違法の健康(改稿)
握力は、健康状態の表れとも言う。
職場の握力テストで最低の結果だったボクは、近所のスポーツ用品店でハンドグリップを買うことにした。
だが、並んでいる品は値が張ったものばかり。既にカツカツだったボクは、隣町に出来た百円ショップに向かった。
「アキラさん、久し振りです」
と、声を掛けてきたのは、エプロンを掛けた高校の後輩だった。
「やあ、君ここで働いていたのか」
「はい。何か探してるんですか?」
「うん。健康のために、握力を鍛える道具を買いに来たんだ」
「なるほど。それならクビがあるんで、今持ってきます」
そう言うと後輩は、店の奥へと向かった。
クビ、と言った。
聞き間違いかとも思ったが、戻ってきた後輩が差し出してきたのは、クビだった。
所謂"首を取る”の方ではなく、頸部のクビだ。
「これは、ボクの元カノのじゃないかい?」
「そうです。あなたが憎んでやまない女のクビを模して作られたものです。すぐ分かりましたね」
「当然だよ。細部まで似せてあるし、こうやって触ってみると、まるで本物みたいだ」
「よく出来てるでしょう。こいつを締め続ければ、心身共に健康になれるんじゃないですか?」
「なるほど、そういう事か」
ボクはズボンのポケットに手を入れ、小銭を掴んだ。
「しかし、これだけの物を百均で売って採算が取れるのかい? いや、それ以外にも色々とアウトのような気もするけど」
「違法の可能性が大きいですね。でも本物でやると、確実に違法でしょ」
「うん。確かにその通りだね」
ボクはレジで会計を済ませ自宅に戻ると、袋から出した白く細いクビを机に置き、両手を近付けた。
「で、カツカツになった原因のプレゼントを掛けたと」
「うん」
「それからどうしました?」
「それしかしてないよ」
後輩は、品出しの手を止めクルッとこちらを向いた。
「でもね、その後偶然にも、歩道で信号待ちをしている彼女を見掛けたんだ」
「それからどうしました?」
「どうもしないよ。向こうも気付かなかったのか、気付かない振りをしていたのかわからないけど、心身共に健康そうで良かったよ」
「そうですか。良かったんですか」
「うん。それにしても、あのクビは本当によく出来てるね、本物を見て再認したよ。ただネックレスは、ボクが買ったのより高価な物をしていた。それと、キスマークの位置も違っていたけどね」
(了)
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