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NO51 心療内科 付き添い

   10月30日(水)

   あかねと玲香が昼食の用意をしていると心療内科から電話が入った。
なんでも、先月 お父さんは心療内科へ通院に行っていないようだ。
言われてみれば、お父さんが勝川にいた時は大曽根まで付き添っていたが
老人ホーム[サ高住]へ入れてからは連れて行っていないのだ。

「そうだったわ よわったわね・・・れいちゃん、悪いんだけど、
今日 お父さんを大曽根の心療内科へ連れて行ってもらえないかしら」

「おじさんを心療内科へ送迎すればいいのね いいよ、任せておいて・・・
先月、行っていなかったんだ、それっておじさんが悪いんじゃなくて
お姉さんが忘れていたって事じゃないの」

「ね、困ったものね 私も認知症かも知れないわね」

あかねはお父さんに電話をすると、すぐに出た。

「あら、お父さん どうしたの スマホしていたの」

「ときさんを朝から見ていないから、
電話をしようかどうしようか悩んでいたんだ・・なんだ、何か用か」

「お父さん、先月、心療内科に行っていないでしょう」

「なんだ、その信用しないかって、
そうだな、あかねのことなんか、なんにも信用しとらんわ」

「だれが信用していないって言っているのよ、そうじゃなくて、
病院へ先月行っていないでしょう」

「どこの病院だ、病院なんか行った事など無いぞ」

「ハァ、まぁいいわ、今日、夕方、れいちゃんが迎えに来るから、
おとなしく部屋にいてよ」

「夕方、どこに行くんだ、あかねは来ないのか」

「私はお店があるから行けないの 
その代わり、お父さんの大好きなれいちゃんが行くから、
そうだわ、スタップの人に・・・あ、ま、いいわ 
私が電話をしておくわ・・どこも行かないでよ そこにいてよ」
その後、老人ホームに連絡をして事情を話し、
今日の夕食は外してもらった。

夕方四時半、玲香は久しぶりの愛車に乗ってお父さんを迎えに行った。

「こんにちわ、お父さん」

「えぇと、何処かで見た顔なんだが、失礼だがどなただったかな」

「えぇ、やだ、お父さん 私よ わたし お父さんの娘じゃない」

「まて、そんなかわいい子、家にはおらん
ブスの鬼のような娘はいるが・・・本当に娘か?」

「そう、あかねお姉さんの妹じゃない」

お父さんの居室には40インチのテレビに小型の冷蔵庫が置かれていた。

「ねぇ、お父さん、前に来た時テレビも冷蔵庫もなかったけど・・・」

「いつだったかな、昇平が持ってきてくれたんだ。
テレビは大きすぎないかな」

「お父さん、ときさんと見るから大きいのがいいって言ってなかった
ねぇ、お父さん、翔平じゃなくて修平さんだよ」

「そうだったかな、テレビを見ていると翔平 翔平ってうるさいもんで、
すぐに翔平になる、テレビが悪いんだ!」

「あぁ~大谷翔平ね そう、そうなんだ 
うん、テレビが悪い、お父さんは悪くない」

「そうか、そうだろ、悪くないよな、
ところで、よう分からんが、どこへ連れて行ってくれるんだ」

「いいから、乗って・・・」
玲香はジャージ姿のお父さんを赤いマツダ2に乗せると
大曽根の心療内科に連れてきた。

予約をしてあったのですぐに診察室に通された。
ドアを開けると女性のお医者さんが待っていた。
診察室と言うより応接間だ。
玲香は、ドアのすぐ横に小さな椅子があり、そこに座るよう指示された。
その奥に大きなソファーがある。
そこにお父さんが座ると先生が机越しに挨拶をされた。

