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NO56 修平 退職

   春樹は、会社に玲香の退職届を出した。
たとえ、玲香の身体が治ったとしても、
タクシーの仕事自体がトラウマになっていると判断したからだ。
会社もその辺の所はよく理解してくれていた。

また、修平は、以前はお父さんの事もあり、
朝勤務にしてもらっていたのだが、
今月からは春樹と同じ夜勤務に戻してもらったのだ。

そんなある日、午前0時過ぎ、錦からホステスたちが仕事を終えてぞろぞろ出てきた。修平は伊勢町の路地口で、
順番をついて待機をしていると、若いホステスが乗ってきた。
たぶん、20代前半だ。千代田に送る、料金1490円の距離だ。
精算を済まして女性はマンションの中に入っていった。
修平はしばらく日報を書きながら
女性がマンションに入って見えなくなるまで見守った。
この行動は昨年、タクシー運転手が安全を確保して
お客さんが無事に家の中に入るまで
見届ける行為を評価されたのだ。
常日頃、修平も会社の方針に従って、
お客さんが家に入るまで見守っていた。

翌日、修平は会社に出勤すると、部長に呼ばれた。
なんだろうと思って2階の会議室に行くと、
昨日、千代田へ送った女からクレームがきているというのだ。

「いなさんがお客さんを降ろした後も、
ずーと部屋の明かりがつくまで部屋を調べていたというのだ、
それが前にも同じような事があってストーカーじゃないかと言ってきた」

「ちょっと、待ってよ、なにが、
マンションの中に入るまで見届けただけだろうが・・・
何がストーカーだって言うんだ。おかしいだろ
それに前にもあったって、運転手なら、みんなやっている事じゃないのか?
会社はお客さんが無事に家の中に入るまで見届けろって
指導してたじゃないか、私はそれをやっただけだ。
部屋の明かりって、あのマンション10階建てか、
もっとか、見えるかそんなもん 言い掛かりも甚だしいわ」

「そうなんだけどね、お客さんから苦情が入った以上、
放っておくことはできん」

「ふざけるな、一方でお客さんが無事に家の中に入るまで
見届ける行為を評価されて、俺はクレームになるってどういう事なんだ
あほらしくてやっとれん」

修平は気がおさまらない

「どういう事よ、会社が断固とはねつければいいだろうが」

「なんでも、かんでも、言いなりかよ、
運転手を守るって、これっぽっちも無いのか
こんなバカな会社辞めてやるよ」

修平は事務所を出ると春樹に会った。春樹に事の発端を話す。

「兄貴、そりゃあ、ひどい、アホクサ、そんな事、
普通クレームになるか?」

「兄貴が辞めるなら、俺も辞めるか タクシー会社なんてどこにでもある」

「春樹 お前はここに残れ、私は前から考えていた事がある
それを実現するにはこの会社は必要なんだ」

「なに、考えている事って?」

「相乗りタクシーだよ」
「相乗りタクシーって、去年だっけ、一昨年だっけ、
会社が相乗りタクシーをしますと言って、
うやむやになったんじゃなかったっけ」

「そうだ、その相乗りタクシーだ」

「だいたい相乗りタクシーって言うのは、近い距離のお客さんに需要があるわけじゃない・・遠いお客さんだ・・・
そのようなお客さんがいるのは夜だ。
しかも、飲酒後のお客さんだ、
見ず知らずの気狂い水を飲んだお客さんたちが、
狭い空間で上手く立ち回れるわけが無い、そう思わないか」

「そりゃそうだ、酔っ払い客なんて、
一人で乗ってきたって、ややこしいのに、
そんなのが二人も三人も乗ってきたら、訳が分からなくなる、
てんでにスマホして、お前の声が大きいから聞こえないとか、
お前臭いぞとか、途中で下りるから安くしろとか、
小競り合いならいくらでも起きる」

「そうだろう、そんな訳の分からん事を
タクシー会社にできるわけが無いんだ」

「そんなタクシー会社にできない事を兄貴がやろうって言うの」

「春樹、お前だって、
今までずいぶんと茜でお客さんを斡旋していたじゃないか、
緑区の竹原さんと滝の水の中村さんをひっつけてタクシー代を半々にしたり、藤が丘の秋田さんと瀬戸の村井さんを相乗りさせたり」

「だって、あれは茜のお客さんだから、相乗りができたわけだろ」

「そう言う事だ。スナック茜が間に入っているから、お客さんもヘタは打てないわけだ。まして、タクシーが茜専属タクシーとなれば、ヘタな事をしたらすぐに情報が流れる。
おとなしくしていないと、次から飲みに行けなくなるからな」

「そうだね、確かに・・・だけれど、そんなお客さん、わずかだろ」

「いや、街に飲みにきている3割方は、相乗りがあれば使うはずだ。
問題は、間に誰かを入れなければ上手くいかない、
手綱を引ける者が必要なんだ。茜のような・・・」

「じゃ、スナック茜がたくさん必要だね」

「その通り、で、上手く斡旋するには、名古屋の地理をよく知っている者が必要だ。春樹や私が5人も10人もいればできる」

「なるほど、俺たちなら、大体分かる、料金の設定も、それなりにできる
タクシー運転手を10年、いや20年やっている人たちを探せばいいわけだ。
ただ、あの高木みたいな奴は絶対駄目だ。よく、調べないと・・・
でも、3人ならすぐにでも声がかけられそうだよ」

「運転手も長い事やっていると、
辞めたくても、次に働ける仕事なんて運転手しかない。
そこへこの話を持っていけば、みんな飛びつく、
適当にお店の手伝いをしながら、お客さんを斡旋をすればいいわけだ。
お客はあの店に行けば安く帰れるとなれば、みんな寄ってくる。
つまり、そのお客さんたちは、タクシー内で暴れたら、
相乗りを利用できなくなる事を知っているわけだから、
気狂い水を飲んでいても自分をセーブできるわけだ」

「そうか、なるほどね、じゃ、最後のお客さんがチケットのお客さんだったら、めちゃくちゃ、儲かっちゃうね、ヘタしたら、飲み代、タダになる」

「そう言う事、そうなれば、また、錦に活気が戻る」

「さすが、兄貴だね、考える事が違う」

「だから、春樹はここで頑張れ、下組みして動き出したら、
春樹も一緒にやればいい、それまでに、運転手を見繕みつくろっておけ、頼むよ」

「了解」

「じゃ、帰るわ」


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泉 春樹
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