NO46 春樹と姉貴
春樹が村井さんを送り届けて錦へ戻ると、午前2時頃になる。
あかねは、お父さんが家にいた時は、午前0時で店を閉めていたが、
今は午前1時まで延長していた。智ちゃんたちも、給料が増えるので、
その方が良いと言って頑張っているのだ。
あかねが後片付けをして家に帰る頃には春樹が迎えに来る。
そして、春樹はあかねを家に送り届けたあと、会社に戻って納金を済ませる
それから、あかねの家に帰ると、大概、あかねは入浴を済ませて
食事の用意をして春樹が帰ってくるのを待っているのだ。
「ただいま、ねぇ、姉貴、最近ちょっと、思うんだけどさ、
この生活、やっぱり、おかしくない?」
「なんか、おかしい事でもあるかしら」
「だって、夜食も、昼食も、姉貴と顔を付き合わせているけれど、
本当はそれって修平とする事であって、俺じゃないと思うんだけどな」
「仕方がないじゃない、時間が大体、一緒なんだから、
れいちゃんの退院予定日って25日だったでしょう。
あと、半月、私の顔で我慢しなさいよ」
「修平だって気分悪くしていないかな」
「それは大丈夫、修平さんは私より春樹を信頼しているから、
でも、信頼って云うのかしら、私が春樹を挑発する事があったとしても、
春樹は絶対にその挑発からは逃げるだろうって、れいちゃんがいる限り、
春樹は絶対、つまみ食いはしないんだって、
修平さんは言っていたけど、本当にそう」
と言って春樹の顔をのぞき込んだ。
「そりゃそうだけど、俺は一途だし、もう、その目 やめてよ!
やだな~、この空間、なんか変なんだよな~姉貴」
「弟を襲いはしないから、大丈夫よ」
「どう、この手羽煮、修平さんが作ってくれたの、美味しいでしょう」
「ジャガイモも美味しい、少し、辛いけど、癖になりそう、
本当に修平の料理って何でも美味しいよね、
コックでもしていたのかな」
食事を済ますとあかねは、修平の朝食の用意をして2階に上がって行った。
春樹は風呂に入った後、眠りにつくのだ。
玲香 面会
10月13日 日曜日
春樹は毎日、玲香の病室に寄ってから仕事をしていた。
それが日課になっている。
今日は3人とも休日である。なので3人そろって玲香の所に来た。
修平は玲香のためにキノコの佃煮を作って来たのだ。
中にはマイタケ、キクラゲ、シメジ、エノキ、シイタケ、ナメコがふんだんに入っている。
「れいちゃん、肋骨骨折にはビタミンDがたくさん含まれている
キノコが良いらしいから佃煮にして持ってきた。
それと緑葉野菜の小松菜、モロヘイヤ、
高菜はビタミンKを多く含んでいるから、
身体に良いと思って甘辛煮にしてみた。美味しいと思うよ、
これが結構いけるんだ、酒のつまみにもってこいだ。
カルシウムは、れいちゃんは毎日、牛乳飲んでるから大丈夫だと思うが、
私の大好きな十勝のカマンベールチーズも買ってきた。
冷蔵庫に入れておくから食べな」
「美味しそう、ビールは無いの?」
「もう、バカな事を言っていないで、早く治す事だけを考えなさい、
修平さんもいらん事を言わなくてもいいのに・・・・・」
「ごめん、ごめん、ビールが飲みたかったら早く治す事だね」
「でも、キノコの佃煮、いけるわ、高菜の甘辛も味見させて、
うん、美味しい、本当、ビールに合いそう」
「俺が買ってきても、いらないって言って兄貴のは食べるんだ」
「春樹が持ってくるのは、いつもコンビニ食材でしょう、
あんなの美味しくないし」
「わかった、今度、作ってくるから」
「えぇ、余計いらない、いらん事して、キッチンを汚さないでよ」
「大丈夫、今は、姉貴の所に居候中で~す」
「あ、そうか、じゃ、私もお姉ちゃんとお兄さんの所に
厄介になると思うのでよろしくお願いしま~す」
「お兄さんて言われてもピンとこないけれど、ま、いいか」
「れいちゃん、着替えとパジャマ、少し寒くなってきたから、
厚手のパジャマを買ってきたから着てね、
あと、腰当てに猫のクッション、どうよ」
「それ、かわいい、ハルキが買ってきたものより
こっちの方が枕に使えそう」
「好きなようにどうぞ、どうする、今、着替える?
