NO63 イヤな一日
11月25日 {月曜日}
PM23時、錦で、30歳くらいの女性が乗ってきた。
大きなキャリーケースを引いている。
春樹は車から出て、そのキャリーケースをトランクに入れた。
かなり重い。荷台へ持ち上げるのが大変だった。
「運転手さん、記念橋へお願い」
「ありがとございます、新堀川からでいいですか」
「えぇ、そうしてちょうだい、あら、運転手さん、いい男ね」
春樹はそれには答えずに記念橋へ向かう。
「その路地を左へ曲がって、そこの4階建てのマンションに付けてもらえる
そう、そう、財布がキャリーケースの中だから出すのが大変、
悪いけれど、部屋までキャリーケースを運んでもらえるかしら、
手間賃添えるからお願いね
あ、この辺、物騒だから鍵をかけておいた方がいいわよ、
部屋は2階のこの階段を上がった正面201号室なの、
私 ちょっと鍵を探すから、先に上がっていて・・お願いね」
春樹は、めいいっぱいの力で重いキャリーケースを2階に上げた。
女性がドアの鍵を開けて、先に入れと言う。
その時、春樹は、なんだかおかしいと思った。
車の中にいた時は、分からなかったが、よく見ると、体つきが男だ。
確かに整形はしているのだろうが、男は男だ。
今は声まで整形できるようだ。
玄関先にキャリーケースを置くと
「運転手さん、ここじゃ、都合が悪いから中まで入れてもらえる」
春樹は仕方なく靴を脱いで、部屋にキャリーケースを持って行った。
横に置いて、これで良いかと聞いた。
「運転手さん、珈琲がいい、紅茶が言い、昆布茶もあるけど」
「いや、気持ちだけで結構です。仕事がありますので」
「そんな事を言わないで、お座りなさいよ、おなか空いていないかしら」
「本当に結構ですので・・・」
と言うと、おかまは春樹の腕を取り、ソファーに座れという。
春樹は、やばいと思って、腕を振り切って部屋のドアを開けると、
一気に外へ逃げ出した。危なかった、
春樹は、車を出すと、お金をもらい損ねた事に気がついた。
とは言え、今更、取りに行くほどの気力はなかったのだ。1,850円赤字だ。
アホクサと思いながら、仕事をしていると、
住吉で、豊田のお客さんを拾った。豊田と聞けば1万円は確定なのだ。
坊主頭の大柄なお客さんだ。
どてらって言うのだろうか、黒茶の羽織を着ている。
春樹は、お客さんの言うとおりにナビを入れると、
東名高速道路を使って豊田へ向かった。
豊田東ICで下りるとナビがクルクル回り出した。
ジャイロセンサーが悪いのかGPSが高架の下で磁気が発生しているのか、
よく分からないが、何しろ方向が分からない。
春樹はお客さんにICから出た信号をどちらへ行けば良いのか伺った。
「お客様、この交差点は右 左 どちらへ行けば良いのでしょうか」
「ナビを入れただろう、なんのためにナビを入れたんだ」
「すみませんがお客様、そのナビが左右に回転をして方向が分かりません、この場所にGPSの不具合が起きているようです。教えて頂けませんか?」
「安いナビを使っているからだ。私が道を教えると言う事は、
当然、料金は安くなるのだろうな、半額になるなら教えてやる、
おい、遠回りすると、金は払わないぞ」
「と言われても、せめて、この信号だけでも教えて頂ければ、きっとすぐにGPSは治ると思うのですが・・・」
交差点で車を止めて、お客さんと話をしていると、インターから下りてきたトラックがじゃまだと言ってクラクションを鳴らす。
春樹はやむを得ずにハンドルを左に切った。
「おい、左に曲がってどうするんだ、遠回りをするのか」
春樹はとりあえずナビの目的地を調べると大秦寺となっている。
このお客は寺の坊主だと思った春樹はお客さんに言った
「お客さんは大秦寺の和尚さんですか」
寺の坊主はびっくりしたのか
「なにを言っているか、私は、そんなお寺はしらん。家はその隣だ」
と言って、急におとなしくなった。ナビも直り大秦寺近くに来ると、
ここでいいと言って、素直にクレジットで精算をして下りていったのだ。
ついていない時は、本当にイヤな事が重なるものだと春樹は思った。