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【4クマ目】吾輩は白クマである〜酒を讃むる歌〜


生ける者 遂にも死ねる ものにあれば
この世にある間は 楽しくをあらな ー万葉集(大伴宿禰旅人)


血というものは争えない物である。

主人の風貌、電話の声、雰囲気は
母親譲りで、
誰がどう見ても親子関係と分かるほど。
母親のアンチエイジングの賜物で、
一時は年の離れた姉妹に間違えられていた。

しかし、性格は正反対で
そちらは父親にそっくりなのである。

母親曰く、父親が女性になった姿が主人だと。


食の嗜好
お金の使い方
エアコンの温度
小説の趣味

そして何よりも酒好きのところだ。

父親こそ、お酒は底なしに飲めるタイプで
サラリーマン時代は
毎日の様に仕事帰りに飲みに行った上に
家に帰ったら軽いつまみで
飲み直すのが日課だった。
周りの人間の予想通り、糖尿病を患い
今になって
節制した食生活を余儀なくされている。

お酒への愛は計り知れないが
主人は父親ほどお酒は強くは無い。
もちろん、世間一般的には強い方なのだが。

主人は一人飲みが趣味である。
行きつけのお店で
軽く店主と会話を楽しむこともあれば
家でも小説を読みながら嗜むのも好きで、
つまりは気軽にお酒が飲めれば
スタイルは問わない。

お気に入りのお店を探し、
店主と仲良くなり常連認定される早さは
一種の才能だと思っている。

また変な所で律儀で
一軒寄ったら、
近くの店にも顔出さないといけないという
謎の使命感を持っており、
それ故、帰る頃には千鳥足である。

住んでいるマンションは2階。
階段から転げ落ちるか時間の問題かもしれない。


自分のお金でお酒を嗜める様になってから
飲み仲間というのは
会社や学生時代の同級生やサークル仲間とは
違う感覚なのだろう。

仕事、学校、アルバイト、ママ友、
少なからず顔色を伺ったり、
それ用の仮面というものを
誰しもが持っている。

それらから解放される場。
その場で出会った
名の知れぬ戦友たちが集い、
労い、しかし踏み込みすぎず
他愛のない話を、時に深い話を語り合う。
酒好きなら
それが生き甲斐としている人間は多いはずだ。

戦力外であろうと主人も社会人だ。
いくら呆れ果てる人間でもこの楽しみを
奪う気になれない。


つい先日の事。
いつも通り
行きつけの串揚げ屋さんに顔を出す。

そこは家から最寄りの飲み屋のはずなのに
帰りは必ず深夜になる。不思議だ。
(嫌味である)

