見出し画像

妖怪討究② しょうけら 庚申待の世界

導入

あけましておめでとうございます!
2025年、歴史界隈にとっても実りのある良い年になるといいですね。
さて、今年の干支は乙巳です。
干支というのは子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥で表される十二支と甲乙丙丁戊己庚辛壬癸で表される十干を合わせたものです。
それぞれ60年周期、日にちでも60日の周期で訪れる日本の生活に深く根ざした考え方です。

干支一覧

さて、この干支の中に一つだけとても異質なものがあります。
そう、タイトルにもなっている「庚申」です。
「庚申」は「庚」も「申」も同じ「金」という性質を持っており、庚申の年は人々が冷酷残酷になる年だと言われています。そのせいで政治的変革が起こりやすいと言われ、昔は改元される事もしばしばありました。 
庚申の年は60の倍数の年です。どんな出来事が今まであったのかと言うと、

960年、北宋の建国
1200年、梶原景時の乱
1260年、元でフビライが即位
1440年、結城合戦
1560年、桶狭間の戦い
1680年、徳川綱吉が江戸幕府の将軍になる
1860年、桜田門外の変
1920年、国際連盟発足

お、おおう………なんかもう、濃いっすね…
梶原景時の乱や結城合戦などマイナーな出来事もありますが当時からしたら幕府や朝廷、社会の根幹を揺るがす大事件。
次の庚申の年は15年後の2040年です。どんな出来事が起こるのでしょうか…

さて、庚申の年は結構重要であることが分かったところで、庚申の日はどうなのでしょうか。それがこの後の話の核心なのです。

前回の妖怪討究も興味があれば読んでみて下さい。


はじめに

今回取り扱っていく妖怪はこちらです。

作:鳥山石燕 画図百鬼夜行より

その名も妖怪「しょうけら」。漢字で「精螻蛄」。恐らくとてもマイナーな妖怪です。ゲゲゲの鬼太郎に偶に登場するくらい?あと地獄先生ぬ~べ~?
姿は見ての通り鬼そのもの。頭に角が生え、肩に鱗が見え、三本指で爪が鋭い。全体的に黒くて舌も長い。どう例えればいいのか分からない容貌です。
そんな怪物が屋根から民家の中を覗いている。軽く、いや普通にホラーです。
しかもこの妖怪、絵だけで説明は何も書かれていません。どんな妖怪かはここからでは何も分からないのです。はい!妖怪討究頓挫!!
でも、心配には及びません。この妖怪の名前は石像だったり石碑だったり至る所に伝わっているのです。
そして、それらは全て先述の「庚申」に深く関係するものなのです。

庚申待とは

しょうけらの話をするためには「庚申待」という民間に伝わる習慣の話をしなければなりません。なので、暫くしょうけらは話に出て来ないと思います。

さて、先程庚申の年について話をしました。曰く政治的変革が起こりやすい、現実にも様々な重要な出来事が起こっています。
では、庚申の日はどうなのか、という話です。

この日は家族や近所の人達で集まってるみんなで夜ふかしをします!!イェーーイ!!!

この庚申の日に夜更かしをする習慣を庚申待、そしてその集会の事を庚申講といいます。
その夜は般若心経をお坊さんに読んでもらったあと、皆で宴会したり酒飲んだり宴会したり酒飲んだり……
大河ドラマ「光る君へ」第十二回でも庚申講の様子が描かれました。まひろ(紫式部)が道長のもとに「妾でもいいからあの人の妻になりたい」と酒席の場を飛び出して道長のもとに──という場面です。この後どうなるかは大河ドラマを観てください。
平安時代から続くこの風習は現在でも地方などに残っています。
下は埼玉県和光市の庚申講の様子です。

皆で般若心経を読んだ後に夜更かしして宴会をするイベントになっています。

さて、ここで重要なのは何故彼らは宴会を庚申の日に開くのかということです
庚申の日は帝釈天の縁日にあたります。縁日というのは、神仏が降臨したり降誕したり示現したり…つまり庚申の日は帝釈天が現れる日だとされています。
そして、これが重要なのですが、帝釈天は道教では天帝という一番位の高い神様にあたります。(仏教って他宗教から神様を持ってくる時にそれが最高神であれ何であれ仏教に入った瞬間にその神様の位をオリジナルから下げてしまうんですね。だってお釈迦様が一番上だから)