そうしたら、また、持って帰れるけれど・・・・・」
「わかった、じゃ、そうする」
「修平さんも春樹も先に車の所に行っていて
着替えさせたら、私も帰るから」
修平と春樹は先に病室を出た。
お父さん 面会
三人は東部医療センターを出ると、上社の老人ホームに向かった。
あかねはお父さんにも冬用のパジャマを買っていたのだ。
老人ホームに入ると、スタップさんたちに挨拶をして
お父さんの部屋に入った。
そこに、お父さんと肩を並べてテレビを見ている老婦人がいる。
お父さんと同年配の方のようだ。
お父さんはあかねたちを見ると、びっくりしたように、
「なんだ、来るなら来ると連絡くらいしろ」と、威厳を持って言った。
「ごめんなさい、これからは気をつけます」
と言って、三人は老婦人に挨拶をする。
「私の方こそ、ごめんなさいね、
ちょっと、田舎が一緒だったもので意気投合しちゃって、お邪魔しました。
本当にごめんなさいね、じゃぁ、私、戻るから」
お父さんの話では、松原ときさんと云って、同じふるさとの人だった。
「お父さん、体調はどうなの」
「おう、三人で来たのか・・・・・あれ、あのかわいい女はどうした」
「れいちゃんは用事で来られなかったのよ」
「れいちゃんが良かったの、春樹の奥さんだって知っていた?」
「おう、そうか、そうだったかな、そうだったな、そうだ、そうだ」
なんだか、分かっているのかどうか疑問である。
「それはそうと、テレビが小さいので見にくいし、
冷蔵庫も無いし、どうにかならんか」
「そうね、2人でテレビを見るには小さいわね、
冷蔵庫も電子レンジも器物もいるんじゃないの」
「おう、そろえてくれるのか」
「もう、イヤミで言っているのに・・・・・
でも、元気で良かった、寂しいって泣いていたら
どうしようと思ったけど安心したわ」
「おう、身体はだいぶん、ようなった、これ、この通り、元気だ」
といって、お父さんはソファーから立ち上がると
両手を上げて、体を左右に振った。1,2,3,4,とかけ声をかける。
「お父さん、元気になって良かったね、話友達もできたから大丈夫だね」
修平がお父さんと同じポーズで体を動かす。
それを春樹はスマホに収めていた。
「ここは、朝、みんな外に出てラジオ体操をするので楽しい、
そのあと、朝食はみんなで一緒に食べるんだ」
「そう、ときさんも一緒なのかしら、それはいいわね」あかねは嬉しそうだ
「俺、ラジオ体操なんてずいぶんやっていない」
春樹が言うと、お父さんが答えた。
「ここに来て、一緒にするか?」
「本当だね、今度、来ようかなぁ」
「お父さん、寒くなってきたから冬用の部屋着を持ってきたけど着替える」
すると、お父さんは早速、着ていた服を脱いで、新品の部屋着に着替えた。
「あったかい、いいねぇ、もう1セット、欲しい、チェック柄がいい」
お父さんは、若い時からチェック柄が好みなのだ。
「じゃ、今度の日曜日に部屋着と冷蔵庫とテレビを持ってくるから、
それまで我慢していてね」
「今のテレビ、19インチか、小さいよね、28インチくらいなら、いいかな」
「うん、頼む、大きいテレビがいい、
それから、ビールも内緒で持ってきてくれ、
あと、冷蔵庫に入れる牛乳にプリンにハムに果物にそれからなんだ、
器を頼む」
お父さんは照れくさそうにあかねに頼んだ。
「ハイハイ、職員さんに聞いてから、持ってこれる物は用意するから、
しばらく待っていてね、良かったね、お友達もできて、ほんとう良かった」
あかねは、お父さんを老人ホームに無理矢理入れた事に
後ろめたさがあったが、ちょっと、気が楽になった。
「お父さん、キノコの佃煮と高菜の甘辛煮、作ってきたけれど食べる?」
「おう、ありがとう、ありがとう、
高菜はいつも作ってくれるビールのつまみじゃないか、
わしはこれが好きなんだ、いや、ありがとう、そうだよ、昇平君、
もっと、たくさん作ってきてくれ、
ときさんにもあげたいんだ、頼むぞ」
「どうする、ここに冷蔵庫は無いし」
春樹はカバンから出したパック2個を手に持ったまま突っ立ている。
「お父さん、これ、スタップさんに預けておくから、
食べたい時にスタップさんに下さいって言うのよ、わかったぁ!」
あかねたちは老人ホームを後にした。
「でも、よかったわ、お父さんが帰りたいって言うかもしれないって
心配していたけど、男って、何時まで経っても男なのかしら」
「まぁ、しかし、もう少し、認知症が進行しているかもって思ってたけれど
前より、ずいぶんしっかりしてきたように見えたがな」
「そうだよね、あれなら、家に戻って来ても大丈夫かもね
俺は、いつでも家に帰るよ」
「なに、言っているの、春樹の心配はしていないわ、
玲香を一人にしておけないって言っているの、わかっている?」
「はい、その通りです」
三人はメッツ大曽根で買い物をして、家に帰った。