見出し画像

NO89 春樹のタクシー業務で

今日の名古屋は本当に寒い 
タクシーのインパネに表示されている外気温が4℃になっている。
そんな中で、春樹は居酒屋の店の前でもう、10分近く
お客さんが出てくるのを待っているのだ。
寒くて身が凍えそうだが、制服の上にジャンパーを羽織る事は
お客さんに失礼に当たると云って会社は認めてくれないのだ。

ようやく、お客さんが出てきた。
店主と女将さんが出てきて挨拶を交わしている。
春樹はドアを開けてお客さんを乗車させると、
自己紹介をしてシートベルトをするようにお願いをした。
すると、お客が
「いいから、出せ、早く出せ 女将さんと店主が寒いだろう、
気を利かせろ」 と言って春樹に怒った。

【ふざけた客だ、オレは10分も外であんたを待っていたんだ、
オレはどうでもよくて、居酒屋の店主には気を使うのか、
オレと居酒屋の店主と、どう違うんだ、
お店の中からはオレが立って待っているのが、しっかり見えていたはずだ、
タクシーの運転手はそんなに身分が低いという事なのか
たかが、1230円のお客だ。
つまり、オレの給料に、はねかえるお金は400円だ。
そんな金額のために10分も
身が凍えそうな辛い思いをしたというのに ふざけるな】
春樹は心の中でブツブツわめきながら お客を送った。

(本当に人を馬鹿にしている)と、苛立ちいらだちながら車を流していると、覚王山のバス停の前で手が上がった。
30代の男性2人に20代の女性だ。
春樹はタクシーのドアを開けると、何やら3人で揉めているようだ。
春樹はタクシーから降りて、3人の話を聞くと、
オレが先に手を上げた、私が先にタクシーを見つけたと
言い合っているのだ。
春樹は女性に行き先を聞くと東山だという、
大体、タクシー料金は1200円くらいだ。

男性2人は勝ったと言わんばかりに本郷だと自信げに言う、
遠い方が優先して乗せてもらえるとでも思ったのだろうか!
春樹は女性から600円をもらい男性2人にその600円を渡して、

「お客さん、どっちみち、この女の子も本郷に向かう途中で降ろすだけなので一緒に相乗りさせてはもらえんだろうか」

「そうか、そうだな、思いつかなかった、
いいよ、彼女、悪かったな、お金はいいから・・・・・」
と言って女性にお金を返していた。

先ほどまでの吊り上がった目が笑顔になると、とてもチャーミングなのだ
車内はその子の笑顔で一気に暖まった。
その子を東山のファミリーマートで降ろすと
春樹にもお礼を言って降りていった。

「運転手さん、なんか気分がいいわ、
普通、ああ云う場合って、遠い客を乗せるんじゃないの」

「いや、バス停で待っているって事は、同じバスに乗るわけですから、
当然方向は同じですよね。
だったら、相乗りされてもいいんじゃないかと思いまして、
こんな寒空の下でバスを待っているよりも・・・・・」

「そうだよね、運転手さんが来なかったら、
まだ、15分もバスを待っていなければならなかった、
本当! 助かったよ、ありがとう」

春樹は居酒屋で乗せたあのイヤな客に腹を立てていた事など
何処か遠くに消えてしまっていた。

PM23時、スナック香奈からメールが入る
春樹は10という数字を打ち込んで【香奈】に向かった。
誠も信二も車を着けていた。春樹は臼井さんと中里さんを送って行く。

「スナック香奈っていいね、これからはあかねをやめて香奈にしようよ」

「お前は、能登の子が気に入っただけだろ、
しかし確かに、能登って、あれから一年も経つというのに、
全く手つかずの所もあるなんて知らなかったな、
あんな形ででも、応援になるというなら力になってあげたいな、
ホステスに酒代貢ぐくらいなら、
被災者の人たちに飲んで貰った方が余っ程、気分がいいわ」

「そうだよね、ラインするだけなら2人ででも出来るけど、
【香奈】で飲んでいると、本当に能登で飲んでいるような気がして、
ドラえもんのどこでもドアってこう言う事を指しているのかもしれないね、
ねぇ、春樹さん、あれって、本当に香奈ちゃんが考えた事なの」

臼井さんが聞いた。春樹が玲香の夫である事は
スナック茜の常連客なら誰でも知っている事なのだ。

「そうです、香奈ちゃんの友達が輪島の人らしく、
2人で考えたんじゃないのかな、
おれもまだ、あんまり詳しくは聞いていないけど・・・
ちょっと、臼井さん達の話を聞いていたら行ってみたくなりました」

「春樹さんなら、いつでも行けるじゃないか」中里さんが言う

「そうですね、しかし、
仕事中にスナックへ出入りするのも抵抗ありますよね」

そんな話をしながら春樹は2人を送り届けた。


いいなと思ったら応援しよう!

泉 春樹
サポートありがとうございます。