NO28 修平、茜に相談
8月25日 日曜日
「あのさ、あかねに相談があるんだけれど、いいかな」
「なによ、改まって、どうしたの」と言って、
あかねは修平の前に正座した。
「なに、大したことじゃないんだけども、
家からパソコンを持ってきたいんだ」
「なんだ、そんな事、持ってこればいいでしょう」
「そうなんだけれど、パソコンを持ってくると言う事は、
実はその、なんて言うかな」
「なによ、なんか、都合の悪い事でもあるの」
「いや、その~、インターネットの回線も必要になるし、
どうしたもんかなっと思って・・・・・」
「なんだ、そんな事、
ねぇ、そんな事を言ってないで、あっちを早く引き払って、こっちに住んでよ」
「引き払うとなると~」
「なにか、都合の悪い事でもあるの」
「結婚もしていないのに・・・・・なぁ」
「だから、早く結婚してって言っているでしょう」
「参ったな」
「なにが参ったよ、私の方が参っているわよ」
「もし、お父さんの老人介護ホームなんか決まった時、
私のせいでボツになったら大変だからな」
「修平さん、なにを馬鹿な事を言っているのよ、
そんな事、修平さんが黙っていれば、誰にもわからない事でしょう。
私も聞いていなかったら、すんなり、一緒になれていたのに、
それだって、私が戸惑っているわけじゃなくて、
修平さんが自分で言って・・・・・気にしすぎなのよ。
過去の事は・・・・・終わった事は忘れなさいよ、
修平さんが口にさえ、しなければ絶対にわからないのだから、
戸籍謄本にも本籍地にも、免許証にも、
どこにも前科者なんて書かれていないから」
「と言ってもなぁ・・・・・あのね、 あかね、結婚をすると云う事は、
お父さんに私の事をしっかり伝えなければならない」
「そんな事、言わなくていいから、黙っていれば分からないから」
「いや、そういうもんじゃない、それではお父さんに筋が立たない」
「筋なんか立たなくていいから、
半分、ぼけた父に、なにを言ったって分かるわけないから、
そんな筋なんか、ホルモン鍋に入れて煮てしまえば分からないから」
あかねは顔をくちゃくちゃにして、叫き立てた。
「はぁぁ、参ったな!」
「だから、参っているのはわたしのほうよ、もう、」
「修平さん、よく考えて、
父が元気になったのは、修平さんのおかげでしょう、
夕食だって、今まで、宅配サービスで頼んでいたのが、
ちゃんと、修平さんが作ってくれるんだもの。
父なんか、ちょっと、固かったり、歯に挟まったりしたら、
食えんと言って、今まで残していたけれど、
修平さんが作るようになってからは
何でも、おいしそうに食べているじゃない、
私も修平さんの八宝菜や五目豆腐は大好き・・だから、居て!
ほんとうに、筋道なんて、どうでもいいじゃない、
何も言わないほうが、まるく治まるって事もあるのよ、
いらん事を言って、へんにおかしくなったら困るでしょう。
父はまともじゃないんだから、
適当にあしらっておけばいいから ね、お願い ね!」
「本当にそれでいいのか」
「本当にそれでいいから。な~んにも問題ないから、大丈夫だから」
あかねはいい案を思いついた。
「あ、そう、じゃ、こうしましょう、婚姻届を出しに行く、
その時に、離婚届けの用紙も、貰ってきて両方に記載をする。
もし、修平がDV鬼になったら、
すぐ、離婚届を出して、家から追い出すから、ね、それでいいでしょう」
「だったら、最初から結婚しない方がいいと思うがな」
「もう、どうして、そんな屁理屈ばっかり言うのよ、
私と一緒になりたくないの
もう、ばかじゃないの、きらい!」 沈黙が続く。
修平はあかねの化粧崩れの顔を覗き込んで、優しく言った。
「離婚届って、保証人はいるのかな」
あかねは、自分を取り戻すと、
「婚姻届にも、離婚届にも
春樹と玲香の名前を書いてもらえばいいでしょう。
春樹も玲香も弟と妹みたいなものだから
修平さんが前科者だからって、そんな事を話しても、ビクともしないわよ、
そんな事で、怖じ気づくような子たちじゃないから、
修平さんだってわかっているでしょう」
「そう、あの子たちには私たちの事、
全部、分かってもらっていたほうが都合がいいわよ
私たちだって、あの子たちの事、全部、分かっているのだから ね。」
「んん、考えてみるよ」
「もう、考えなくていいから、明日、玲香と春樹を呼んで、
全部、話をして、保証人になってもらうから ね、
父には、黙っていればいいから
分かったわね。
ね、そうしましょう ね、そうしていい ね
そうだわ、修平さん、稲留って姓に執着してるの?」
「なんで、急に・・・・・」
「ねぇ 養子縁組にしましょうよ、そうすれば・・・・・
なんか、前科者が消えないだろうけれど・・・・・
でも、なんだか霧の中に隠れるような気がする。
ね、そうしましょうよ ね、おねがい」
私はどうでもいいけれど・・・・・そうだな・・中西修平か・・・
でも、しかし、お父さんが・・・」
「大丈夫、父には私が説得するから、問題ないから」
あかねは修平に顔を向けると、抱きついた。
修平の胸の中で涙がこぼれる。
そして唇を重ねると・・・時が止まった。
しばらくして、あかねは話を戻した。
「今度の日曜日、春樹たちを澤正へ連れて行って、
この話を伝えましょうよ、澤正へ行くって言えば春樹、喜ぶから ね、」
「そうそう、話 変わるけれど 修平さん、
あなたが昼勤務に変わったので、
専属タクシーが足りなくなったの。
春樹たちが休みの時は、一台もいないので困ってるのだけど、
誰かいない?」
「本当だね、じゃ、辻さんと高木さんに頼んでみるか、
二台あればいいかな、
二人とも 50代の方だけど、
私より経歴が長いから名古屋の道はよく知っている」
「じゃ、茜式コンタクトも教えてあげてね」
茜式コンタクトとは、あかねがメールを入れた時に、
どれだけの時間で来られるか、簡単に打ち込めるように作った省略暗号の事である。
「決まったら、春樹にも知らせておくから、辻さんは春樹と仲がいいから、
茜の専属タクシーの事、知っていると思うな」
あかねはやっと、気持ちがおさまると、父が居ない事に気がついた。
「あれ、お父さんは・・・・・」
「知らなかったのか、いつもの床屋へ行っているよ、2時頃、行ったから、
そろそろ帰ってくると思うけどな、ちょっと、見てくるか、
ついでにマックスバリュに行って買い物をしてくるわ」
「私も行く、果物が欲しいし、今夜、焼き肉がいいな~」
あかねは、やっと、心が軽くなった。(良かった)心の中でつぶやいた。
身体中、冷や汗だらけだ。
「あかね、その顔、なんとか、した方がいいと思うけど・・・・・」
「わかった、ねぇ、ちょっと、時間ちょうだい、シャワー 浴びてくる」