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NO50 タクシー騒動

10月28日(月曜日)

名古屋の街は選挙も終わり思いのほか静かだ。
春樹は今池辺りを流していた。
考えてみると、今月は10日しか仕事をしていない。
仕方の無いことだが、給料日が恐いと思った。
こんな事を玲香に口走ったら、
また、話がややこしくなると思いながら苦笑いをしていると、
手が上がった。
少し大柄な男性だ。顔が赤い、
タクシーに乗り込むやいなや、ナビを入れろという。

「おい ナビ入れろ ナビ  いいか  春日井市宮町3の26だ」

「 はい、ありがとうございます、お客様 シートベルトをお願いします」

「アホか、シートベルトなんかしたら眠れんだろうが、早く出せ」

春樹はイヤなお客を乗せたと思った。こんな時は、黙って早く送り届けた方がいい。ナビに従い、19号線をひたすらまっすぐ行く。
すると、お客がのそっと起きてきて、ここはどこだと聞いた。
春樹はもうすぐ302号線を超えますがと言うと、
次の信号を左にまわれという、

「お客さん、この信号を左に回ったら、すごく遠回りになりますよ」

「お前、俺の言う事が聞こえんのか、左って言ったら左だ」

春樹は何処か、寄るところがあるのかもしれないと思い、
黙って左にハンドルを切る。しばらく走ると大きな交差点が見えてきた。

「お客さん この信号はどのように・・・・」

「ここはどこだ」

味美あじよしって書いてありますが」

「なんで、そんな所、走っているんだ、お前、遠回りをしてるのか」

「だから、19号を左にまわったら遠回りになるって言ったでしょう」

「なんだ、お前、その口に聞き方は、お客に向かって言う言葉か・・
お前 何処のタクシーだ なめてんじゃないぞ」
最悪なパターンになってきた。
「どうも、申し訳ありません、では、ナビ通り走りますので・・・」
お客はいつまでもブツブツ言っている、
春樹はそれを適当にかわしながら目的地に着けた。

すると、今度は遠回りをしたからお金は払わないと言って
運転席の座席の後ろを蹴っている。
春樹は車から降りると後ろのドアを開き、

「おい、座席を傷つけてないだろうな、
傷を付けたら弁償してもらうからな」

「なんだ、お前、偉そうに、それがお客に言う言葉か」

「ふざけるな、金を払わんって言っている奴が、何がお客だ、金払ってから言え」

すると お客が春樹の顎を叩いた、下からアッパーをした感じだ。
春樹はこれを持っていたのだ。大きな声でわめく、

「殴ったな、イテテテテ 痛いじゃないか、殴ったら暴行罪だぞ
今だったら、許してやるからメーター料金を払え」

「お前 なんだ さっきからその態度は、どこのタクシー会社だって・・
会社に電話しろ」

「じゃ、その前に警察に電話するからな」

「はい、110番ですがどうされましたか 事件ですか、事故ですか?」

「私はタクシーの運転手ですがお客に殴られました。とても、痛いです」

「救急車、必要ですか」

「いえ、救急車は必要ありません」

「はい、住所は春日井市春日井市宮町3の26です」

5分もしない間に3台のパトカーがサイレンを鳴らして飛んできた。
春樹は内心、そこまでしなくても1台でいいのにと少したじろいだ。

警察官が全部で8人いる。 半数は春樹に寄り、事情を聞く
後の半数はタクシーの後部席に座っている男に事情を聞いていた。

「殴られたんですね どの辺りですか」 春樹は顎辺りを指さす

「どのように」

「はい、あのお客が、遠回りをしたのでお金は払えないとか、
お前の態度が悪いとか言って
運転席の座椅子を足でバンバン蹴るものですから、
私は車から降りて後ろのドアを開け、座椅子に傷がついていないかを確認しながら、
車内のものを壊したら弁償してもらいますよって言ったら、
お客は私の顎をめがけてアッパーパンチをしました
これらはすべて車内カメラに映っているはずです」

「それでお金は頂かれましたか」

「まだ、もらっていません」
すると、向こうであの男が大きな声で怒鳴っている

春樹の話を聞いていた警察官が、男の方に行って何やら話をし出した。
そして、春樹に来るようにと、手を上げておいでおいでをしている。

春樹が車の所に来ると支払をしてもらえるので
いくらかなと警察官が聞いた。
7500円お願いしますと言うと、男は1万円札を出した。
お釣りを返し、車に乗り込もうとした時、
また、あの男が若い警察官に土下座をして謝れと言っているのだ。
どうやら、鉾先ほこさきは警察官に向いてるようだ。

