ラベンダー 第2回
しかし、天命を知る歳を越え、子どもたちも大きくなり、そろそろ人生の最終コーナーも見えてくると、自分の嗜好にもっと素直に従いたいと考えるようになった。外回りの営業や、店舗での接客の現場から遠ざかることが多くなったことも好都合だった。オフィスでの仕事中は、次第に大胆にフェミニンな装いをするようになり、当初は「おや?」という顔をしていた周囲の人々も慣れてきたのか、今では特に訝しむような表情は見せなくなっていた。
二年前、バレンタインデーがあとひと月ほどに迫った夜、なぜかその時はすんなり話せる気がして、渉は妻に打ち明けた。早めにベッドに入って、常夜灯の薄暗い光に照らされた天井をぼんやり眺めていると、妻の翔子が隣のベッドに少し疲れた様子で横になった。翔子は子育てが一段落してから、オンラインで医療事務資格を取得して、近くの個人クリニックでパート勤めをしている。
渉は自分でも驚くほどごく自然に、そして冷静に話し始めた。
「実は僕ね、小さい頃から女の人の格好してみたい、女の人の服を着てみたいってずっと思ってたんだ。びっくりした? 急にごめんね。でも本当なんだ。だけど、そんなことしたら変な人って思われるかなと、心配で誰にも言わないでいたんだけど、でもやっぱりその気持ちは、三十になっても四十になっても変わんなかったんだ」
話すうちにややかすれてきた声でそこまで言うと、渉は「うん、そうなんだよな」と、独り言のように口にしてから、納得したように大きく息を吐いた。
すると翔子も独り言のように、「カープファンだからってだけじゃなかったんだ」
と妙に落ち着いた声で言った。翔子は、渉が話の内容とは裏腹に、いやに落ち着いているなと思うと同時に、自分もどうしてこんなに平静でいられるのかと不思議だった。
「えっ、カープ? なんで?」
妻の思いがけないことばを聞いて、渉がすぐさま問い返す。
「だって、赤ヘル軍団の広島のファンだから、着るものとか、靴とか、いろんなものを赤にしてるんだとばかり思ってた」
「あ、そうか、なるほどね。それもあるかも知れないけど、やっぱり赤とかピンクとかラベンダー色とかって、かわいいでしょ。僕、好きなんだよなあ」
とため息まじりに渉が言った。