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NO48 玲香の元へ 

  10月20日 日曜日

翌日、あかねと修平が東部医療センターの四階につくと、
正面のスタッフステーションで看護主任さんに呼び止められた。

「泉 玲香さんのお姉さんですね、
少し、お話がありますがよろしいでしょうか」 と言って、
待合室に誘導された。あかねと修平は何事かと思う。

「実は最近の妹さんは情緒不安定になっており、
昨夜から過換気症候群かかんきしょうこうぐんになったようでして、大変辛かっただろうと思われます。
激しく呼吸を繰り返せば、肋骨骨折を治療のさなか、
その反動によって肋骨にひびが入ったり、
あるいは、やっと、くっついてきた骨が、また折れる事も考えられます。
今は精神安定剤を射っており、少しは落ち着いていますが、
いつまた、過呼吸になるかもしれませんので目が離せません。
妹さんには話しかけることで、気持ちも和らぎ、
注意をそらすことできると思われます。
ゆっくり優しく背中をさすってあげて下さい。たわいの無い話が一番です。
一人にしておくのも問題があるのかもしれません
また、今後は心療内科の先生と共に医療に当たっていきますので、
退院予定がもう少し長引く事になりますがよろしいでしょうか」

過換気症候群かかんきしょうこうぐんと言うのはどう言った事でしょうか」あかねが問う

「過呼吸によって体内の二酸化炭素が減少することが原因となります。
息苦しさ、手足や口周りの痺れ、動悸などの症状が出る事もあります。
まずはストレスや不安を取り除くことが一番なのですが、
妹さんの場合、かなり深刻な問題でもありますので、中々、難しい事と思われます。今は呼吸を整える事くらいしかできませんが、
袋を口に当てた状態で呼吸を続けます。
すると、二酸化炭素が多く含まれた一度吐き出した息を
再度吸い込むことになります。
そのため、血液中の二酸化炭素濃度が低くなりすぎるのを防ぎ、
過換気症候群による症状が治まります。
しかし、この方法にも、問題点が無いわけでなく、
しばらくは心療内科の先生が対応しますので安心してください」

「はい、どうか、玲香をよろしくお願いします。
 春樹は・・・・・旦那には伝えてありますか」

「昨日、面会に来られた時は、妹さんは落ち着いておられましたので、
問題はないと思っていたのですが
夜11時頃になって急に過呼吸になられたようです。
過換気症候群に対しては、命に関わるような病気でもないのですが、
ただ、その影響で骨に響くのが一番恐いのです。
こちらからまた、ご主人さんにはお伝えしますが、
どうか、協力して妹さんのそばにいてあげて下さい」

あかねも修平も唖然とした。
1週間前にドアを開かないようにして部屋にこもって大変だったのに
やっと、それも克服できたと思った矢先、
こんな事が起きるとは想像もしていなかった 
あと、4日もすれば退院と思っていたが、
レイプの後遺症は、そんな簡単にはとれないようだ。
玲香なら芯の強い子だから大丈夫だと思っていたが、
無理して突っ走ってきた反動が一気に現れたのだろうと、あかねは思った。
二人で玲香の病室に入る。

「れいちゃん、どう、昨夜、大変だったようだな」修平が言葉をかける。
玲香は二人が来たのに気がつき、ベッドから身体を起こした。
あかねも「大丈夫?」と言って、玲香の身体を支える。
猫のクッションを背中にして姿勢を保つと

「きのう、急に息ができなくなってどうしたのかと思った。
死んじゃうのかと思った。死んでもよかったんだけど・・・・・」 

「バカな事を言わないで、死んだら駄目だからね、絶対、駄目だからね」

あかねが玲香の背中を優しくさすりながら、
「れいちゃん、疲れたよね、もう、突っ張って生きなくていいから・・・・・
私にどんどん甘えてちょうだい。
修平さんも春樹も、貴方の力よ、
何があっても、しっかり貴方を支えて行くから、
玲香は私たちに、全く気遣うことは無いのよ、何でも甘えていいから、
ひとりで抱え込まないで、いつも私たちがついているから
わかった!安心していいのよ
もう一度言うけど、ひとりで抱え込まないで、
思っている事は全部、私たちに吐き出して4人1体だからね、わかるわね」

