
マヌルネコと子パンダ。
「何だ、また来たのか」
「うんっ」
獣舎の向こうとあちら側。
マヌルネコは、めんどくさそうに子パンダを見た。
「だって、ぼく、マヌルネコさんの事、好きだもん」
「たべちゃうぞ」
「そんなことないもーん」
黒い丸い目が、ぴかぴか光る。
かわってんな、コイツ。
会う度に同じ事を思ってしまう。
それでも、ウザいとか思わなかった。
「で、今日は何が聞きたいんだ?」
ポーンと岩場から降り、遠巻きにウロウロする。
「マヌルさんのふるさと?のお話とか」
「わかった」
マヌルネコは話を始め出す。
故郷の事、きょうだい達のこと。
「マヌルネコさんは、きょうだいがたくさんいるんだ」
「おまえだって、にいちゃんがいるじゃないか」
「でも、ぼくとおにいちゃんだけだもん。いいなーたくさんいて」
うらやましそうに、子パンダはニコニコと笑った。
でも、しばらくして、その笑顔がフッと消えた。
「ぼくね・・・もうすぐしたら、おとうちゃまやおかあちゃま、
おにいちゃんといっしょに行かなきゃないけないの」
ああ、そうか。そうだったな、この子パンダはー。
ふん・・・。やっぱり、お前も俺を置いていくんじゃないか。
優しくなんかするんじゃなかった。
毎日来てくれる事を楽しみにして、バカみたいだ。
また一匹だけの生活か。なーんだ。
「そっか」と言わず、マヌルネコはプイと踵をかえした。
「でもね、でもね、ぼく、またここに来るから!」
子パンダは、必死になって訴えた。
「ぼく、マヌルさんのこと、好きだもん。会いたいもん!」
「無理すんなよ」
「無理なんかしてないもん!!ほんとだもん!!」
子パンダは泣きながら言う。
「ぼくのはじめてのおともだちだもん・・・」
マヌルネコの眼が、丸くなった。
今まで、そんなこと言わなかったじゃないか。
おれは、おまえの気まぐれの相手だと思ってた。
なんだよ、それ。
「マヌルさんのこと、大好きだから、ここに来てたんだもん!」
グスグスと泣く子パンダ。うなだれて、身体を震わせて。
「・・・おれもさ、お前みたいな子供、はじめてだよ」
「えっ」
「おまえのこと、トモダチだって言ってるの」
照れくさそうな声。すごーくすごーく、うれしい。
心がほわんとあったかくなる。
「マヌルさぁ・・・ん」
「~、行くわよ」
遠くにコウコウとタンタン、そしてもう1頭の子パンダが見える。
ああ、もう行くんだ。タンタンたちの姿が薄くなっている。
タンタンが「ありがとう」と微笑む。
同じ動物園にいたのに、何もできなかったな。
そんなことないわ、ありがとうと。
「ほら、タンタンが呼んでるぞ」
「ん・・・でも・・・ぼく」
行きたくない、ここにいたい。
行かせたくない。ここにいろよ。
でも、行かなきゃ。行かせなきゃ。
「・・・絶対行くからねぇ!!待っててね!!絶対だよ!!」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった子パンダの顔が、ぼんやりとマヌルネコの眼に映る。
もう会えない。ちくしょー
「ああ、待ってるから。絶対来いよ」
「絶対だよぉ!!」
子パンダは駆けていく。「まってー」と。
白黒のあの姿がゆっくりと消えていった。
「・・・絶対来いよな」
マヌルネコは背を向け、ピョンピョンと岩場を駆け、一番上に上り、寝たふりをする。眼から涙が流れていた。
タンタンが亡くってから、パンダ舎にはたくさんの人間達が花やお供えを手向けに来た。
中には何度も来る人間もいれば、たまたま来たお客には、そこで初めて、タンタンが亡くなった事を知った人間達もいた。
誰もではなくても、あの小柄なパンダの存在は大きかったのだ。
「もういないんだよな・・・」
マヌルネコは、天井から見上げる青い空に向かってつぶやく。
あの子パンダは今頃、タンタンに甘えているだろう。
おれのことなんて忘れてるだろうな。
フンと鼻を鳴らし、マヌルネコは自分を見に来た人間達を見た。
そんなこんなで、月命日もお別れ会も済んで、動物園は水曜の休園日を迎えていた。
マヌルネコは、飼育員が置いてくれた爪とぎ用の箱にいた。
「あーあ、つまんねーな」
おもしろくなさそうに、マヌルネコはつぶやいた。
その時、
「こんにちはー!」
聞き覚えのある子供の声が聞こえてきた。
振り返ると獣舎のあちら側に、あの子パンダがいるじゃないか。
「おまえ・・・」
子パンダがうれしそうに、はしゃいでいる。
「来たよ!ぼく、来たよ!!」
そばには、王子の山のかみさまがいた。
「どうしても行くと聞かないんだ」
かみさまが、子パンダの頭を撫でた。
あっちへ行っても、どうしても会いに行くんだと聞かない。
会いに行かせてと駄々をこねるので、困り果てたコウコウとタンタンは山のかみさまにお願いした。
”マヌルさんに会いにつれて行ってもらえませんか?”と。
「約束したでしょ?絶対行くって!」
あの頃のように、子パンダが笑いながら、はしゃいだ。
「おまえさ、めちゃくちゃだよ」
マヌルネコも笑う。ともだちに会えて、うれしくて。
「えへっ」
緑が深くなっていく。
獣舎の向こう側とあちら側。
子パンダとマヌルネコは、あの頃のように笑い合った。
「ごろごろパンダ日記 タンタン、ありがとう」が再放送されていて、また号泣。
まだしばらくはダメかな。身体はなくなっても、お嬢様の存在は大きくなっています。
ちょっとあたためていた、マヌルネコさんと子パンダの話をアップしました。
王子動物園に行くようになってから、色んな動物を見に回るようになりました。
一番好きなのはタンタンですが、あの園に行く度に好きになっていく動物たちがいるのも確かです。
これも、お嬢様が教えてくれた大切な思いのひとつです。
ただ、行くたびに感じるのは、園内の老朽化と獣舎の狭さ。市立ということもあるんでしょうけれど。
だけど、お金を出せばいいってものではない。
王子のあの空気は、あそこにしかないものです。
ずっと損なわないで欲しい。
<ひとりごと>
2回目の献花を終えた夜、夢を見ました。
白いもふもふの何かが、ぐいぐいと身体を寄せ付けてくるのです。
最初は何なのーと思ってたのですが、だんだん強く身体を
押してくるし、苦しくなってきて、目が覚めたのですが。
タケノコのお礼?だと思うようにしてます。
お気に召したましたか?お嬢様。
でも、マジで圧がすごかった・・・。