1996年10月25日(金)《BN》
【六文銭:高宮 太輔・三島 邦夫・梅津 紗絵・新藤 麻乃・金尾 秀文・翁長 祐紀】
「えー、いないですよー」
笑顔で質問に答える新藤 麻乃の声を聞いていない素振りだった高宮 太輔の表情に一瞬安堵感が生まれた。ここは居酒屋『六文銭』。金曜日ということもあり、店内は大賑わいの状況である。15期冒険者として同じ舞台となった人類補完計画部隊のメンバーたちは親睦を目的として本日飲み会を実施している。この部隊は戦士が高宮と三島 邦夫、梅津 紗絵、罠解除士が新藤 麻乃、僧侶が金尾 秀文、魔術師が翁長 祐希という編成である。19時に飲み会を開始し、あらためての各自の自己紹介や趣味の話などでひとしきり盛り上がる。そして現在20時を少し過ぎた時間であり、今は全体ではなく何と無く前衛3人と後衛3人で会話を行っていたところであった。その中で、金尾が新藤と翁長に対して付き合っている男性がいるのかどうかを質問し、それに対して2人はいないと答えたのである。
「良かったな」
「え、何が?」
実は後衛3人の話に耳を傾けていたのは高宮だけではなく、三島もちゃっかりと話を聞いていた。冒険者試験開始当初から高宮は新藤に一目惚れ状態であり、当初の目的である試験に合格して同じ部隊になるという所までは達成している。だがその後は何も進展がなく、新藤に彼氏がいるのかどうかの確認すら出来ていなかったのである。だが事情を知らない金尾が話の流れでそのことを質問してくれたおかげで、彼氏がいないことは判明したのである。その回答は高宮を安堵させたが、そのことを知っている三島に突っ込まれたので一瞬動揺したのである。
「何が良かったのー、どうかしたの?」
2人の会話を聞いた梅津から質問をされる。この言葉に高宮は再度動揺したが、三島が平然と返事を返そうとする。
「いや、実はね」
「あ、今テレビの音声が聞こえて明日の天気晴れだって」
普通に質問に回答しようとした三島の言葉を遮って高村が少し大きな声で説明を始める。少し変な雰囲気になったので、後衛の3人も高村の言葉に意識を向けているようだ。
「ほら、明日熊本競輪に行こうかと思ってたから、天気気にしてたんだよね」
「へー、高宮くんって競輪するんだね。ちょっと意外」
頭の中フル回転で天気を気にしていた理由を考えて、やったこともない競輪を理由にしてみたが、それを聞いた新藤から感想の言葉が漏れた。この意外というのがいい意味なのか悪い意味なのか気になるところではあるが、何とかこの場は乗り切ったと感じた高宮は少し落ち着いてジョッキのビールを口に運んだのである。ちなみに有言実行が座右の銘である高宮は次の日律儀に熊本競輪場まで足を運び、人生初競輪を体験する。競輪場の異様な雰囲気に圧倒されながらもその面白さは感じることができ、趣味の1つに競輪が加わることとなったのであった。