NO83 修平のタクシーへの想い
12月27日 [金]
今年最後の金曜日だ。春樹は今日も先週同様、忙しいと心していた。
夕方18時にタクシーを作動させる。
そしてアプリのタブレットを設定した途端に配車指示が入った。
その内容は、ここから5km先まで迎えに行けというのだ。
メーターを入れて5km先まで行ったら、
楽に2000円は超える距離だ。
もし、仮にこのお客さんが
ワンメーターのお客さんだったとすれば泣くに泣けない。
もう、その日はアプリを取るのは止めようと思うのだ。
このアプリにはキャンセルのボタンが無いアプリだ、
歯を食いしばって迎えに行くしかない。
行くと案の定、お迎え料金200円を入れて880円のお客さんだった。
春樹の顔がゆがむ、初っ端からこれだ!やる気が失せる。
落ち込んでいると、信二から電話が入った。
「おぉ、信二 どうした」
「春樹さん、聞いて下さいよ、もう、やってられないですよ
本山にいたら天白の原まで迎えに行けだって、7~8KMはありますよ
ふざけていますよ!」信二もかなり参っているようだ。
「おれも今、5km先まで迎えに行って880円を終えた所だ、
本当にな、やってられないな~、信二、お前、悪運強いから、
そこから錦だったら4,000円は出るぞ、へばるな、頑張れ!じゃ~な」
春樹は信二も一緒かと思うと、少し心が軽くなった。
結局、アプリが運転手を遠くへ飛ばすので、みんなが取らない、
誰も取らないので、もっと遠くまで飛ばされる、
つまり、忙しくなって来たら
アプリは取ってはいけないという結論になるのだ。
修平がいつも、口癖のように春樹に言っていた事がある。
配車をする側と配車を受ける側では、落差がずいぶん違う。
配車をする側は常にお客さん側に立っている。
運転手がどうであろうと知った事では無い。
配車を受ける側は何でもかんでも、
仕事を受ければ良いと言うわけではない。
割の合わない仕事も多数あるのだ。
まして、タクシー運転手の給料は歩合制である。
つまり、ロスタイムの多い仕事は避ける。
お迎えに行くのに距離が遠ければその分、無駄な時間を費やす事になる。
待ち時間が長ければ、それもまた時間の浪費だ
1時間、3000円の売り上げを作ると、
給料に跳ね返るのは、大体その35%=1,050円が時給になる。
1時間に500円の仕事が一つしかできなければ時給165円と云う計算になる。
だからこそ仕事を選ばざるを得ないのだ。
しかし、配車をする側にとっては、そんな運転手の給料などどうでもいい。
問題はお客さんに早くタクシーをまわす。それだけである。
つまり、端から噛み合うわけが無いのだ。
今度、GOOが相乗りのアプリも始めるが、
日中は兎も角、
気狂い水を飲んだ酔っ払いを闇雲に相乗りなど通用するわけがないのだ。
また、中国では無人タクシーが話題になっているが、
それらはすべて日中でのまともなお客に対する営業である、
老人の病院送迎や観光客相手の営業には必要性を求める一方で、
酔っ払いには、まだまだ問題が多すぎる。
タクシーの売り上げはその2/3が夜の営業にある。
無人タクシーの中でゲロを吐いたらどうなるのか?
無人タクシーの中で忘れ物をしたらどうなるのか?
無人タクシーの中で寝てしまったらどうなるのか?
修平はできるわけがないと思っている
だからこそ、夜を制したタクシーこそが覇者となるのだ
修平は、その気狂い水を飲むお客を増やす事で
夜の街を繁栄させて行くにはどうあるべきかを考えていた。
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遅がけのクリスマスプレゼント
修平はあかねにダウンより毛皮の方が似合うと言った手前、
それで知らん顔をする事が遣る瀬無くなっていた。
とは言うものの、買ってやるから見に行こうとも言えない。
それもまた、いやらしいのだ。
そんな時、玲香が修平に言った
「お兄さんさ~おねえに毛皮を買ってあげるんじゃないの」
「そんな事を言った覚えはないがな」
「だって、『毛皮の方が似合う』って言うって事は
毛皮を買ってあげるって事じゃないの」
「あかねがそう言ったのか?」
「そうじゃないけど・・・・・でも、ダウンジャケット
おねえも欲しそうだったよ」
「そうか、私も気にはしているんだが、買いに行こうとは言えん、
なんか、いやらしくてな~」
「だったら、今日、いつもより早く出て、
松坂屋に寄って、それからお店に行けばいいじゃない!
