行動力からだった。
「今回の企画は時間との戦いだ、すぐにでもいい案を出さないと間に合わなくなる」そう考えていた佐井は、新人ながらすぐ動くのを苦としない性格の美香を担当にしたのだった。
… 続く …
Facebook公開日 3/27 2019
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