一緒に飲もうよ
そう言って、倫也が横に座り、プシュッと缶ビールを開けた。
「わ、びっくりした。」
物思いにふけっていた私は、横に目を向ける。
自然と視線は、倫也の持っている缶ビールの絵柄へと移った。
最近の缶ビールは、「水曜日のネコ」など可愛いパッケージのものが増えた。倫也が手に持つ缶ビールも、絵柄が可愛らしい。
「倫也って、可愛いビールが似合うね。」
「そう?ジャケ買いしちゃった。」
倫也は笑う。
倫也と可愛い缶ビール。相性がよく、絵になっている。
彼の結婚の知らせを聞いた時と、同じ印象だった。
「水トちゃん、元気?」
私は視線をごまかそうと、世間話をする。
「フフッ。家でもおいしそうにごはん食べてるよ。」
「いいなあ~。毎日家に帰るのが楽しみでしょ?私も新婚の時はそうだったな~。」
「今は違うの?」
「…今もだね。」
ニヤニヤしながら、倫也と私は缶ビールに口を付ける。
といっても、私のビールはオールフリーだ。
私は、ここ4年くらい、ほぼお酒は飲んでいない。
お酒は好きだが、パッタリやめた。娘を妊娠してからだ。
出産後も授乳のためアルコールは控えた。続けて二人目の妊娠出産もあり、気が付けば長くお酒を飲んでいない。
でも時々、憂さ晴らしでプハーッ!としたいので、ノンアルビールを買う。味もすぐに慣れて、ノンアルで満たされる身体になった。安くて低カロリーなのもありがたい。
麒麟の零一か、サントリーのオールフリー
冷蔵庫に欠かさないようにしている。
そして、今日もプハーッとしたい気分だった。
「…もしかして、なにか悩んでる?」
倫也が切り出す。鋭いヤツ。
そしてイケメンにコレを言われて、ときめかない女はいない。
水卜ちゃん…妬けるぜ。でも、彼女が幸せになるのはなんだか嬉しかった。人を親戚のおばちゃん目線にさせる彼女の愛らしさは、無敵だ。
「…わかる?大したことないんだけどね。」
「いいよ、言ってごらんよ。」
缶ビールを口に当てながら、倫也は私を見て促す。
話しやすさをまとうのも、その人の才能だ。
私は、一口飲んで、ふーっと息をつき、口を開く。
「美容院で髪切ってもらう時、美容師さんから話しかけられるじゃん?…あれ、結構苦手なんだよね。」
「…永遠のテーマだね、人によっては。」
倫也は少し目を細め、缶ビールを持った手で頬杖をつく。
コミュ障の私は、美容院ではいつだって居心地が悪い。
もう30過ぎているのに、今日もそうだった。
美容院に行くと気分は上がる。
痛んだ毛先とサヨナラし、シャンプーも気持ちよくリフレッシュできる。髪が整うと、明日からまた頑張ろうと思える。こんな魔法をかけてくれる美容師には、いつも感謝でいっぱいだ。
しかし、避けて通れぬのが美容師との会話。
これが、なかなか気が重い。
昔はロングだったが、娘を出産してからは、ドライヤーの時間が取れず、ボブにした。楽で快適だが、1か月も経てば毛先が跳ねやすくなり、髪を切りたくなるのが難点だ。
やむなく月1ペースで美容院へ通っている。
「カットだけだし、シャンプー込みでも施術時間は40分。それでも会話が続かないんだ…。」
指名はしないので、毎回違う美容師にカットされる。終始黙って切ってもらいたいのだが、彼らも仕事の一環で何かしら話しかけてくる。
「よく考えたら、ほぼ『はじめまして』の人と、いきなり打ち解けた会話をするって、難しいよね。」
「そうなの、本当難しい。」
結婚前は長く通う美容院があったが、数か月に1度の頻度だったので、そこでもあまり打ち解けられなかった。そんな人間が「はじめまして」の人と盛り上がるわけがない。
「それに、隣のお客さんの会話が弾んでたら、こっちも盛り上がってないと、担当さんに申し訳ない気にもなる…。」
私の担当美容師が、ハズレ客を引いたと思っていないか心配になる。私のせいで、後で先輩美容師に「もっとトーク力を磨け」などと指導を受けたりしないだろうかとも不安になる…。
