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水に沈む前提の田畑~都市農業と治水~

中小企業診断士のフクダです。
先週、台風に伴う線状降水帯により、全国で多くの農業被害が出ました。
私の住むさいたま市でも、知り合いの生産者の畑が多数水没しました。
農業に関わるようになって十数年。梅雨時、台風シーズン、そして冬の降雪と、いつも天候被害にハラハラしながら過ごしてきました。
また、農業に関わるようになって初めて知ったこともあります。今日はそのお話。


都市を作るために守られた農地

「ここが水に沈むから、東京都民は水害から守られているんですよ」
台風の後、水に沈む田んぼを眺めながら、生産者に教えられたことがあります。

さいたま市から川口市にかけて、「見沼田んぼ」と呼ばれる緑地があります。面積は1260ha、首都圏最大級の大規模緑地です。

農業には農産物を生産する以外にも多くの機能がありますが、そのなかでも都市に大きな影響を与えるものが「保水機能」です。
田んぼ1反(1,000平米)あたり、約400立方メートルの水が入ります。これは、小中学校の25Mプールと同じくらいの量です。
見沼田んぼ全体の湛水(水を貯める)機能は約1000万立方メートルと言われています。
昭和33年の狩野川台風で、下流の川口市市街地が大きな浸水被害を受けたことをきっかけに、見沼田んぼの湛水機能が注目され、「見沼三原則」と呼ばれる農地開発規制が設けられました。
都市の水害を防ぐために、川が溢れたらダムとして水を溜められる農地を残したのです。

私は川口市の出身ですが、子供の頃(昭和50年代くらいまで)は、台風による浸水被害が何度かありました。その後、荒川の改修工事など多くの治水事業がなされたこともあり、現在、都市部の宅地ではほどんど浸水被害がなくなりました。これは、見沼田んぼの治水機能も大きく関わっていると思います。

「水に沈むけど耕作放棄地にしたくない」という矛盾

「見沼田んぼ」という名前の通り、元々この地域では水田と、水害や湿気に強い里芋などが作られていました。
しかし、このエリアは田んぼひとつひとつの面積が小さく、機械化・大型化が進む稲作農家からは敬遠されるようになりました。また、里芋も調理に手間がかかることから需要が減り、だんだん作る人も減っていきました。

今、見沼田んぼエリアのほとんどは野菜や植木か栽培できるよう、盛り土をして畑になっています。
盛り土をすれば、雨は低いところに流れるので畑の被害は防げます。しかし、盛り土をしていない部分には他から水が流れ込むのでグチャグチャになります。そんな条件の悪い場所は、代々の農家は手放してしまうので、県が買い取って農地として貸しています。

こんな農地ですから、なかなか借り手がつきません。
「年に何回か水に沈む可能性がありますが、格安で畑を貸すので農業をやってください。治水のための農地なので、盛り土はできません」
県の担当者も、すまなそうに説明します。
住宅だったらとんでもない欠陥住宅ですが、農地だとこれがアリなんですよね…

不利な畑を借りるのは新規就農者

私はこのエリアに畑を借りていますが、ほぼ毎年、台風シーズンになると畑ごと水に沈みます。
畑の浸水被害って、水が引けば大丈夫というものではなく、その後にやってきます。土の中の水分が多すぎて根菜が腐ったり、茎や葉が泥につかることで病気が出たりして、日数が経ってから全滅することもあります。
2019年の大型台風では、見沼田んぼの多くが水に沈み、1M以上も沈んだところがありました。
体験農園で、そこで生計を立てるわけではないのであきらめも付きますが、農業を生計としている人にとっては死活問題です。

そんな条件の悪い田畑を誰が借りてくれるのかというと、新規就農者とNPOです。
新規就農者で地元にツテがなく、なかなか農地を貸してもらえない人、この地域の環境を守るために農地保全を行っているNPOなどが、特に条件の悪い場所で農業をしています。
先週末の台風被害で、大きな浸水被害を受けた畑も、多くが新規就農者やNPOが管理している田畑でした。
しかし現在、見沼田んぼでは農地保全に取り組んできたNPOのメンバーが高齢化し、田畑を継ぐ人がいないという問題が深刻化しています。

守られている都市住民と一緒に考えていこう

私は生まれたときから埼玉に住み続けて、治水の恩恵にもあずかってきました。しかし、こういった問題があることを知ったのは農業に関わりはじめてからです。ほとんどの都市住民は知らないでしょう。

治水のための農地を、農業生産のビジネスとして維持していくには無理があります。また、農地を借りるにあたって、体験農園としては借りられないなど、使いにくい、ハードルが高いと感じる部分もあります。

日本中で耕作放棄地が増えるなか、「後継ぎのいない、条件の悪い農地なんて自然に返してしまえばいい」という意見もあります。確かに山間地などは、どうやっても自然に返すしかなさそう、と思う場所もあります。

一方で、こういった農地には、農業生産や保水以外にも多くのメリットがあります。
たとえば生態系の維持。NPOが有機栽培で20年以上も続けてきた田んぼもあり、豊富な自然と生態系が残されています。オオタカもカワセミも、タマムシもナナフシもいます。
田植えや体験農園など、観光資源、食育の場としても使われます。

管理ができなくなった耕作放棄地には獣害が発生したり、産業廃棄物などか不法投棄される可能性があるため、税金を使って草刈りなどの管理を続けるコストが発生します。

このような農地の問題について、知らない都市住民に協力してくれと言っても無理な話です。
私の住むさいたま市内でさえ、農業と全く関わりを持ったことがない住民が大部分です。
まずは自分の周りから、農業に興味を持って、この問題に関わってくれる人を増やしていきたいと考えています。

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