「こんにちわ!お名前を教えて頂けますか」

「中西太一郎です」

「では、ご住所もお願いします」

「住所って、勝川か、老人ホームは知らんぞ」

「では勝川の住所を教えて頂けますか」

「春日井市勝川町7の18だ」

「今朝は何を食べられましたか」

「なにをって、いつも一緒だ 
パンとトマトジュースとポタージュとサラダ」

「昼食は何を食べられましたか」

「ご飯と味噌汁とおかずだ」

「おかずは何でしたか」

「まずくて覚えておらんわ」

「そうですか、中西さんのお好きな食べ物は何ですか」

「先生、わしは入れ歯になってから固いものが食べられなくなった」

「そうですか、では、好きだったものも食べられなくなったのですね」

「そうだ」
「はい、中西さん、今日の診察はこれで終わりです
お薬を出しておきますので必ず飲んで下さいね」

先生は玲香の元に来ると

「以前よりかなり良くなっていますよ、
軽度認知障害で記憶障害は多少ありますが、
以前より生きる張りが見受けられます
テンポ良くお話もされますし
ハッキリした口調で物事を話せていますので、
何か良いことがありましたか」

玲香は先生にお父さんは老人ホームで恋をしているようだと話すと、
それは一番の薬だと言って笑っていた。

玲香はあかねから老人ホームに帰ってくる頃には
夕食が過ぎているだろうから何処かで外食をして
お父さんを送り届けるようにと言われていた。

老人ホームに帰る途中、星ヶ丘と一社の間に紳士服の青木が目についた。

お父さんは先日、ときさんと愛知県芸術劇場に行った時、
このジャージ姿で出掛けたというのだ。
これではときさんがかわいそうだと思い、
玲香は紳士服の青木でジャケットとズボンを買うことにした。

「玲香、この、チェック柄がいいのだがどうかな」
お父さんはルンルン気分だ。
玲香は車の中で、娘なのだからレイカって呼べと行って
何度も復唱させていた。

「お父さん、格好いいわよ、これなら、ときさんも嬉しいんじゃないかしら
あと、スラックス、お父さん 靴も売っているよ」

結局、上着上下 靴 ダウンシャツなど一揃いを買った。
外に出ると紳士服の青木の並びに和食麺処サガミが見えた。

「お父さん、あそこのサガミで食事しようか」

「いいのか、サガミなんて何年ぶりだ」
玲香は味彩御膳を頼むとお父さんはとろろそば御膳を注文した。

「玲香、今日はありがとう・・本当に娘なのか・・・あかねはいらん、
これからは玲香が毎週来てくれると嬉しい・・
服 高かったろう八万いくらって言っていなかったか、
お金はどうしたらいいんだ」

「何言ってるの、娘がお父さんに服を買ってあげたのに・・・
お金をもらったらどうなるの 罰が当たるわ」

「そうか、お金はいいのか」
お父さんは嬉しくて玲香の右手を取ると両手で握った。
「柔らかい手だ・・やさしい手だ・・ありがとう」
料理が運ばれてきた。

「お父さん、とろろが好きなんだ?」

「いや、とろろは噛まなくても食べられる
固いものが食べられなくなったから、こういう料理が丁度いい」

「そうか、心療内科でも、そう言っていたもんね」

「しかし、なんだ・・家内が死んでから
もう、6年か、
わしは、ずーと一人で生きてきたから、寂しいやら悲しいやらで・・・
実は生きていくのに疲れていたんだ。
あかねはお店を開けてからは、殆ど、家にも帰ってこなかった。
それで顔見たさに わしが、一度、あかねのお店に行ったら、
じゃまだからって、早々に追い帰されてな、悲しかったな~
たまにあかねが帰ってくると、部屋が臭いだの、
風呂が汚いだの、口うるさくてな
だったら、家に帰ってこいって言ってよく、けんかをしたもんだ。
めしもほとんど、あそこのローソンで弁当を買ってきて食べていたんだ。
いつだったかな、本当に死にたくなって、あそこの矢田川で死のうと思って
河原まで行ったんだが、川に水が殆どなくてな、途方に暮れた。
夕方、道に迷って、あの時、どうやって帰って来たのだろうか?」

「お父さんも寂しかったのね、
あかね姉さんも、一人で生きていくのに精一杯で、
いや、私も春樹も修平さんもみんな、
自分の事だけていっぱい、いっぱいで余裕なんて、どこにもなかったから
あかね姉さんもお父さんのことまで頭が回らなかったのよ
ごめんね これからは玲香がお父さんを大切にするからね」

「なんで、もっと早く玲香に会えなかったんだ。
わしは生きていて良かった」

サガミで食事を済ますと

お父さんを老人ホームに送り届けたのはPM8時をまわっていた。


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泉 春樹
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