「うん、夢がね、東京にいた頃のAVの夢ばかりなの・・・
それで、レイプされた時の事がAVの撮影上のドラマに変わっていて、
何だ、撮影だったんだって、ほっとして目が覚めたら・・・・・
それは夢なんだって、
現実に戻ったら、何もかもイヤになっちゃった・・・」

あかねが玲香を抱きしめる

「そうだったの、辛かったね、ほんとう つらかったよね、
でも、れいちゃん、この際だから、その夢が本当で、
あの時の事は夢だったって思い直す事はできないかしら」

あかねは玲香の涙を拭き取りながら
「ねえ、夢だったのよ、忘れましょうよ、
今は肋骨骨折をしっかり治しましょうね」
修平がカバンから ちまきとクレープサラダを出した。

「れいちゃんに食べて貰おうと思って、朝から作っていたんだ
食べてごらん、愛がこもっているから美味しいよ」
ちまきをレンジにかけると
「ほんとうよ、私も二つ食べてきたけど、
ほっぺたが落ちそうになるくらい美味しかったわ」

「ほんとう 美味しい 修平さん、
タクシーを辞めて料理屋さんをした方がいいんじゃない」
玲香の顔に笑顔が戻った。
「そう、美味しいか、卵で巻いた野菜サラダも美味しいから・うれしいね、
れいちゃんは、やっぱり、その顔でいなくちゃ」

「このキッチン容器にまだ、ちまき3個とクレープサラダを入れてあるから
食べる時は、ちまきを一つにつき二十秒チンして食べるんだよ、
食べきれなければ春樹にやればいいから、あいつ、何でも食うから・・・」

「れいちゃん、私たち、今からお父さんの所に行って、
頼まれていたTVとパジャマを届けてくるから帰るけれど、
何かあったらすぐ電話をちょうだい。
すぐ、飛んでくるから・・・いぃい だいじょうぶね、じゃ、帰るから」
あかねと修平は病院を後にした。

春樹 玲香にびったり

午後2時頃 春樹は兄貴から玲香の様態を聞いて、会社に事情を話し、
しばらく休むことにしたのだ。大きなバックを持って玲香の病室に入ると

「どうしたの、そのバック?」

「兄貴に聞いた、玲香はPTSDとかで自律神経なんとか症で
過呼吸とやらになって、あばらがまた折れると大変な事になるから、
一緒に居てやれって・・・・・で、俺は決めた。しばらく、ここに居る。
看護婦さんの許可も下りた。だから、寝袋を持ってきたんだ」

「春樹がず~と居てくれるんだ、会社は?」
 
「玲香が死にそうなのでしばらく休むって言ってきた」
 
「私、死なないけど・・・・・」

「玲香の夢の中に悪魔が出てきて、玲香が拉致されないように守りに来た。
 玲香の機関銃も持ってきたから 悪魔が出てきたらダダダダって撃ち殺す。
 玲香は静かに安心して寝て居ていいから」

「夢の中まで守ってくれるんだ」

「そうだ、玲香の足のつま先から頭の髪の毛まで、
 盗られないように見張っているから安心しろ」

「頼もしい、英雄戦士、しっかり守ってね・・・
じゃあ、ご褒美にちまき、食べる」

レンジで温めると春樹は二つ、玲香は一つを美味しそうに食べた。
クレープサラダは全部、玲香が食べてしまっていた。
消灯時間になった時、春樹がカバンから二人用の寝袋を出す
床に寝袋を引いて、玲香にもこっちで寝るように勧めた。
久しぶりの腕枕だ、春樹の右手は玲香の手を握って静かに眠りについた。

