NO57 ありがとうのあとにスキ
お父さんは玲香に言われたとおり、
お父さんに手を差し延べてくれたスタップさんや
優しく接してくれる入居している人々に
ありがとうのあとにスキを言う事にした。
最初は戸惑う人もいたが、なれてくると、
逆に「スキ」が帰ってくるようになった。
スキって言うとスキって帰ってくる。
今まで、スキという言葉は特別の人にしか使わなかった言葉だ。
つまり、人生の出会いで、何人の人に言った言葉なんだろうか、
また、何人の人から言われた言葉なのだろうか
その言葉が、この老人ホームでは、飛び交うように使われるようになった。
挨拶の言葉になりつつある。
たかだか、スキって言葉だが、
何度, 言っても、聞いても、キュンとくるのだ。
すると、みんな 笑顔になる。嬉しくなる 不思議なものだ
そんな時、ときさんがお父さんに、イヤミを言いに来た。
「太一郎さん、あんた 誰にでもスキって言うんだね
ちょっと、軽すぎない、
もっと、常識のある人だと思っていたのに見損なったわ」
「えぇ、だから、それは娘がそうしろって言うので・・・」
「太一郎さんは、娘さんが、こうしろって言ったら、
何でも云う事を聞くのね」
「まったく、自分って, 持っていないのかしら」
と言って、去って行った。
お父さんは、また悩んでしまった。
{なんなんだ、なにがおかしいんだ。
玲香がおかしいのか、わしがおかしいのか、よう、わからん}
翌日、お父さんは昼食をすますと、
老人ホームの裏にある猪高緑地へ出掛けようと
カメラを持ってエントランスホールに下りた。
スタップの主任さんが、お父さんに駆け寄ると、
落ちそうになった、めがねを直しながら言葉をかける
「中西さん、お出かけですか、うわぁ、いいカメラですね」
「あぁ、前に息子に買って貰ったSONYのカメラだ、
今から裏の池に言ってカモでも撮影してこようと思ってな」
「それはいいですね、猪高緑地には鳥さんが沢山いますよね、
行ってらっしゃい」
「ありがとう スキ」 お父さんが男性の主任さんに言う
「私も中西さん スキ」男性同士でスキの掛け合いだ。
玄関を出ると、ちょうどその時、ときさんが帰ってきた。
コンビニの袋を持っている。
「太一郎さん、カメラを持ってどこへ行くの」
「そこの池に行って鳥を撮ってこようと思ってな」
「池に鳥がいるの?」
「サギやカモや野鳥も沢山いるんだ」
「遠いの・・・」
「すぐ近くだ、ほら、この雑木林から入ったらすぐだ
一緒に行くか」
「じゃぁ、待ってて、この、ヨーグルト、置いてくるから」
お父さんは、ときさんと散歩をするのは初めてなので、
なにか、落ち着かない
ときさんがズボンに履き替えてエントランスホールに下りてきた。
しっかり、杖とズックも履いている。
雑木林を抜けると大きな池が、目の前に現れた。
「こんな近くに、こんなきれいな場所があったのね」
「ときさんは、ここに来て1年近くなるんだろう」
「1年いたって、2年いたって、誰が好んで、
こんな雑木林の中へ入ってくるのよ」
「そりゃあ、そうだね」2人して大笑いだ。
「あ、本当ね、あれはカモ?色が違うのもいるわね」
「カルガモ、マガモ、コガモ、
えーと、翔平に色々、聞いたんだが、どれがどれだか、全く覚えていない
なにしろ、雄と雌とでも色が違うらしいでな」
「いいんじゃない ぜんぶ、カモで・・・」 また、大笑いだ
「ときさん、写真を撮ってもいいかな」
ようやく、11月に入って、紅葉も色づいてきた
池には真っ赤な紅葉とかもたちが戯れている
「えぇ、わたし」ときさんはポーズをとる
お父さんはシャッターを切ると、今度は自然体を撮影したいと言った。
「ときさん、あそこにいる大きな鳥、アオサギって言うんだが、
あれを見ていてくれるかな」
ちょうど、その時、アオサギが空高く飛び立った。
ときさんは右手をアオサギに指さす。
その習慣をカチャ、カチャ、シャッターを切った。
しばらくはシャッターの音が池のまわりで鳴り続けた。
帰ってくると3時、約2時間の散歩だった。
お父さんは修平に電話をする。
「おおぅ、翔平か、」
「悪いが、写真をたくさん撮ったんだが、現像して欲しいんだ」
「じゃぁ、今からすぐ行くよ、あかねと一緒に行くわ」
「あかねか、あかねより玲香がいいんだが・・・」
「じゃぁ、4人で行くから、待っていて、」
「あかねがくるのなら、ビールを買ってくるように言ってくれ」
4人でお父さんの部屋に入ると、玲香はお父さんの肩を揉み出した。
修平はノートパソコンにカメラのメモリを入れ、
お父さんに写真を選択させる
春樹もあかねも、ときさんの写真を見て、
これがいい、あれがいいと、お父さんの腕をほめたたえてた。
お父さんはビールを手にしながら満足げだ。
最終的に、ときさんがアオサギを指さしている写真と
紅葉を背景にしたときさんの横顔のアップの写真を、
いったん、家に持ち帰った。
多少、きれいに加工してA1サイズで印刷をすると
素敵な額に入れて、翌日、お父さんに渡した。
「ときさん、どうだろうか、どちらか、壁に飾ってくれんか」
「へぇぇ、きれい、これ、わたし、私じゃないみたい」
「何、言ってるんだよ、ときさんじゃないか、写真写りがいいんだよ」
「しつれいね、それって、実物はブスって事」
「参ったな、違うよ・・・実物はもっと、きれいだよ、まいったな~」
「ちがうわ、違うの、中西さんの腕がいいって事なの」
「まいったな~」 二人は大笑いをした。