#4 『道化師』と『田舎騎士道(カヴァレリア・ルスティカーナ)』、その物語とは【作品解説・室田尚子編②】
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『道化師』〜心に闇を抱えた人たちの物語
『道化師』の台本は作曲者であるレオンカヴァッロ自身。彼はこの物語を、判事をしていた父親が実際に手がけた事件をもとにしている、と述べています。しかし、もとになった事件が記録に見当たらず、どうやら当時上演されていた戯曲からヒントを得たのではないかといわれています。
レオンカヴァッロは、物語が始まる前にプロローグを置き、そこで登場人物のひとりであるトニオに次のような前口上を歌わせています。
人間の真実を描くこと。それこそが芸術家の使命であるという、これは「ヴェリズモ・オペラのマニフェスト」ともいえる内容になっています。
第1幕。南イタリアのある村に、旅芸人の一座がやってきます。座長のカニオには歳の離れた妻のネッダがいます。孤児だったネッダはカニオに拾われ、今では一座で唯一の看板女優として人気を博していますが、嫉妬深いカニオに常に監視される生活。彼女は空を自由に飛ぶ鳥への憧れを語る鳥の歌「大空をはれやかに」を歌います。そこに背中にコブがあるために嫌われているトニオがやってきて彼女に愛を告白しますが、ネッダは鞭を振るってトニオを追い返してしまいます。入れ違いにネッダの不倫相手であるシルヴィオが登場。自分と一緒に逃げてほしいというシルヴィオとの情熱的な二重唱となりますが、それを目撃したカニオは激昂。ネッダに「男の名前を言え」と詰め寄りますがネッダは答えません。やがて芝居の時間がやってきて、傷心のカニオはこんな気持ちのまま道化師を演じなければならない自分の身を嘆くアリア「衣裳をつけろ」を歌います。
第2幕。芝居が始まります。ネッダが演じる道化師の妻コロンビーナは、夫の留守に伊達男のアルレッキーノと密会。そこにカニオが演じる夫の道化師が帰ってきます。芝居の中でコロンビーナが「今夜ね。そうすれば永遠にあなたのもの」と言うのですが、それが、ネッダがシルヴィオに言った言葉と同じだったため、カニオは芝居と現実の区別がつかなくなり錯乱。ついにカニオはネッダを刺し殺してしまいます。人々が恐怖の叫び声をあげて大混乱に陥る中、トニオが「これにて喜劇は終わりました」と告げて幕となります。このオペラの登場人物は皆、心の中に満たされないものを抱えています。その一種の「闇」が交錯する中で起こる悲劇、それが『道化師』の物語なのです。
『田舎騎士道(カヴァレリア・ルスティカーナ)』〜愛に翻弄される人たちの物語
前述の通り、ヴェルガの小説をもとにした『田舎騎士道(カヴァレリア・ルスティカーナ)』は、小説では脇役に過ぎなかったサントゥッツァが主人公。恋人のトゥリッドゥを探しに、彼の母親ルチアの居酒屋にやってきたサントゥッツァ。トゥリッドゥにはかつてローラという恋人がいましたが、戦争に行っている間に馬車屋のアルフィオと結婚してしまったために、彼女を忘れようとサントゥッツァと婚約。ところが、どうしてもローラのことが忘れられず、再び逢瀬を重ねる関係になっていたのでした。サントゥッツァはルチアに苦しい胸の内を告白するアリア「ママも知る通り」を歌います。
やがてトゥリッドゥがやってきますが、サントゥッツァの願いも虚しく彼女を突き倒して、ローラの後を追って教会に入っていきます。サントゥッツァは結婚前にトゥリッドゥと関係を持つという罪を犯したために、教会には入れないのです。ついにサントゥッツァは、アルフィオにローラとトゥリッドゥの関係を暴露。激怒したアルフィオは復讐を誓います。
ここで、オーケストラの演奏会などでもよく取り上げられる「間奏曲」が演奏され、次の場面へと移ります。ルチアの居酒屋で出くわしたトゥリッドゥとアルフィオ。アルフィオの様子からすべてを察したトゥリッドゥは彼に決闘を申し込みます。人々が去ると、トゥリッドゥは酒に酔ったふりをして、自分が死んだらサントゥッツァのことを頼むというアリア「お母さん、あのお酒は強いね」を歌います。トゥリッドゥが出て行くと、しばらくして、「トゥリッドゥが殺された」という悲鳴が聞こえてきて幕となります。サントゥッツァとトゥリッドゥ、そしてローラもアルフィオも、それぞれがそれぞれに愛する人を思い、その愛が運命を翻弄していく物語です。
文・室田尚子(音楽評論家)