道教において、庚申の夜は、就寝中に体の中から「三尸」という虫が出てきて天帝の下へ行き、宿主の悪事を天帝に告げ口するという日でした。そして、悪事が認められるとその人の寿命は縮められて、もしくは病気にかかってしまうと言います。

「太上除三尸九虫保生経」より三尸。虫というより妖怪。

別に悪事を働いていなければ庚申の日なんて考えなくて良いんですよ。でも人は皆やましいことは絶対あるものです。どうにかしてこの三尸が体から出ないようにしたいと思いました。
そこで、庚申の夜は寝ないようにしたのです。三尸は寝ている途中に出ていくのですから、三尸が出ていかないように夜通し起きて見張る。これが庚申待の始まりです。

この庚申待は平安時代に貴族の間で流行り、江戸時代になって庚申講と、近所で集会して夜通し宴会するという文化に変わりました。

庚申塔と「しょうけら」の正体

さて、この庚申講には回数を重ねる(18回が多い)と庚申塔という石塔を建てる風習があります。日本全国に分布しており、道端とかにひっそりとあったり神社の境内にひっそりとあったり、多分気にしたことがないだけでそこら中にあります。

ということで、私も実際に近所を探検してみました。で、発見したのがこちら。

庚申塔

はっきりと庚申塔と書かれています。でも、文字だけなんて珍しいですね……なんかイレギュラーなのが先に来ちゃいました。なんでイレギュラーなのかは後述するとして、気を取り直して再探検。

庚申塔

家から100mも無い場所にある滅茶苦茶近所の寺に庚申塔があるって聞いてたんですが……紹介されたのがこれですか……。
どのくらい前のものでしょうか、石像があるのが分かりますが古ぼけ過ぎて全く分かりません。
確かに探してたのはこの石像がある庚申塔だったのですけど……
近所一帯探したところ、あるのはこれだけでした。
ということで、去年鎌倉で発見した庚申塔を例に出します。

小動神社の庚申塔
上記と同じ

この庚申塔は鎌倉の小動(こゆるぎ)神社という場所で見つけました。
石碑にしっかりと庚申の文字があるのが確認できます。
さて、右端に石像のようなものがあるのは分かりますか?この石像は上の古ぼけた石像と同じものですが、すみません、この石像を拡大した写真が探してもないのでネットから拝借したもので話をしたいと思います。

庚申塔

ネットから持ってきたので私が一番説明したいところに既に青丸が付いているわけですが、これが庚申塔によくある石像です。ここに彫られている神様は「青面金剛」と呼ばれます。
大体の青面金剛は首に髑髏を巻き付けたり蛇を巻き付けたり、刀や矢などの武器を持っていたり足で邪気を踏みつけたり、その下には三猿がいたり半裸の女性を手に持っていたりします。
青面金剛は病気から人々を守る神で庚申講の本尊として扱われています。三尸を押さえる役目を持っています
さて、問題は画像でも青丸が付いているこの半裸の女性です。
名前を「ショケラ」と言います。
ここで今回の主役、「しょうけら」っぽい名前が出てきました!

庚申塔のショケラ

実はしょうけらとはショケラの事で、青面金剛の「ショケラ」を持っている姿は三尸を押さえている姿を表している、ということです。まあ、髪を掴まれてもう鷲掴み状態ですし。

と、言う事はどういうことでしょうか。「しょうけら=ショケラ」という事は分かりました。そしてショケラを鷲掴みにしてる姿は三尸を押さえている姿を表しているということは、「しょうけら=三尸」という事でしょうか?
全くもってその通りです。
元禄時代に伝わる書物、「庚申伝」には「ショウキラハ虫ノコト也、一説三尸ノコトト云」とあります。
また、庚申の夜、体調が悪いだとかなんとかで早く寝るとき、こんな呪文を唱えます。
しょうけらはわたとてまたか我宿へねぬぞたかぞねたかぞねぬば
または、
しょうけら寝たるそ寝ぬそ寝ぬそ寝たるそ
これを唱えれば青面金剛が体の中から三尸が出ないように守ってくれると言います。
と言う事で、しょうけらと言うものがどういう妖怪であるのかが分かりました。万歳!

