【あめの物語 出逢い編 6】
あめのレクチャーによって作られた風呂敷の企画が通り、佐井と企画のメンバー三人は大喜びしていた。
「私は来週どさ回りに行く、だからすべてお前たちに任せる。文章は古林、お前が書け。吉田、古林のフォローと最終の校正を頼む。河合は全体の流れと進捗を把握しながら二人のフォローだ。わかったな」
「はい」
佐井の指示に、三人は揃って返事をした。
「枠は見開き四ページだそうだ」
「そいつは凄い! やりがいがありますよ」
そう言った吉田の顔からは、わくわく感が滲みでていた。
「面白く仕上げろよ、期待しているぞ。特に吉田、本社の企画室に校正なんか絶対にさせるんじゃない、わかったな。お前の力を存分に見せつけてやれ」
「わかりました、任せてください。古林の文章をそのままのせてみせますよ」
「よし、じゃあもう一度乾杯だ」
雑談中に自分のグラスを持って、美香は佐井の隣に席を移してきた。
「私、この前部長が言っていた吉田さんのこと、やっとわかりました」
「あぁ、これだけは私も吉田には敵わない。吉田の文章力はぴか一だからな。ところで古林、明日の夜はどうなっている。週末だからデートか?」
「明日の夜ですか? はい、デートです。会社の上司とね」
そう言って美香は、佐井の腕に自分の腕を絡ませる。
「こいつ! それじゃ詩織さんにアポをとってくれ。まずは詩織さんにお礼がしたい。それから何かお礼の品を準備してくれ、詩織さんが気に入る物を頼む」
「はい、わかりました。今夜中にアポとっておきます。プレゼントは明日買います」
「頼む。それから『あめさん』という方にもお礼がしたいが…… どうすればいい?」
「あめさんには詩織さんを通して連絡することになっています。明日、詩織さんにお話しするのがベストかと……」
「わかった。明日話そう」
「さてと明日は今週の締めだ、今日はこの辺にしよう」
佐井の一言で、その場はお開きとなった。
週末の夜、繁華街はいっそう賑やかになる。仕事を終え飲みに来た会社員と、これから仕事に入る女性たちとで国分町界隈はごちゃごちゃしていたが、そんな夜でも大町界隈はひっそりとしていた。
早い時間のためか、詩織の勤めるカクテルバー『RIRIKO』は佐井と美香の貸切り状態だった。
「本当に今回は助かりました。あらためてお礼申し上げます。ありがとうございました」
「そんな、私はただお声がけしただけですから。何だか私の方が恐縮してしまいますから、よしてくださいよ」
「でも、本当に詩織さんのおかげです。同席もして頂いて、私どんなに心強かったか」
「そうだ古林、あれを」
「はい、詩織さん。佐井部長から今回のお礼だそうです」
美香は縦長の封筒を詩織に渡した。
「そんな困ります」
「困る程の物ではありませんよ。ほんのお礼ですからお受け取りください」
「そうですか……」
「開けてみて」
そう美香に言われ、詩織は封筒の中身を半分程引き出した。
「え!これ、キュリオスの」
「行くつもりだったんでしょ。詩織さんが『シルク・ドゥ・ソレイユ』大好きなの思い出したから」
「どうでしょう、お気に召して頂けましたか?」
佐井は執事の真似をする。
「うわぁ~ うれしい! それにこれ、オリジナル特典付きのSS席! 佐井部長さん、ありがとうございます」
カウンター越しに詩織に手を握られ、佐井は照れ笑いをしていた。
「ところで詩織さん、あめさんにもお礼がしたいのですが」
「はい、そういうことになると思っていました」
「『連絡は詩織さんを通して』ということのようなので、お手数ですがお願いできますか」
「わかりました。今度お店に来たらご都合聞いてみます」
「それからもう一つお願いというか、 ご相談が……」
「はい、なんでしょう?」
「お礼に何か、と考えているのですが…… 私たちでは何がいいのか思いつきません。お知恵を貸して頂きたい」
「あぁ、なるほどね」
詩織は上をむいて考えていたが、「そうだ!」と言うと佐井を見て聞いた。
「ご予算は?」
「できれば、そのチケットと同額くらいで考えています」
「なるほどね、たぶん大丈夫でしょう」
「何か、喜んで頂けるものがありますか?」
「ストールがいいと思います、肌触りを考えるとカシミアがいいですね。和服の方でも違和感なく使えますし、この時期は気温差がありますから重宝するのですよ。幾つあってもいいものですしね」
「なるほど! よし古林、それにしよう。準備を頼む」
「はい、早めに準備します」
「それで今後のご連絡は直接部長さんに?」
「いや、古林にお願いします。窓口はひとつの方がいいでしょう。それに私は来週仙台にいないので」
「また本社なんですか?」
「いや、各県の営業所を回るんですよ。通称『どさ回り』と言われてます」
「詩織さん、違うんですよ。『どさ回り』と言ってるのは部長だけです。言い出しっぺも部長じゃないですか」
「そうだったか?」
「そうです!」
「あはは、楽しそうな職場ですね。では古林さんにご連絡しますね」
「はい、よろしくお願いします。さてと、ではそういうことにして何か飲みたいな~」
「スコッチにしますか?」
「に、します。先日のあれを」
三人はどうでもいい会話で盛り上がり、詩織は美香を「美香ちゃん」といつも通りに呼んだ。いつの間にか三人はだいぶ砕けた関係になり、居心地の良さを佐井は感じていた。
「こんな場所もいいもんだな……」程よい酔いが、佐井の心を癒やしていた。
「ふぅ……」
佐井が席を外した隙をつくように、美香はため息をついた。
「どうしたの?」
「なんでもない。ただね…… やっぱり部長、あめさんに会うんだなって思って……」
「なに? 美香ちゃんイヤなの?」
「イヤっていうか、やだっていうか、自分でもよくわかんないの。会ってお礼を言うのは当たり前だし、そうしてほしいけど…… なんだろう、会わせたくない、会ってほしくない。あぁ、わかんない」
「ふ~ん、そうなんだ。揺れる乙女の恋心?」
「うん、それに近いのかも。だって予感がするのよ、佐井さんがあめさんに会ったら…… 落ちる。そんな予感がするの……」
「恋に落ちる、か…… 確かにそんな感じはあるわね……」
週が明けて、佐井はどさ回りに出かけた。残された三人はてんてこ舞いの日々を過ごす。月末の忙しさの最中に今回の企画を仕上げなければならない。特に原稿担当の美香は毎日遅くまで残業していた。
そんな日々も三日目にはなんとか原案ができ、一回目の吉田のチェックが入る。
「始めからベストを作らなくていい。まず言いたいことを書け、そこから少しずつベストにしていこう」文章を書くことになれていない美香に、吉田はそうアドバイスしていた。
「これはオレが家でチェックしてくる。今日は少しゆっくりしてこい。明日からは一緒にやっていこう」
そう吉田に言われ、美香はやつれた顔で詩織の店にいた。
「大変そうね、大丈夫?」
「うん、けっこう大変。でも、楽しい」
「そう言えるなら、大丈夫ね」
その時、入口のドアが開いた気配がし、例の青年の声が聞こえた。
「こんばんは、あめさん。お久し振りですね」
「こんばんは、ご無沙汰してました」
「え!」
…続く…
Facebook公開日 4/1 2019
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?