玲香は、朝の回診前にはベットに戻る。
春樹は寝袋を仕舞うと、
まるで、ソファーに腰掛けて仮眠でもしていたかのように振舞う。

部屋が個室の事もあって、
看護婦さんが『ベッドをもう一台用意しましょうか』と尋ねたが、
春樹は断った。お金の問題じゃ無い、腕枕ができないのがイヤだったのだ。

「玲香さん、今日はずいぶん、顔色がいいわ、
やはり、旦那さんがいると安心できるのね、
あれから、過呼吸になる様子は無かったですか?
検温も血圧も問題ありませんね」

「はい、昨夜は、静かに眠れました」

「よかったですね、
でも、旦那さんも、ベッドで休まれた方がいいのでは?」

「ありがとうございます。
でも、この方が玲香のそばに居れますので大丈夫です」

食事時になると、春樹は売店で弁当を買ってきて、玲香と一緒に食べた。
四六時中、春樹は玲香のそばにべったりだ。
消灯時間になると、寝袋で二人並んで寝る。
朝になると、玲香はベッドに移る。
椅子に腰掛けている時は、ず~と玲香の手を握っている。

「ねぇ、私、大病で死ぬわけじゃ無いから、そんなに、ず~と、ここに居なくても大丈夫よ、仕事に行ったら・・・・・」

「ダメ、ず~と、ここに居る、玲香のからだが治るまで,ここに居る」

「もう、本当に大丈夫だから、だって・・・・・
うっとうしいし・・・じゃまだし」

「じゃまでも、うっとうしくても、
びったり、くっついているから、大丈夫」

「私が大丈夫じゃ無いのに、手を離して、もう、いや」

「いいけど、手を離すとすることが無いし、背中をさすろうか」

「何もしなくていいから、じーと座っていて、テレビでも見たら」

「テレビを見ているより玲香の顔を見ている方がいいけどな~」

そこへ、あかねと修平が来た。

「なんだか、騒々しいな、外にまで聞こえているぞ」
ドアを開けながら修平が言う。

「お兄さん、姉さん、聞いて・・・・春樹ったら、一昨日からずーと、くっつきむしみたいにそばにいて、
うっとうしくて、じゃまなの、払っても払っても、すぐに、くっつく・・・
どっかに連れて行って・・・・・」

「春樹、じゃまなんだってよ、どうする」

「大丈夫、じゃましているんだから、俺の名前は、くっつき虫でーす」

「れいちゃん、あきらめて、ほっときなさいよ、
どうなの、身体は、過呼吸にはならない」

「うん、おさまった、胸もそんなに痛くない、
大きな息を吸い込んでも大丈夫」

「そう、良かったね、顔色も元に戻ったみたいだし、
春樹に噛みつければもう、大丈夫だわ、良かった、本当に良かった、
れいちゃん、これって、くっつき虫のおかげじゃないの、
ストレスも解散したみたいだし・・・ちがうかしら」

「言われてみれば、くっつき虫がたくさん居て、
取っても取っても離れなくて、イヤな事を思い出す暇も無かった」

「それが良かったのよ、もう、変な事は考えちゃダメよ、いいこと、
くっつき虫も大事にしてあげないと、うっとうしいなんて言ったら罰が当たるわよ」

「ほんとうだ、ごめんね、春樹」

「いいよ、おれは玲香のくっつき虫だから
 ず~と永遠にくっつき虫だから・・・」

「春樹も、そんな事ばかり言っているからうっとうしがられるのよ」

担当医師より治療経過も順調なので、
10月30日の水曜日に退院の許可が下りた。
その後は通院で様子を見る事になった。


身も心も過去もすべて受け止めての挿絵はすべてkeiさんから借りています

身も心も過去もすべて受け止めて

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泉 春樹
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