「だからって、頑張って会話しても、お隣に丸聞こえだから嫌だよね。」
「そうそう。当たり障りのない話題を探すのも大変…。」
よく美容師と客の会話が盛り上がっている光景を目にする。コミュ力が高い同士で楽しそうで羨ましい。だが、会話はほぼ筒抜け。時々、個人情報も漏洩するので、こっちが気が気でない。
「まず美容師さんって、職業柄オシャレで身なりもちゃんとしてる。それに比べて私は地味だから、なんか気おくれするんだよね。」
「繊細だね~。でも、どこに劣等感を持つかは、人それぞれだもんね。」
美容師は尊い仕事だと思っている。ただ、見た目はパリピだ。全身から華やかなオーラをまとい、私のような人間は、心情的に1歩引いてしまう。
彼らも仕事なので、当たり前だが、陽気に話しかけてくる。
学生の時はバイトや恋愛のことを聞かれ、社会人になったら仕事や結婚。そして、今は夫婦関係や育児のこと。
私は特に華やかな人生を送っているわけではない。1つ1つの質問に悩みながら返す。
そうすると、コミュ障の思考回路が伝播してしまい、美容師もいつも会話を広げにくそうだ。不甲斐ない自分が情けない…。
「あと、昔から『こんな髪型にしたい』と思っても、うまく伝えられなかったな。参考にする写真って大体キレイなモデルさんだから、『あんたには似合わねーよw』って思われないかって怖くて…。」
「被害妄想(笑)」
倫也は笑いながらフォローしてくれる。これまた申し訳ない。
「イケメンにはわからない悩みよ(笑)」
私も自虐っぽく笑う。
自覚はしている。
声を大にして言うが、私は根暗だ。
「僕は職業柄、よく仕事場で髪を切ってもらってるからな~。現場の雰囲気明るくしたいし、僕も頑張って話してるところはあるよ。」
「俳優も大変だね。」
ちょっと考えるように、倫也は視線を上に向ける。
「仕事上、色んな美容師さんと話すけど、お店では喋らないお客さんも多いって聞くよ。それに、喋らない方が施術に集中できることもあるって。」
「そうなの?」
「それに最近は、『施術中は一切会話しません』っていう美容院もあって、結構人気らしいよ。」
「…根暗仲間、いるではないか!」
私の目に光が宿り、倫也は微笑む。
「普通の美容院でも、会話せずに、本やスマホを見るのはもちろん、ゲームもOKらしいよ。」
「ちょっと感じ悪くない?」
「うーん。『○○してるんで、何かあったら声かけてください』とか言っておけばいいんじゃない?」
「なるほど。それなら、礼儀正しい根暗だね。」
「ネット予約のときに、備考欄に『会話ナシ希望』とか書くのもありかもね。」
目から鱗が落ちる。
「あと、ずっと気になってたけど、シャンプーのとき『おかゆいところはないですか?』もなんで聞くんだろう。全国美容師協会のマニュアルなのかな。」
「僕も気になって聞いたことある。シャンプーやカラー剤で頭皮がかぶれたりしていないかの確認なんだって。」
「そうだったのか!」
倫也が美容師事情に詳しいのは意外だった。話してみて良かった。
私は横を向き、お礼を言う。改めて彼の髪型を見る。…ん?
「今思ったけど、その髪型ってブラックジャック?」
「…鋭いね。実は、実写化の話が出てるの。内緒ね。」
陰影かと思ってたけど、よく見たら白色とのツートーン。
夕方だが、真冬なのでもう外は暗く、気づかなかった…。
「あ。もうこんな時間。そろそろ行くね。」
「うん、今日は聞いてくれてありがとう。」
飲み終えた缶を空き缶BOXに捨て、ブラックジャックの倫也は「じゃあ」と言って帰っていく。昼間は目立つだろう。俳優も大変だ。
見えなくなると、私も最後の一口を飲み干した。私もそろそろ帰ろう。
何気なく自分の髪を触る。
ツヤツヤで、手触りが気持ちよかった。