若い警察官がどうしたのかは、よく分からないが、
2人の警察官が男をなだめ
若い警察官を男から引き離した。
男はまだ肩をゆらして、警察官たちにかみついている

その若い警察官の上司が春樹の所に来て、こういうやからを野放しにしておくと
また、運転手さんたちに迷惑がかかるので被害届を出されてはどうかと言ってきた。

実は春樹はタクシー運転手と警察官の関わりをイヤというほど体験をしているのだ。通常、お客がお金を払ってくれないと110番しても、
警察は本腰を入れてくれない

パン屋さんでパンを一つ盗めば、泥棒と言う設定ですぐに駆けつける。
また、お金を持っていなければ、無銭飲食になるのだが、
タクシーに対しては、本当に支払い能力が無いかぎり、
無賃乗車にはならないのだ。

それは、お客さんが料金を払わないという理由の一つに
運転手が遠回りをした。あるいは事故を招くような横暴な運転をしたなどの
タクシー運転手として商品にならない運転をしたと言うことであれば、
たしかにお金はいただけない。
そういう意味も含めて警察の対応はいい加減になる、
仕舞いには介入できないと言って相手にされなくなるのだ。

ところが、殴られたと言うことであれば、話が全く違ってくる。
暴行罪 傷害罪が成り立つ、警察官は法に基づいて駆けつけるのだ。
つまり、春樹はそういう体制を作りたかった。
でなければ、お金ももらえなくなる。

そして、事は春樹の思い通り動いたのだ。
また、被害届を出す気など最初からサラサラないのだ。
被害届を出すと言うことは、最低でも2時間は要する。
過去に苦い経験をしている。時間の無駄なのだ。
もし殴られて、医者が全治3か月の診断をするのであれば
春樹はすぐにでも被害届を出しただろう。

きっと、若い警察官も悔しかったに違いない。
しかし、人間は自分の都合でしか動かないものだ!


あかね お父さんに連絡

あかねはお父さんに電話をした。

「おとうさん、起きていた?」

「おう、どうした、そう言えば、昨日来たんだってな」

「そうよ、せっかくお父さんに会いに来たのに
ときさんと水谷千重子のコンサートに行ってきたんだって?」

「ときさんがチケット2枚あるから、一緒に行かないかって・・・」

「良かったわね ときさんが自分でチケット買ってきたのかしら」

「なんか,娘さんが持ってきたらしいぞ、
なんか、言っていたけど、よう分からん」

「なにか、お礼しないとね」

「何、言ってるんだ、わしは昼飯も出したしタクシー代も払ったし・・・」

「お父さん、そういう問題じゃないでしょ、誘って頂いたお礼よ
まぁいいわ
ねぇ、お父さん、昼食はどこで食べたの」

「なんか、屋上のレストランでわけのわからんもん食べてきた」

「ときさんが連れて行ってくれたのね」

「あぁ、なんだっけな、え~と
ギャングがいるとかいないとかアル・カポネだったかな」

「なにそれ、」

「だから、ようわからん ナイフやらフォークやらで食べたけど何を食わされたのか・・・ときさんがおいしいでしょうって言うから、
おいしい、おいしいって食べてたけれど、何が美味しいのか・・・なんか、変なもんが入れ歯に挟まって往生したわ」

「洋食なんて食べたことないものね、そう、大変だったね」
あかねはお父さんがモタついている様子が想像できたのか、
ずーと笑っていた。

「じゃ、切るぞ」

「まってよ、まだ、何も話もしていないのに・・・
今度の日曜日は、どこも行かないでよ・・聞いてる?」

「日曜日にならないと分からん」

「だから、そうじゃなくて、
いいこと お父さん、今度の日曜日は、私たち4人で行くから、
あ、そうだわ・・
修平さんが何か作って持って来るから楽しみにしていてね」

「修平君が・・・なぁ、わしは修平君が
前に作ってくれた魚の揚げたのがあったんだが、それが食べたい」

「魚の揚げたの? 修平さんに聞いてみるけど」

「それから、ときさんが佃煮がおいしいって喜んでいたからそれも、あとビール」

「わかったから、どこへも出掛けないでよ わかったの?」

「おう、わかった」


愛知県芸術劇場 10階

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泉 春樹
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