二世帯住宅が完成しない #11 禁じ手
「このような家だと、I社では、おいくらで建ちますか。」
ここは、I社モデルハウスの打ち合わせテーブル。
私は、他社である設計事務所が作った図面を、ケインコスギ(似のI社営業)に見せていた。私たちの要望が詰まった間取り図。設計事務所の名前は伏せている。
このやり方は、禁じ手かもしれないが、私は単刀直入に聞いた。
I社は、私たちの理想の家を、どれほど安く建てられるのか。
この日、私がI社モデルハウスに突撃訪問したのは、この確認のためだった。二世帯住宅をI社か設計事務所のどちらで建てるかを争点とする私たちは、これがはっきりしないと、議論が進まない。
設計事務所派は夫と私。I社派は父。中立的な母。4者の足並みは揃わず、私は派閥争いに頭を抱えていた。
ケインコスギはプロの住宅営業マン。私のざっくりとした経緯説明で、こちらの状況を瞬時に把握する。
「なるほど。ご要望の間取りは、すでに出来上がっているのですね。」
彼は、図面はあまり見ず、端に書かれていた土地情報やプランの床面積などに目を通す。
「完全分離型二世帯住宅ですね。土地や床面積などの情報もあれば、この場で試算できますよ。」
そうなのか。てっきり、持ち帰られて、社内の技術職に確認するのかと思っていた。話が早くてありがたい。
ケインコスギは、ブラインドタッチで素早く電卓を叩く。
安めに見積もってくれるのだろうか。設計事務所の工事費見積は5,000万円。父からは「設計事務所より200万円安くなる」と聞いているが、実際はどれくらい安くなるのだろう…。
ダダダ…ダダダ…ダン!
「でました。」
さすがケインコスギ。イメージ通り、仕事が早い。
母娘で顔を寄せ合い、電卓をのぞき込む。
「5,700万円ですね。」
頭にタライが落ちてきたような衝撃を受けた。
前のめりだった私たちは、首の力が抜ける。
高いぞ…
設計費を含めても、設計事務所よりI社の方が、高かった。
「坪単価で計算すると『I社の方が200万円安い』と聞いていたのですが…。」
「坪単価は、単世帯の家から算出された実績平均ですから、二世帯住宅には当て込みにくいですね…。」
思い返せば、I社は「コスパがよい」で有名だが、決してローコストメーカーではない。住宅性能は抜群な割に、価格はハイブランドな住宅会社ほど高くはならないというのが特徴。つまり、「安い」わけではなかった。
「…少しお値段はしますが、弊社の住宅性能は確かですよ。」
とケインコスギが言うも、私たちの目に温度がないのを見ると、これ以上の営業は無駄だと悟る。さきほどまでワニワニパニックを叩くように、モデルハウスを「好みでない」と斬りまくった母もあってか、彼の引き際も早かった。
不躾だったが、ケインコスギのおかげで、ひとまず有意義な言質が取れた。
早速招集をかけ、皆にこのことを報告する。
父は私が突撃訪問したことに驚きつつ、私の話を聞く。そして「安くないんだったらI社はもういい。」と、I社営業に断りの連絡を入れた。
夫は安堵し、中立的だった母も、設計事務所で話を進めることに賛成した。
父は、少しションボリしていた。
こうして無事に、私たちは設計事務所と契約に至ることになる。
ホッとしつつ、私は振り返る。
私は、父の暴走を止めたのか。はたまた、父の気持ちを無下にしてしまったのか。
この二世帯住宅計画をもちかけたとき、両親は喜び、父は「趣味のロードバイクの置き場さえあればいい」と、あくまで主導権は君たちだと言ってくれていた。
確かに私たちは、親より倍以上のお金を払い、長く住む。それに、夫がマスオさんを引き受けてくれたという恩義もある。意見が割れたときは、両親は娘や夫の意見を尊重するだろうと算段していた。
私は仕事で外部とプロジェクトを進める調整役を担ったことがあるが、その時の苦労を思うと、家族の意見をまとめるなんて、朝飯前だと思えた。
しかし甘かった。両親は、終の棲家にもなるので、実際に話が進むと当然に主張が出てくる。私たちは家族だからこそ、そこには「遠慮」がない。それに、身銭というお金も絡む。
もちろん、私も娘として、両親も満足する家を建てたい。両親に我慢させてばかりだと、後で私も後悔する。遠慮なく意見は言ってほしい。
ただ、今回の一件で、父は意見をしにくくなってしまったのではないか…。私は気がかりに思いながら、視線を落とす父を見つめる。
すると、父が顔を上げ、図面を見ながら口を開いた。
「思っててんけどな、親スペースは、1階やと日当たりが悪いから、3階に変更したいねん。家の中にエレベータを設置してやな…」
10秒前までの心配は無用だったことを、私は悟った。