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ラベンダー 第7回

 だけど、私のスカートやジーンズやブラウスなんかを勝手に使われちゃかなわないから、そこだけは釘を刺しとかなきゃ。心に余裕が持てたせいか、翔子は打ち明けられた渉の好みとの、具体的な対応の仕方を考え始めていた。
 渉は歳を重ねても太ることもなく、今でも翔子のジーンズをはこうと思えばはけるだろう。むしろ翔子は出産後少し体重が増えたので、その逆は無理かも知れない。華奢な渉君は、癪だけど私のジーンズが私より似合うからなあ。
 翔子がそんなことまで考えて、なぜか感心したように小さいため息を漏らした時、渉が話を続けた。
「周りの人も僕の女性っぽい服装には大分慣れてきていると思うけど、もう一歩目立たないように踏み込んで、少しずつ分かってもらうようにしていくよ。波風の立たないように、そして、ちょっとずつ僕の本来の気持ちも理解してもらえるようにしてみる。時間はかかるだろうけど。ユニセックスファッションとか、ジェンダーレスの服とか今はいろいろあるし。赤が好きだってことは、職場や近所でももう分かってるはずだから、それに加えてフェミニンな色とファッションのバリエーションを少しずつ増やしてみようと思う。だから、翔子は今までどおりの翔子でいてほしい。そうしてもらえると本当に嬉しい」
 そこで一度ことばを飲み込んだ渉が、こう付け加えた。
「それとね、来月のバレンタインデーに、職場の同僚にチョコレートを贈りたいんだけど、おかしいかな」
「えー、渉君が? 誰に?」
「五人全員。重田さんと今井さんと西田君の男性三人と、石井さんと水野さんの女性二人」
「女性にも贈るの? 男性の渉君が?」
「あと、ホワイトデーにも、クッキーを全員に贈ろうと思ってる」
「ちょっと待って、こんがらかってきた。(中略)どうして男性の渉君が男性にならまだしも、いや、まだしもじゃない、これもちょっと珍しいけど、でも、どうして女性にまでチョコを贈るの? それだけでもややこしいのに、ホワイトデーのクッキーを、男性の渉君が女性の同僚に贈るのはどういうわけ? あ、これはいいのか。じゃ、なんで男性にまでクッキーを贈るの?」
「最初は日本中が盛り上がるバレンタインのチョコのお祭りに参加してみたい、同僚に喜んでもらえる楽しみを味わってみたいって思ったんだけど、お返しのクッキーを渡す醍醐味も捨てがたいかなと思って」
「醍醐味って!」

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