私はおねえに『買い物に付き合って』って誘うから~
それで、たまたま毛皮のお店があったので、ちょっと入ってみると、
おねえがもし、気に入った服を見つけたら、
お兄さんがそれを買ってやるって云えばいいじゃない。
きっと、おねえ 泣いて喜ぶと思うな」
「そんな上手くいくか?それに毛皮って高いんだろ
ン十万って言われても無理だからな」
「お兄さんは、いくらまでなら出せるの」
「そうだな、3万円くらいなら~どんなに頑張っても5万円以内だな」
「分かった、私、上手くリードするから、ねぇ、買いに行こう!」
修平は玲香に上手く乗せられてしまった。
夕方、春樹が仕事に行くのと同時に修平達も家を出た。
外は寒い、今日の最高気温が8度だと天気予報が云っていたが、
それ以上に寒いと感じた。あかねが身を震わせている。
玲香は黄色いダウンを着てニコニコしていた。
「れいちゃん、松坂屋で何を買うって云うの」
あかねが車の中で両手をエアコンの出口にあてて温めようとしている。
「あかね、そんな薄着で来るからだろう!」
と言ってエアコンを全開にした。
「こんなのしか持っていないでしょう。修平さん、
そう言えば私に毛皮を買ってくれるって云っていなかったかしら」
「そんな事を言った覚えはないけどなぁ」
「れいちゃん、そのダウン、温かいでしょう」
「うん、おねえも買ってもらったら、
お兄さん 優しいから、ねぇ、お兄さん」
修平はなんだか、追い詰められて『買ってやる」とは言い出せなかった。
松坂屋に入ると、婦人服売り場に直行だ。
修平は婦人服売り場に足を向けるなど
今まで一度もなかった事なので落ち着かないのだ。
あかねたちの一歩も二歩も間を開けてしばらく様子を見ていた。
「お兄さん、来て」玲香が修平を呼ぶ
「どう、これ、似合うと思わない」
あかねが試着室で着ると、軽く一回りをして見せた。
「あぁ、いいんじゃないか、いいと思うけど・・・・・」
あかねが説明をする
「修平さん、これ、アルパカなんだって!
アルパカってラクダ科の動物なの ほら、どうかしら」
そう云って、アルパカの袖の部分を修平の頬に当てた。
「いいのはいいんだけどさ~・・・・・」修平は値札を探している
そこに店員さんが来て
「お決まりになりましたか」 と、笑顔で修平に聞いた。
「いくらかな」
「税込みで181,500円です」
思わず、修平はあかねを見た。
あかねも玲香も笑顔で・・・笑顔で修平に迫っている。
「今、持ち合わせがないのでクレジットでもいいだろうか」
店員が、アルパカシャギーピーコートを袋に詰めようとすると、
あかねは、このまま着て行くと言って
その場で袖を通すと修平にお礼を言った。
「修平さん、本当にいいの?ありがとう、うれしい」
「いや、その、なんだ・・・・・・・ 遅がけのクリスマスプレゼントだ」
あかねが珍しく修平の腕に抱きつきながら地下の駐車場に向かった。
あかねが玲香に目配せをしている。
そう、つまりは二人の思惑通り、事は進んだのだった。
玲香が二人の後ろから【恋人がサンタクロース】を口ずさんでいる
それはきっと、ドラマのようなバックミュージックのつもりだったのだろう
恋人がサンタクロース ♬ 本当はサンタクロース ♬
プレゼントをかかえて ♪ 恋人がサンタクロース♬
寒そうにサンタクロース♫ 雪の街から来る♬
身も心も過去もすべて受け止めて