因みに庚申塔には、青面金剛の他にも帝釈天、猿田彦、といった神々の石像が彫られます。帝釈天は天帝と同一視される存在でありますし、猿田彦は庚申の「申」と「猿」を結びつけたため庚申の信仰の対象になったと言います。青面金剛の下に三猿が飾られる理由も同じ理由です。

青面金剛の伝来とショケラ

でも、おかしいですよね。「しょうけら=ショケラ」と言いましたがショケラは女性じゃないですか。そして、しょうけらは怪物じゃないですか。
この問題には青面金剛の日本への伝来の仕方が関わってきます。

結論から言うと、青面金剛なんて神様は仏教に存在しません。
まず、唐の時代に中国にインドから「摩訶迦羅(マハーカーラ)」と呼ばれる神が伝わります。これが説明がない絵だけの状態で独り歩きして、勝手に病気から人々を守る神「青面金剛」という存在が出来上がります。この時点で「摩訶迦羅」と「青面金剛」は絵や姿は全く同じでも全く違う神になったと言えます。
また、摩訶迦羅はヒンドゥー教のシヴァ神の化身とされていますが、郷土史研究家の大畠洋一氏はそれについて異論を唱えています。
曰く、摩訶迦羅はヒンドゥー教のシヴァ神に対抗するために仏教側で意図的にシヴァ神に似せられて作られた存在であり、言わば仏教の大将軍である、らしいです。

三面大黒天(摩訶迦羅天)・摩怛羅神曼荼羅図 真言宗円泉寺所蔵

こちらは摩訶迦羅を描いたものですが、左で人間、右で牛を持っています。これが何を表しているかというと、人間はシヴァ神、牛はシヴァ神の乗り物らしいです。
摩訶迦羅は元々シヴァ神に対抗されて作られた神。だからシヴァ神をこうして屈服させるように書いているのです。
「シヴァ神は男じゃないか!なんで女になってるんだ!」
ええ、女とは一度も言っていません。人間とは言いましたが。インドの絵は男と女の区別がつきにくいんですよね。判別しようにも乳房も描かれない。髪だけ長いのです。そのせいで女人に見えたことにより日本には裸婦として伝わったのでしょう。
さて、シヴァ神の別の化身に伊舎那天というのがあり、またその別名は商羯羅(しょうかつら)天と言います。
ですから、ぶら下げられているのは商羯羅天です。
以上が、郷土史研究家大畠洋一氏の見解です。

あれ?どっかで似たような名前を聞きましたね。しょうかつら…?
しょうかつらしょかつらしょけらショケラ…?

お前がショケラの正体だったのか!!!

青面金剛を庚申塔の本尊とする動きは江戸時代だったと言います。平安時代には道教由来の三尸を体から出さないようにと伝わっていたのが、平安と江戸の間に青面金剛が伝わってきた事により、「ショケラ」という存在も一緒に伝わり、青面金剛が三尸を戒める神として定着した事でショケラが三尸とごっちゃになり、妖怪「しょうけら」が生まれたと考えられます。

もう、情報が交錯しすぎて何が何やら…

最後に

如何でしたでしょうか。
前回の妖怪は正体を科学的に証明できましたが、今回の妖怪の正体は遡っていけばヒンドゥー教の最高神、シヴァ神になりました。ただし、完全にイコールでは無く、道教、仏教、ヒンドゥー教が複雑に混ざり合って出来た非常に複雑怪奇な妖怪です。
国から国への宗教の伝来と言うものがその途中でどれだけの誤伝を生んでしまうのか、規模の大きい伝言ゲームのような、そんな危うさを今回感じることが出来ました。
今回の伝言ゲームではインドで「摩訶迦羅」という、ヒンドゥー教への対抗として仏教でシヴァ神を模して作られた神様が、中国に渡ることで絵だけが一人歩きして「青面金剛」に、そして元々シヴァ神であったぶら下げられている人物は女人と見なされ「ショケラ」になってしまいました。
また、中国の別の場所では「摩訶迦羅」はシヴァ神と形が似ていることからシヴァ神の別の化身として誤伝されました。
これが、しょうけらの元なのです。

さて、今年の庚申の日はこちらです。皆さんは何をして夜を過ごしますか?
でも夜更かしは程々にしてくださいね。「しょうけら」に襲われるかもしれませんから。

次回予告

次の妖怪討究は「百々目鬼・百目鬼」を予定しています。
そもそも百々目鬼とはどんな妖怪なのか?各地に伝わる同名の地名との関係は?そもそも百々目鬼と百目鬼の違いは?鳥山石燕の絵と妖怪ウォッチの絵で全く容貌が違うのは何故?
お楽しみに。


参考

いいなと思ったら応援しよう!