店員の数人とは
プライベートでも
飲みに行ったり遊びに行くほど仲良い。
この前もその一人と音楽フェスに行き
季節は春なのにうっすらと日焼けをして帰って来た。

まぁ、楽しい時間を過ごしたのだろう、
かなり上機嫌で帰って来た。
いつも通りだがこの調子だと
2、3軒ハシゴして来たとみた。

しかし今回はひどく酔っていた。
歩けば壁にぶつかり、
食器用洗剤で手を洗っていた。

いつもなら最低限
歯を磨き、化粧を落とし
洗顔だけは済ませてから就寝させている。

だが声もかけられない程の
ご機嫌モンスターで
面倒なことになりそうだったので
あえて声をかけなかった。

かろうじて歯は磨いた様だが、
化粧落とさないで就寝した。大罪だ。

しかも姿は半裸。
パンツ一丁、いや、


パンティ一丁で主人は爆睡したのだ。


マネの【オランピア】
アレクサンドルカバネル【ヴィーナスの誕生】
ゴーギャンの【果実を持つ女】

様々なヌードと言われる
素晴らしい絵画を見て来た。
引き合いに出すのが大変愚かだと思うが、
こんなにも醜く、
色気を感じないヌードがあっただろうか。

もし僕がこの状況を絵画を描くならば
タイトル【酒に溺れる醜女】にしよう。
目も当てられない。

そんな悪夢な状態でも
僕は眠りにつく努力をした。
しかし、早朝に主人の不快な咳で目を覚ます。

これだから酔っ払いは…とはと
僕の嫌悪の目線に気付かず主人も起床した。


その日は休み。
前日は一応仕事がない日に合わせての行動らしい。
だからと言って感心には値しない。

化粧落とし洗顔を済ませ、
インスタントのしじみの味噌汁で
簡単な朝食を済ませる。
軽く頭痛がするものの、
そこまで二日酔いを引きずっていなかった。

予定もないので、
夜まで風呂には入らず、
家でゆっくりする予定の様だ。

しかし、
まだ夏が来ていないのに真夏日が続き、
仕方ないは仕方ないが、
起床してもパンティ一丁の姿だった。


見慣れるというもは怖いもので、
時間が経てば何も動じなくなる。
それは人間も白クマも同じなのだな。と思う。


小説を読み、台所の掃除をし、
果物を食べながら動画を楽しんでいた。
とても他人や、
本来なら家族にも晒してはならない
犯罪ギリギリの姿で休みを満喫している。

そんな中、
主人が珍しく狼狽える状況がやってくる。


酒飲みはよくあることなのだろうか。
翌日は決まってお腹が多少緩くなる。

会社ではどうしているか分からないが、
家にいれば複数回トイレに篭ることがある。

それによって特に衰弱している様子はないので
きっと儀式な様なものだろうが
主人はこの生理現象を
【二日酔いの終わりの始まり】と呼んでいる。

くだらない。トイレだけに。


何度目かのトイレに引きこもっていた時、

一瞬重力が一気に重くなった。
地震である。
隣の住人は慌てて玄関の扉を開けていた。
後で確認したら、住処が揺れやすいのか、
感じた程震度は高くなかった。

しかし問題は
現在トイレの主として
君臨している主人である。


バタバタバタバタバタ
間違えなく主人が慌てている音。

パンティ一丁の主人がリビングに戻ってくる。

地震の間、
パンティ一の件を忘れかけていたので
またその姿で再登場した時は
『ああ、そうか』と
不思議と冷静に状況を捉えた。


一周回って冷静になった僕とは逆に
主人は動揺していた。

お隣が玄関の扉を開けたことに
気づいたらしく、
お互いの安否を確認する為に、
扉を開けようとしてる。


待て待て待て待て待て。
今外に出たらお縄だ。

それ以前に急に醜態を見せつけられる
お隣さんの気持ちになってみなさい。

僕は必死に止めた。
チェーンロックを外す手前で
我に帰ってくれた。
心底安堵した。

事態が落ち着いて、
主人はまたトイレに戻って行った。

先ほど慌ててトイレから出て来た時、
排出行為のどの段階だったのかは
怖くて聞けなかった。


しばらくして
お腹の調子も戻りトイレの主も引退を迎える。
先ほど慌てぶりなど5分で忘れ、
パンティの休日を再開した。

それと同時に飲酒を開始する。

起床時、
『もう酒は飲まねぇ』
いにしえ時代からの小ボケをかましていた。
いつまでもツッコむと思うなよ。


恐らく昨日飲んでいた時と
同じテンションで
酒を飲みながら流暢に話す。

いつもなら趣味の話などもするが
その日は仕事の話が中心で話していた。

仕事姿を実際に見ているわけではないが
きっと主人は言われやすい人間なのだ。
珍しく、愚痴だった。

誰かと一緒に飲む際は楽しい話のみで
仕事の話をしないのが
主人の晩酌の流儀なのだが
きっと一人で飲んでいる時に発散する。

間違いなく
仕事や、己と闘いながら日々を過ごしている
人間にとって酒を嗜むことは
苦労から解放する場であり、
明日への狼煙になるのであろう。

家族のために働き、よく飲み、
また戦場の様な職場に
毎朝通勤する父親と同様、
主人も立派な闘うサラリーマンなのだ。
(あえてOLとは言わない。)

人間の命には限りがある。
そして思ったより短い。

人生には理不尽なことや、
どうしようも無いこと、
思い通りにいかないことの方が多い。

そんな中でも
日々に彩りが加えられるなら、
少しでも楽しいものになるなら、
お酒も悪くはない。

しかし、今の主人の飲み方は
父親と同様、糖尿病の最短ルートである。

その限りある命を短くしない為に
もう少し健康にも目を向けるべきだ。

まぁ今主人に出来ることは
たまに休肝日を作ることだろう。

あとは、
例えば、もう少し色気のある姿になる為
ダイエット…もか。

主人を機嫌を損ねないタイミングで
提案しようと思う。


今朝も主人はしじみの味噌汁を飲んでいる。
幸いにも服をちゃんと着ていた。

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